マルコ絶句、もしやシンは……!?
「ちょっといいかな? この街の屋台や小店で大金貨は使いづらいだろうから、銀貨や銅貨も混ぜてくれないか?」
郁乃が大金貨をそのまま受け取ろうとしたのを一旦制止して、マルコがコリーに交渉する。
「はい、承知しました。では、大金貨1枚分は『金貨9枚、銀貨9枚、銅貨10枚』に替えて革袋に入れてお渡ししますね。」
(ということは、銅貨10枚で銀貨1枚、銀貨10枚で金貨1枚、金貨10枚で大金貨1枚なんだな……)
「ありがとうございます、コリーさん。お手数をおかけしました」
あらためて身分証カードとお金を受け取り、郁乃は深々と頭を下げた。
ギルドの建物を出ると、マルコが貨幣について詳しく教えてくれた。
「この国、ガラムマサラ王国のお金の基本は『ガラム銅貨』だ。大金貨1枚は、ガラム銅貨1000枚分だな。銅貨の下には『シード青銅貨』というのもあって10シードで1銅貨になる。街中でもっぱら使うのは銅貨や青銅貨だな」
ふと素朴な疑問が湧いた。
「ところで、大金貨5枚ってどれくらいの価値なんですか……?」
「もらったお金の額がピンと来てないようだな! フハハハ!」
マルコが、豪快に笑い声を上げた。
「ええ、はい……ちょっとよくわかっていなくて…」
「一般的な飯つきの宿代の相場が1泊50ガラムくらいだ。これだけあれば当面は何とかなりそうだな! 大したものだ! フハハハ!」
「え、そんなに!? この袋の中のお金が!?」
郁乃は目を丸くして、手元の革袋を落としそうになった。
(大金貨5枚は5000ガラムだから……100回泊まれるってことだよね……仮に1泊5000円と思ったら……50万円くらい?)
「ふふ、カルちゃん。私、なんだか少しだけ自信が持てた気がするよ」
郁乃は胸がいっぱいに満たされるのを感じていた。
「だからカルだと言ってるにゃ。……まあ、今日のパフォーマンスは合格点にゃ」
「ところで、あの時言っていたヨーグルトとやらがあればもう少し簡単に出来たのかな? どんなものなんだ?」
「それはだにゃ、白くてトロッとしていてにゃ……」
マルコとカルが話し込みながら先に進みはじめ、そのあとをついて行く。
その時だった。
「あっ!」
道の段差に足を取られ、郁乃の体が大きくバランスを崩した。
(わわっ、転ぶ――!)
と思った瞬間。ガシッ、と力強い腕が横から伸び、郁乃の華奢な体を力強くささえた。
「……危ない」
低く落ち着いた、けれどどこか優しく響く声。それはシンだった。整いすぎた彫刻のような顔が、至近距離にある。長いまつげに縁取られた瞳が、心配そうに郁乃を見つめていた。
「シ、シンさん……っ」
あまりの距離の近さに郁乃の心臓がドキドキと脈打つ。シンは抱きとめた姿勢のまま、切なさの混じった表情で目を細めつぶやいた。
「……不思議だな」
「え……?」
「君から感じる香り……ずっと昔……どこかで……」
「あ、あの……シンさん……?」
顔を赤く染めて身を縮こまらせる郁乃。
「おいおい……、置いていくぞー」
「早くするにゃー、もうお昼をとっくにすぎてるにゃ」
先を行くマルコとカルの声にハッとする。シンは気まずそうに郁乃から離れた。
「すまない、郁乃。パソ……なんとかに近づきすぎたようだ」
二人はあわててマルコらの跡を追った。
街のビストロ風のお店で昼食をとろうとしたのだが、お店選びに失敗したようだった。メニューには『コココのドラゴブレススープ』に似たような名前の料理しかない。
マルコは『ヴォルケーノマグマ・ドリア』、シンは『ムセムセ・パウダーフリット』、郁乃は『デビルズ・ポタージュ』を選んだが、案の定辛かった。
ギルドのある街は、黄色の砂漠からやや離れたので、辛さ至上主義の影響が弱まっていると思い油断した。
持ち歩いていたマイボトルの水を分け合う。実はマイボトルにも【鈴蘭の祝福】の効果があったのか、浄水が湧き出るようになっていたのだ。
水を飲んだとはいえ、舌をヒリヒリさせて帰路に着く。
再び『銀狼亭』へ戻った一行、シンも郁乃もカルも眠りにつき、宿が静まり返った頃。
「ふぅ……怒涛の1日だったな」
今日の疲れを癒やすように、マルコが一人、酒瓶を傾けていた。ふと、部屋の隅で静かに眠るシンの姿が目に入る。普段はホコリまみれの顔だが、顔を洗ったその寝顔は、思わず息をのむほど気高く、美しかった。
「そういえば、シン。あらためてお前はなにものなんだろうかな?」
マルコは起こさないよう足音を殺して近寄り、シンをまじまじと見直した。
「……ッ!?」
何かに気づいたマルコの顔から、一瞬で血の気が引いた。酒の酔いなど一瞬で吹き飛ぶ。
(こ、これは……まさか……いや、まさか……!!)
動揺したマルコが、震え出す。
(この国の第2王子オララ様が、隣国のカプサイシン帝国に洗脳されて、先王のパルドン王を幽閉し、第1王子のアタン様と第3王子のシオン様を殺してしまったと噂されていたが……もしやシオン様……!?)
記憶に残るシオン様に生き写しだったのだ。助けた時からホコリまみれだったとはいえ、なぜ、今まで気がつかなかったのだろうか。マルコは青ざめた顔で静かに息を立てて眠る青年の顔を見る。
(おいおいおい……嘘だろ……!? 俺はとんでもないお方を行き倒れから拾っちまったんじゃないだろうな……!!)
静寂の夜の中、マルコは悲鳴のような心の呟きにめまいを覚えた――。
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