魔獣マトンボアをボナペティ!!
「ギ、ギィィ!」
手綱を操っていたシンが街中で一際目立つ大きな建物の停車場に荷車を停めた。荷車から降りたマルコたちの後ろをカルを伴ってついていく。重厚な扉を通り、建物の中へ足を踏み入れる。
聞くと、商業ギルドは冒険者ギルドと共用の建物で、受付が分かれているのだそうだ。大きな建物のわけだ。石造りの床をカツカツと音を立てて進んだマルコが、一方の受付カウンターの前に立った。呼び鈴をチリンチリンと鳴らす。
「やあ、コリー。頼まれていた『どくけしのハーブ』と『いやしの根』の納品に来たんだが、ドリアン商業ギルド長はいるかな?」
キャリアウーマンとでも言えそうな仕事のできそうな女性がこちらを向く。
「あら、マルコさん。おはようございます。すぐ声をかけてきますので、少々お待ちください」
やがて奥のドアが開き、まるまる肥えた口髭の男が顔を出した。
「おお、マルコ。もう手配ができたのか。ありがたい、早くて頼りになる。さっそく受け取り手続きをさせてもらうよ。清算はコリーにしてもらうから少し待ってくれるかな……おや? いっしょにいる後ろの娘は初めて見る顔のようだが? 」
「俺の姪の郁乃だ。まだ身分証がなくてな。今日はそれも作りたくて連れてきたんだが頼めるかな?」
「ふむ、身分証の発行か。あんたの姪だと言うなら、登録料の銀貨3枚さえ払ってもらえればなんの問題もない」
(ぎ、銀貨3枚……ど、どうしよう……)
郁乃は思わずマルコの方をチラリと見る。
マルコはニッと笑って心配無用と言いかけた。が、なんだか少しいやなにおいを感じてギルド長に向き直る。
「それはそうと、何かくさくないか?」
「悪いな、服に肉汁が飛んでくさいのかもしれない。申し訳ない。実は昨日冒険者ギルドに『魔獣マトンボア』討伐証明の持ち込みが大量にあってな。商人ギルドで仕入れて氷漬けにした一部を戻して試食していたところなんだ」
「思った以上に肉のくさみが強くてな。ゴムのような硬さだしあれではダメだな。このままだと廃棄にするしかなさそうで、ひどい大赤字さ」
ギルド長が深いため息をついた。
「うーむ、それは困った話だな……、まてよ、なんとかなるものかな? ほら、例の木ベラで……」
マルコが郁乃の方をチラッと見る。
「あ、それが……、あのあと特別な力を失ったままみたいで……ごめんなさい」
(でも、マトンボア? 元の世界でマトンといったら羊の肉……。確かに、羊のお肉って独特のクセがあるけれど……)
「ギルド長さん! そのお肉、廃棄する前に一応ちょっと見させてもらってもいいですか?」
「ほかならぬマルコの姪だというなら、見せても構わないが……」
調理場に案内されると、強烈な獣臭を放つ肉の塊がでてきた。マルコがにおいを嫌って鼻をつまんで少し距離を置く。
(これ、やっぱり羊さんの肉みたい……、でも、どうすればいいんだっけ……)
「神保町のマトンカレーが有名なお店では、ヨーグルトを使っていたにゃ!」
カルがフスと鼻を鳴らし、立ち上がって声を発する。
「おおぅ! 謎のモフモフが立ってしゃべった!」
「まあまあ、そんな驚くなよ。俺達も最初は驚いたがもう慣れたよ」
マルコとシンがとりなしてギルド長を落ち着かせる。
そのさなか、郁乃は考えを巡らしていた。
(そうか、ヨーグルトでお肉を柔らかくするの学校でもやってたっけ)
調理場の食材を見させてもらい、ヨーグルトっぽいものと、そのほか何か使えそうなものはないかと下見する。
「ギルド長、私にこのお肉を使って調理させてくれませんか!?」
「なに……? この肉がなんとかなるとでもいうのかい?」
「はい!捨てようとしてるなら、私に試させてください!」
郁乃の力強い眼差しに気押され、許可が出る。
「ミーザン(調理イメージの段取り)は済んだようだにゃ。では、シェフ、シルヴプレにゃ!(調理開始、お願いしますにゃ!)」
カルから掛け声が飛び、またも反射的に反応する。
「ウィ!(はい!)」
不思議な琥珀色の光が優しく郁乃の身を包み例のコックコート姿に変身する。
「おおぅ!うえぇぇ!」
変身するところを初めて見たギルド長は、カルに驚いた時よりもさらに大きな声を発した。一方、マルコとシンは一度見慣れたことでもあり、さほど驚かない。
【鈴蘭の祝福】のブーストで、「あなたの知らないカレーのすべて」の内容が郁乃の頭に満ちる。マトンの調理イメージがクッキリとなった。
まずはお肉を調理場にあった酸乳(ヨーグルトに似た乳酸飲料)に漬け込む。その間に玉ねぎにそっくりなオニオをみじん切りにし飴色になるまでしっかりと木ベラで炒めたら火を弱め、生姜そっくりなジンジャ、にんにくそっくりなガリク、『いやしの根』とスパイスをじっくり熱する。
やがて香ばしく爽快な香気が調理場いっぱいに爆発した。 そこへサイコロ状に切ったトマトそっくりな赤い実のトマを投入し、潰しながらさらに炒めてトロトロになったところへお肉をつけ汁ごと投入し、フタをして蒸し煮にして煮込んでいく。
頃合いだ。
「ヴォアラ!!ボナペティ!!(ほーら出来たよ!!召し上がれ!!)」
郁乃を包んでいた琥珀色の光がふわりと霧散した。変身が解け、麻の服を着た姿に戻った。
出来上がったのは、マトン肉が艶やかなソースに絡む、『マトン・マサラカレー』だった。恐る恐るまずは一口と食したドリアンギルド長の目が、見開かれた。
「な、なんだあぁぁぁっ!? 嫌なくさみが一切ない……! それどころか、スパイスの爽快な香気と濃厚なコクが肉の旨味を何倍にも引き立てている! あんなに固かったのがうそのように柔らかいぞ!?」
「はい! クセの強いお肉は、ただ焼くんじゃなくて、乳酸の力でお肉を柔らかく解きほぐすのと、油で香りを引き出す『テンパリング』の香りづけが必要だったんです」
「素晴らしい! 素晴らしい! この調理法のレシピがあればバッチリだ! 捨てるしかないと思っていた肉が、極上肉に化けて驚いた! ギルドの赤字を救ってくれた!」
「ふふん、デッドストック(不良在庫)解消にゃ」
カルが誇らしげにしている。
「もしや聖女様と聖獣様でしょうか?」
ドリアンギルド長は興奮冷めやらぬ様子で、郁乃らの様子をうかがう。
「いえ、いえ、いえ、聖女だなんてとんでもないです。私はちょっと料理ができるだけのただの普通の人間です」
急いで否定する。
「そ、そうなのですか? では、こちらの獣様は?」
カルはフスと鼻を鳴らす。
「察するにゃ」
ギルド長がどう察したのかは不明だったが、こう言ってきた。
「身分証の発行手数料は当然免除させていただきます! さらに、レシピを使わせていただく対価として『大金貨5枚』を進呈させてください!」
「だ、大金貨……!?」
ピカピカの身分証カードと、大金貨5枚が郁乃の手に渡った。




