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12話 加筆(7/5)

長いです。


後日、課長から傷害保険がおりたと連絡がきた。

それを聞いた蘭は当然でしょ!と言いながらも、課長に早く桜姉を階段から突き落とした人物を洗い出せと脅しまくっていた。

本当に私は突き落とされたのかな…。課長からは今はまだ詳しい事は何も言えないと言う言葉に蘭が怒り狂ってたっけ。


ペーパードライバーの蘭だけでは運転が危ういからと言う事で、たまたま仕事が休みだと言う椿の運転で午後からは病院へと向かった。

医者からは右肘の骨にヒビが入っていると言うことで、ギブス付きで全治一ヶ月。皹と言う事で心なしか桜はホッとしていたが、蘭や椿はそうはいかなかった。


「軽症って言っても、姉はヴァイオリニストなんです!姉は以前みたいにヴァイオリンを弾けるようになりますよね?」

「先生!!姉にとってヴァイオリンを弾く事は大切な事なんです!」

「……」



そっとボールペンをデスクの上に置いた医師はゆっくりとこちらを見ると小さく、だが深くため息を吐いた。


医師の目の前にあるボードに置かれた三枚のX線写真には桜の腕、肩、首のそれぞれの部位の画像が写っている。


「早乙女さん、心して聞いてください。僕があなたに今回の怪我は軽傷だとお伝えしましたが、それは一般人として過ごす生活をするならばと言う意味です。妹さん達が仰るようなヴァイオリニストとしては最低でも一ヶ月はヴァイオリンを弾く事も、弓を持つ事もお勧めしません。ここの首の部分ですが…筋を痛めているんです。一度警察に行かれる事をお勧めいたします。これは階段で落ちたとかでするような怪我ではないんです。何か強い力で絞められた形跡があなたの首に見られました。それから左肩の打撲、一定の動作をするヴァイオリニストにとってこの負傷は致命的です。右腕も痛めていますね、洋服の袖を通すだけでも鈍痛が走っているくらいでしょうから、暫くは弓も持つ事は出来ません。皹が入っている箇所がくっつくようにギブスで固定させますから、この部分は決して濡らさないでください。他に何か聞きたい事はありませんか?」


頭が割れそうに痛い…。

喉がカラカラだ。


「で、では…もう、以前のようには…「恐らく」


首を横に振った医師に丁寧に礼を言うと家に帰るまでの間、三人とも無言だった。


ーーー世界って本当に残酷だ。


医師の言葉が鉛のように桜達の心に重くのしかかる。


この日はどうやって家に帰ったかも分からないほど、憔悴してた。

携帯を見ると課長からも今のうちに休んでろと言う留守電が入っていたから、あんな精神状態にも関わらずなんとか連絡は入れていたようだ。


普通だったら、ラッキー♪なんて喜んでいたけど、今の桜はそんな気分にはなれない。笑うなんて喜ぶなんて出来ない。


本当はマンションにある自分の部屋に帰りたかったのに、家族全員から引き止められ、荷物も財布もマンションの鍵までも取り上げられてしまった。これじゃあ帰りたくても帰れないじゃない。

