表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/29

16話

新倉暴走してます。

椿の恋に出て来る椿が出てきます。


 俺は何でこうなんだろう。只今俺、新倉浩之は絶賛猛省中である。それは…今回の城島礼の年末コンサートで初歩的ポカをやって、今は書類整理だけをさせられている。

同僚からも『ざまあみろ』と影で笑われているのも知っている。


ギラギラと照りつける太陽の日差し中、俺は外に買い出しに来ている。こんな仕事はもっと下っ端にやらせればいいんだ。そんな事を思いながら俺はネクタイを緩めると側を通る制服姿の子供に目をやった。ああ…懐かしいなあの制服は…俺の頭の中はすでに十数年も前の昔の事に思いを馳せた。

俺、新倉浩之は徳永家の跡取りとして生を受けた。元々この徳永家は関東でも山間地区(と言っても今では開けてしまって平らになっているが)そこら一帯の土地を手広く所有していた家柄で、曾祖父の時は明治以降は製糸工場も手がけていた。

富国強兵の時代。


だが音楽機器に趣旨を変えたのは祖父が元々音楽好きと言うことと、いずれ製糸工場だけでは事業もやがて頭打ちになるだろうと言う先見の目があったからだ。

もちろん、若かりし祖父に意見をする者もいたそうだが、祖父は家督を相続した際に工場側と話し合いをしたと言う。


『今は栄えているこの製糸業界も、いずれ頭打ちとなる時代が来る。皆も知っておるようにすでに何社もの企業が製糸工場を事業として立ち上げている。近い将来、商品が市場を飽和し在庫が倉庫に溢れる時代が来る。皆はその時の事など考えているのか? 私はそのような時代がいつ来てもよいように、次の事業に着手することを提案する。もちろん失敗の責は私がとろう』


その祖父の読み通りに多くの事業主達が製糸工場を立ち上げ、製糸業界は支出と需要のバランスを崩した。

その結果、シルク恐慌と言われるシルクの価値が底値となり、多くの事業主達がそれに巻き込まれた。

例え、上手くシルク恐慌を回避した企業もあったが、度重なる製糸工場からの出火で工場が全焼。


多額の損失に倒産に追い込まれた企業も少なくはなかった。

そんな中、音楽機器として新しく事業を展開させた徳永ブランドはラジオを商品化すると飛ぶように売れて行った。その後はラジオからテレビ、そしてステレオとありとあらゆる電化商品を世に送り出して行った。

まさにこの時の徳永ブランドは飛ぶ鳥を落とす勢いで、急速に伸びて行った。


そんな容姿にも家柄にも恵まれた環境で育った俺は今考えてみても嫌みなヤツだった。物心つく頃には名門と言われる大学院まである付属の学校に幼稚舎から入れられ、俺はそこの箱庭と呼ばれる由緒正しき高価な塀で覆われた牧場(学校)で育って来た。

管理体質の学校では先生も生徒達の実家が怖いのだろう。家柄の大小によって学校側の態度も違う。

そんなことを間近で見ていれば、生徒の方も世の中と言うか大人に対して偏見を持つのは当たり前で、皆成長すれば汚い大人になるんだと。



俺が大学の時は親父の会社を継ぐ事なんて考えもしなかった。世に言うこね入社なんて格好悪いと思っていたし、俺ならすぐに他の会社に入社出来るとあの頃の俺は世間知らずの坊やだった。

座学では負け知らずの俺は天狗になっていた。


大学三年になると同時に、早いヤツはすでに就活に励んでいた。

俺はと言うと今思えば高いプライドが邪魔をして、蟻みたくアクセクやっている奴らを鼻で笑っていた。

そう俺はバカだった。どうしようもないバカだった。


大学四年になってその事に気づいた時にはもう遅かった。気がつけば俺と一緒に釣るんでいた奴らの殆どは内定を決めて行った。


バカだ。


裸の王様。


ありときりぎりす。


そんな子供の童話が頭に浮かんで来た。

俺の仲間がどんどん内定を決めて行く中、俺は一人取り残された気がした。

すぐに就活を始めたが悉く不採用の通知の山。


俺とあいつらの何が違うんだ!


こんなはずじゃなかったのに…。


俺の計画ではすぐに大企業に採用されるはずだったんだ。


最後の最後で俺は大企業への就職が決まった。

どこだって?徳永音楽機器株式会社。

そうだよ親の会社に入る事になったんだ。

あーそうだよ。俺は親に泣きついたんだよ文句あっか。



 そりゃあ初めっから役職に就くなんて甘い考えは俺だって持ってなかった。

一族経営とはいえ、祖父や両親からは『使えない奴には後継者には出来ない』とはっきり断言された。

その上での入社だ。

そんな事を言われれば俺の負けん気に火がつくのは当たり前。

ただ入社する条件として徳永の名を出すなと言われていた。そこで俺は祖母の旧姓である新倉を名乗る事にした。


両親と言うよりも祖父からの言葉はありがたかった。

『儂の会社に入るのだから、たとえ孫でも甘えは許さん。実家から出る事。自分を律する事』


親父には国内の子会社で良いんじゃないのかと言ってたが、同じ日本にいれば甘えも出て来るだろうと言うことで、有無を言わさず俺は徳永音楽機器のニューヨーク支社へと五年ほど飛ばされた。

ニューヨーク支社と聞けば、オフィスが立ち並ぶと思われるが、それはニューヨーク支部の事。

俺が送られたのは工場の方だった。

そこではアメリカなのに工場の中では中国語やベトナム語にスペイン語が飛び交うと言う不思議な場所だった。

様々な人種に囲まれ、俺は試行錯誤で彼らとぶつかって行った。

そこでの仕事を認められ、ようやく去年から本社勤務となったんだ。

支社での現場とは違って、働いてみるまでは何とも思わなかったことだったが、今の仕事も奥が深い。

もしこの会社を親父から引き継いだら、もっと効率よく人が回れるようにしたいとそんな夢を描きながら毎日お得意先を回っていた。


 俺の父は野心家の祖父とは違い、実直な父は祖父が作ったレールをただひたすらよそ見する事なく進んでいくそう言う人だ。それに父は組織を大きくする事よりも、より多くの横の繋がりを大切にする人だ。

だからこそ、高度成長期からバブル崩壊までのこの二十年間は父のようなタイプの経営手腕があったから乗り越えられてたんだろう。

 


大きくなり過ぎた企業にはいつか頭打ちになる時が来る。

 


そう父が言っていた。

いつかは父や祖父を超えるような経営者になりたい。そんな想いで忙しい毎日を過ごして来た。

人は心が荒んでいる時、己のオアシスを求めると言う。

俺にもそんなオアシスが現れれば良いがと思った矢先に、昔の経営のやり方を見てみたく、資料庫の鍵を持っている隣の第二企画部へと顔を出した。

この日はたまたまフランス語の資料が必要になったから、ついでに頼みに行った時、俺は己のオアシスと出会った。

スズランの花のように万人の心にしみいる幸福な笑顔。俺の心はすぐに彼女に鷲掴みにされた。

それ以来彼女によかれと思ってやっていたのに、何故か全て空回り。彼女に会いたくて定時ギリギリに書類を頼みに行った事も毎回だった。

彼女の困った顔を見たくて。小学生のガキかよって自分でも思ったさ。

だけどそうでもしないと彼女…早乙女桜とは話も出来ないから。


彼女の事で浮き足立っていた頃、大きな商談を纏めたくて飛びついたのが、城島礼のコンサート。

すぐに彼に会うアポをとるとすんなりとれた。話は恐いほどに上手く行って、このまま行けば営業係長から課長に昇進出来ると確信した。

この時祖父の言葉を聞き入れておけば良かったんだ。


『上手い話ほど裏があるんだ』


正にそれだった。

そう。ダブルブッキング。

しかも違約金まで二重にかけられてたなんて…今にして思えば飛ぶ鳥を落とす勢いで活躍している作曲家が老舗とはいえ、うちの会社にスポンサーをと依頼していたと言うのだけでも怪しいと思えば良かったんだ。それを俺は早く祖父のようにこの会社を手広く広げなければと急いだために、安易な手に引っかかってしまった。

一体どうすれば良いんだ。城島礼が主催するクラッシックコンサートはプラチナチケットと呼ばれるほど価値があると言うのに。今から払い戻しををしても、次のイベントで徳永音楽機器を使おうと言う所は確実に減るだろう。この業界は信用が第一だ。