そう叫んだ桜に椿は縋り付き泣き出した。普段はあまり感情を出さない椿は姉妹の中でも一番冷静だ。

そんな椿までも泣き出した。

いつもは沸騰点が低いケトルのようにカッとなりやすい蘭は桜の前に立ちふさがるし。

桜から所持品を取り上げた後、悔しそうに拳を握りしめて立ち尽くす蘭。

あれだけ明るかった早乙女の家族が打ちのめされるほどの悲しみにくれるのは、これで二度目だ。


「ごはんだよ」「頂きます」「「いただきます」」

これほど食事の時間が拷問のように感じた事はなかった。

「ごちそうさま」

一口も手をつけずに箸を置くとそのまま二階にある自分の部屋へと向かった。

食べなきゃならないのは分かってる。分かってるけど、食べ物を目にするだけで胃液がこみ上げて来て、嘔吐いて来る。

結局この日の夕食も受け付けなかった。


心配かけちゃだめだって分かってる。妹達自身、なんて私に声をかければいいのか分からないって顔をしてた。

家族にそんな顔をさせちゃいけないって分かってる…、分かってるんだけど…このどこにぶつけたら良いのか分からないこのやるせない気持ちはどうすればいいの。


「もう…何も考えたくない」


ベッドの上で胎児のように丸くなってみた。

今日は何となく自分の部屋にこもりたかった。

この音楽に溢れる部屋に。

壁には初めて桜が手にした小さな子供のヴァイオリン十分の一サイズから大人用のヴァイオリンフルサイズと呼ばれる四分の四まで幾つものヴァイオリンがかけられている。

その横の棚には今まで桜が受賞したコンクールのタイトルと記念写真が処狭しと飾られている。

 おもむろに大きなヴァイオリンケースから深い光沢をたたえたヴァイオリンを取り出すと、基本姿勢を取り始めた。

ヴァイオリンを習う時に必ず姿勢を正すように言われるそれはバレエの基本姿勢と同じ。

歴史的にも天才ヴァイオリニストと言われたパガニーニは例外だが、基本ヴァイオリンを弾くときは背筋を真っ直ぐ伸ばすようにと言われている。

階段から落ちた時に背中もしこたま打ったらしく、基本姿勢をとろうにも痛みで脂汗が出て来る。

弓を右手にした桜は舌打をするともう一度弓を握りしめた。

指先まで力が入らず、弓を持つ手さえもいつ弓を落としてしまうかわからないほど震え過ぎている。

これじゃあ演奏なんて夢のまた夢だ。

それでもと桜はゆっくり弓を振り上げた。


「痛!!」顎乗せの部分にちょっと顔を乗せて肩とバランスをとってヴァイオリンを構えただけなのに、首と肩に雷にうたれたかのように鋭い痛みが走る。それでもなんとか一音でも弾けるだろう…だけど、足が痛い…背中も痛い。

結局、弓を持ち上げることも出来ずに桜は肩を小刻みに振るわせながらもヴァイオリンをケースに仕舞うとヴァイオリンケースを抱きしめた。

もう、ヴァイオリンを弾くことは二度とない。


このヴァイオリンはルッソが桜のためにとルッソの家に代々伝わるストラリヴァリウスを譲ってくれたのだ。

「これを颯爽と弾けるレディになってくれ」そんなルッソの思いを自分は叶える事さえも出来なくなってしまった。

回想に思いを馳せている桜の目からぶわあと涙が込み上げてくるのがわかった。それでも涙が桜の頬を伝う事はなかった。



棚に並ぶ写真のどれもが誇らしげに優勝と言う文字を刻んだ盾を持つ幼き頃の桜の姿。写真を手にとった桜は懐かしそうにそれを見ると眉に深く皺を寄せ、床に写真立てを投げつけた。



「こ、こんなもの!!」



その後、松葉杖で壁にかけてあった物を次々となぎ倒すとフローリングの床にたたき落とした。


グワシャグワシャグワシャーン


全ての写真立てを床に落とすと松葉杖で写真立てのガラスを踏みつけた。床には光るガラスの破片がそこら一体に広がっている。

今度は盾を手に取ると、壁に投げつけた。また一つ、また一つ。全ての盾を棚から取り除いた桜はハァハァと肩で息をしながら、ベッドに雪崩れ込むように横になった。


時計の音だけが今日はやけに大きく響く。



「あれは重症だね」

「…うん」


ドアの隙間から蘭達が心配そうに様子を伺っていた。

二人は桜が寝落ちした後、すぐにガラス片を片した。今までどんなに辛くても桜はヴァイオリンだけは壊さなかったから、今回はもしかして…と気が気じゃなかった。

今日病院から帰って来てからと言うもの、食事さえも受け付けないほどに落ち込む桜に妹達はあの時と同じだとため息を吐いた。


夕方近くに桜の会社の同僚がやって来ても、桜は会いたくないとだけ言うと背を向けた。


再来週の月曜からだったらまた笑顔で出勤できるからとくぐもった声で返せば、ドアの向こうにいた姉達がうまく対応してくれたらしく、後で納得して帰ってもらったと聞き、その日は痛み止めを服用して眠りについた。


この時桜は知らなかったが、新倉もさくらの見舞いに来ていた。


新倉はそれから毎日朝と仕事帰りに桜の家に来るようになった。




二週間後の週明けの今日、職場に行くと言う桜を「まだ足の痛みさえも引いてないんだから、後に三日は休みな」と蘭が引き止めたが、「桜姉の気が済むまでさせてあげなよ。それが桜姉の一番やりたい事なんだしさ」と言う椿の言葉で職場に行く事を許された。それで帰宅は自分のマンションに帰る気満々の桜だったが、食事が出来るようになるまで実家通いだ家族全員から言われ、眉をハの字にさせ目を瞑ると空を仰ぎ見た。


 桜が出社すると周りからは痛いほどの視線を浴びせられた。(まあ、それも想定内だったけどね。でもこれは想定外だったな)桜のデスクには白い百合の花が手向けられている。

(今時、何なのこれ?葬式ごっこ?)

それをくすくすと笑いながらも遠巻きに見ているだけの女子社員達と気まずそうな顔をしている男子社員達が視線を泳がせている。

だが、彼らの期待するような反応は見られなかった。クスッと桜は確かに笑ったのだ。


「まるで小学生並みね」

「「「何ですって?!」」」


さくらの言葉に怒りを露にした女子社員数名が立ち上がった。


「あら? そんなに怒りを露にしているとこを見れば、あなた達がやりましたって言ってるような物よね。こんな卑劣な事をやるような女子社員と結婚しようなんて奇特な男性なんていないと思うけどね。なんなら、聞いてみれば良いんじゃない? 佐藤、君ならどう?こんな事を平気でする女を嫁に貰う? まあ、色々と彼女達の仕事の尻拭いをして来た私にこんな事をするくらいだから、将来の自分の旦那の母親にも(こんな事)するかもね」


いきなり名指しされた佐藤はこの第二企画部のオアシスと言われるイケメンで社内外にファンがいる。佐藤は眉をしかめながらも自分ならそんな女性とは遠慮したいですとはっきり口にすると、慌てた女子社員達が自分じゃないの!それは山田さんがやれって!違うわ坂本先輩よ!!と醜い罪のなすり付け合いをし始めた。


「おい!いい加減にしろ!」


鳥飼課長の一喝で課内はしんと静まり返った。


「坂本、山田、桜井、鈴木の四名だがこれから個室に入って面接がある、早く行け」


個室って?桜の疑問に「あーそう言えばさっき、刑事さんが見えられたんですよ。多分それじゃないですか?」と佐藤が欠をしながら応えてくれた。


その日の昼食を待たずに桜井さんと鈴木さんの二名が退職したことを知った。

刑事からは今回は災難でしたねと桜に声をかけてきたが、ただ「そうですね。でもお疲れさまです」とだけ済ませるとすぐに仕事へと戻った。


寧々から手招きをされ、お昼を一緒に食べた後は寧々に給湯室に仕掛けをしておいたから、これから桜は給湯室に籠るんだよ。

そうすれば、誰が桜を階段から突き落とした犯人なのかが分かるから。


この日は給湯室で壁に凭れながら自分のお弁当箱を洗っていると桜の周りに数人の女子社員達がわらわらと集まって来た。


「どうだったの? 大丈夫だった?」

「階段から落ちたって聞いたけど」

「え?私は突き落とされたって聞いたわよ」

「違うわよ、階段から蹴り落とされたのよね」

「両腕骨折とか聞いたんだけど」

「首を骨折したとかって本当?」


あの…本人目の前にして、みなさん言いたい放題だし、なんだかどんどん過激な落ち方になって来てるんですが…気のせいですか?