目の前の餌に釣られた為にこんな事なるとは…。

父と祖父に城島礼とのコンサート契約が取れた事を告げた時に、何故渋い顔をされたのかが、今になって良く解る。


あの時は父や祖父に俺の実力を知って欲しいと一人だけ突っ走っていたのは、俺に家督を譲ってくれない二人が俺を信じてないからだと思っていた。

だが親父が城島礼とのビジネス事態に胡散臭さを感じていたのだと知ったのは、つい最近だった。

もしそうなら、どうして俺にその事を教えてくれなかったんだと親父にその事で責めれば「戯け者」と親父から拳で頬を殴られた。


「浩之。お前、何でそんなに第二企画部の早乙女さんに偉くご執心のようだが、一体お前は何を考えているんだ。お前が彼女に構えば構うほど彼女は孤立する。その事を考えた事はないのか? 現に早乙女さんはお前を避けているだろう。その上お前の取り巻きの女から怪我をさせられたのはお前も知ってるだろう。これ以上彼女を苦しめるな」


親父からの言葉を突っ立ったままで聞いていたが、どうして俺が彼女を苦しめてるか理解出来なかった。



「俺は早乙女さんを苦しめてなんかない! ただ、俺を知って欲しいと行動しているだけだ!何だよ!親父がなんと言おうとも彼女の事だけは絶対に諦められないからな」


「浩之!」

「親父が例え早乙女…桜を認めなくても、俺には彼女しかいない」

「…なら、浩之お前は何故桜ちゃんがヴァイオリンを弾きたがらないのも知っているんだろうな」

「……」


祖父の言葉に俺は何も言い返せなかった。

 


 普段は滅多に俺を叱る事がない祖父の言葉に何か引っかかる物があったが、今の俺には何でも出来るとそう信じてた。

俺が彼女にヴァイオリンを弾くチャンスと場所を与えれば、彼女は二つ返事で弾いてくれるだろうと。

ただ彼女はスポンサーに恵まれていなかっただけだとなら、俺が彼女の力になってあげればいい。

そうすれば彼女も俺を見てくれるはずだと。

そう信じてた。


「無知は罪だ」



 その言葉に怒りを憶えたが、祖父に食って掛かっても何もならない事は解ってた。

なら、俺が出来るのは彼女の家に行って謝罪をするだけだ。

思い立ったが吉日、俺は退社後すぐに第二企画部部長から早乙女桜の実家の住所を聞き出すことにした。

だが、そうは問屋は下ろさない。


「何故彼女の住所も教えては貰えないんですか?!」

「個人保護法ですから。それに、早乙女さんが新倉さんの顔を見たいと思う事はないと判断したからですよ」

「じゃあ、彼女は僕…私に会いたくないと言ってるんですか?」

「おい。そこまでにしてやれ、新倉」


相手の返答次第では今にも掴み掛かろうとしていた新倉の肩を押さえるように叩いて来た。

誰だと鬼のような形相で後ろを振り返れば、そこに立っていたのは第二企画の鳥飼課長。


彼なら…早乙女さんに会わせてくれると一瞬ぱぁあと光を浴びたような明るい笑顔になったが、それさえも次の瞬間地の底へと落ちて行った。


「新倉諦めろ。早乙女さんは誰とも会おうともしないんだ。食事さえも喉を通らないと聞いてる。そんな処にお前がひょっこり顔を出してみろ。彼女の傷口に塩を塗るどころかもっと更に傷を抉ることになるんだ」


課長の言葉さえも信じられず、新倉は人手を使って桜と同じ部内の社員数人と早乙女の実家に連れて行ってもらう事になった。

すぐに桜に会えると期待していた新倉は桜の妹達から「姉は誰とも会いたくないと言っていますので、今日の所はお引き取りください」と言われてしまい、すごすごと帰路についた。