階段の落ち方にそんなにバラエティがあったなんて知りませんでしたよ。

聞きように寄っては、新撰組の池田屋階段落ちみたいになってるし…。みなさ〜ん私、早乙女桜はまだ生きてますよ〜。


「プッ!早乙女さん心の声タダ漏れ〜」

「早乙女さんって、結構面白い人だったのね」


あれ?心の声が出てましたか…それは失敬しました。

そう口々に言葉をかけられるも、それを笑顔で返して行く。しかしこっちは松葉杖を使っているのに、大丈夫なわけないでしょとぶちまけたいがそこは大人ってことで笑顔で「ご心配をおかけしました。もう大丈夫です」と応えておいた。


いきなり即席女子トークが出来るほど場が和み、その中で分かったのは桜自身、総務から第二企画部に異例の移動となって、テンパっていた事も相成って周りとよくコミュニケーションを取らなかった事から、周りの女子社員達も桜はスマしたヤツだと思うようになったとか。


「早乙女さんってもっと私達の事をばかにしているのかって思ってたのよね」

「そんなことないです」

「まっさか、こんなに面白い突っ込みとかぼけをやってくれる人だってしらなかったわ〜」

「大体、早乙女さんも災難だったわよね。毎週金曜日に謀ったように新倉さんが仕事を持ち込んで来るから、いつも早乙女さんが貧乏くじを引くはめになってたのよね」

「ああ〜坂本先輩と山田さんは毎週末合コンで燃えていますからね。下手に残業なんてしたくないって言っていたし」

「そうそう、面倒ごとは全て早乙女さんに回しておいて〜なんて言ってたくらいだもん」

なんですと?!それって真面目に給料泥棒じゃないの!!


「早乙女さん、ちょっとよろしいかしら?」


高めのキンキン声が辺りを響かせると、今まで笑っていた人達も顔を真っ青にさせている。

あら、噂をすれば…って感じですよね。

「はい。何ですか?坂本さん」

じ、じゃあまたね、早乙女さん。

あらあら、皆さんさっきまでの覇気はどこに行ったんですか?宇宙の彼方に捨てて来てしまったのかしらね。

おーい、みんな戻ってこーい。


 あんなに騒々しかった給湯室には今は桜と坂本の二人きり。ってことはもしかして彼女が階段から私を突き落としたんでしょうか?

「……」

「……」

話があるって言っていたのに、さっきから何も話してくれないじゃない。もうすぐお昼の時間も終わってしまうって言うのに…。

「ところであなた、ヴァイオリンは弾けそうなの?」


勇者とも嫌みとも取れるような坂本真弓の言葉にがしんと静まり返った。

下手したら桜の呼吸まで聞こえてしまうんじゃないかと言うくらいに静かすぎる。


「ド、ドクターストップがかかりました」


その桜の言葉ににぃと笑みを浮かべた坂本は慌てて顔を引き締めると「まあ身の程知らずが役に立とうとするからよ」そう言い捨てると出て行った。

寧々はここにいれば私を階段から突き落とした犯人が分かるって言っていたけど、一番の有力候補だった坂本さんからは嫌みを言われただけで帰っちゃったんだけどね…。


 がたんと音がして吃驚して振り向いたら、給湯室の入り口付近に立っていたのは、佐竹さんだった。

彼女はきょろきょろと左右を確認すると桜の手を握りしめて来た。


「っ!!」


桜の反応に心配するそぶりも見せず、ただ悠然と微笑む佐竹さんに桜は背筋にぞわりと悪寒が走った。


「さ、たけさん?」

「あんた煩わしいのよね」

「え?」


いつもの佐竹とは全くの別人が桜の目の前に立っていた。



怪我の頻度を変えました。

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