この日から桜が出社するまで毎日のように新倉は桜の実家を尋ねて行った。

高校生の女の子なんだろう。いきなり睨みつけて来て「すみません。姉は誰とも会いたくないと言っています」と言うとこちらの言い分も聞かずに目の前で扉を閉められた。


取りつく島もないと言うのはこの事か。

それでも何度もインターフォンを鳴らし、お願いします会わせてくださいと言っても返事は同じ。


諦めかけた時に俺の目の前に外国人のモデルがやってきて、「邪魔よ。退きなさい」と俺を叱咤すると自分は早乙女家の中に入って行った。

身長なんて俺と同じじゃないのかってくらい背が高いのに、足もだが手も長い。華奢であれは絶対モデル事務所のモデルなんだろう。

呆然と女の後ろ姿を見送った。


「あ!あの!!」


そう声をかけたのは、ただよそ者の彼女が入れてどうして俺は入れないんだと言う嫉妬から来る物だった。


「は?何ですか、あなた? ふ〜ん、あ〜あなたが桜姉が言っていた空気の読めない営業さんね」


そう不躾にズケズケと言って来る銀髪美人に目を丸くしながら、新倉はただ桜と話がしたいんだと英語を使って身振り手振りで必死に彼女にアピールした。

すでに目の前の銀髪美人が日本語を話していたと言うことと桜の事を桜姉と言っていた事などスルーだ。

桜がふんわりと小春をイメージするような可愛さなら、目の前の彼女はモデル並みの体型のクールな美人だ。


ふー、軽くため息をついたこのクールな美人はジロジロと品定めするように新倉の頭から靴先までを数往復させた。


「あなた本当に営業なの?私はさっきから日本語しか使ってないんだけど。それさえも分からないようなら、小学生からやり直してきな」

「え…日本語話せるんですか?」

新倉の言葉に顔を引き攣らせた銀髪美人は「うちの幼稚園の子供達の方があなたよりもきちんと人の話をきいてるわよ。出直してきな!」の言葉と一緒に玄関の扉は開かれる事はなかった。


次の日も次の日も新倉は桜の実家に来ていた。

新倉を対応しているのは、先日新倉に出直してきなと辛辣な言葉を浴びせた銀髪美人。

「全く、あなたも対外的にしつこいわよね。本当に粘着質のイケメンなんて最悪。よくストーカーって言われない? 顔さえ良ければそれは良いのかしらね。私だったらゴミ箱行きだけど」


この日も酷い言われようである。

黙っていれば美人なのに、惜しいな…そんな邪な事をちらりと考えながらも新倉は桜に会わせて欲しいと懇願した。


「まあ、私に対して媚を売るような事をしなかったからまあ、良しとするか。誰にも言ってないけど…あなた毎日桜姉に会いに家に来てるんでしょ? ふ〜ん。ここで会ったのが蘭姉じゃなくて命拾いしたわね。蘭姉だったら、軽くあなたの肋の一本や二本折っていたかもね。蘭姉結構短気だから。鳥飼さんも肋に皹が入ったって言ってたしね。そろそろ蘭姉も道場から戻って来るから、あなたも怪我したくなかったらさっさと帰った方が良いわよ」


「お願いします!桜さんに会わせてください!」


体を九十度に折り曲げると再度この玄関で毎日言って来た言葉を口にする。

また辛辣な事を言われるかと覚悟を決めていた新倉だったが、幾ら待ってもそんな言葉は降って来ない。恐る恐る頭を上げれば、目の前の女は顔にかかった銀の髪を一房ため息で吹き飛ばすように深くため息を吐くと目の前の人は解ったわとこれまでとは違う言葉を口にした。


「でも、今日は帰って。私に言えるのはこれだけよ。月曜日になったら桜姉は出社をすると言ってるの。だけどまだ松葉杖も必要だから仕事にも支障が出ると思うわ。人を憎みきれない優しい人だから、いつも傷ついてばかり…あなたが原因で桜姉が怪我したんだから、責任もって護ってやりなさいよ」


普通に笑えば綺麗なのに、まるで無邪気な子供のようににぱっと笑うと早く行けと言わんばかりに手でしっしっとされた。

犬のように邪険にされたからではないが、月曜日には出て来ると聞いただけでも大収穫だと思い、足早にその場から立ち去った。

遠くで女の金切り声が聞こえていたが、あれはもしかして…桜のすぐ下の妹とか言う空手の先生をやっている女の声だったようだ。

事故後の鳥飼課長が次の日出社して来た時、ビビったからな。顔が少し腫れた事があった…あ…もしかしてあのモデルばりの人が俺を犬みたく早く行けと言っていたのは、そう言う事かと漸く気がついた。



誤字を正しました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