丘のみはらし亭(銀狼亭)
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黄世界での出会いが続きます。
「ガタ、ガタ……ガタ、ガタ……キキィッ!」
「オーイ! 起きてるかい?」
御者台のマルコの声にハッとする。揺れに身を任せているうちに、いつの間にかカルと同じように眠ってしまっていたようだ。
「は、はい! 着いたんですか?」
慌ててホロの隙間から外を見ると、偶然シンと目が合ってしまい気恥ずかしかった。
到着したのは一軒の宿屋の前だった。周りに他の建物は見当たらず、どこか古めかしい。荷車から降りると、掲げられた木の看板が目に映る。消えかかっているが素朴な文字で『丘のみはらし亭』とあり、その上に重なるように「銀狼亭」と力強く彫られていた。
来た道を見ると、ターメリック色の砂の大地から徐々に褐色の荒地へと切り替わっていた。やや元気がないが少し草も生えており、この小高い丘を境に景色が変わっている。
この先進む道を見ると、坂を下ったはるか遠くに、街を囲む頑丈な城壁があった。門の周囲に明かりがぽつぽつと浮き上がり始めており、夜が近づいているのを感じる。
ふいに宿の扉が開き、白い髪の老人が姿を現した。
「いらっしゃい。久しぶりだね、マルコ。今日は門を通るのをあきらめたようだな」
「ああ、またよろしく頼むよ、クローブさん。今日は3人……いや、4人世話になる」
マルコが苦笑しながら話をしている、その時だった。
宿の敷地の奥の暗がりから、妖しく輝く銀色の毛並みの獣がぬっと現れた。ラクダにまさる巨体に、剥き出しの鋭い牙を持っている。
「キャァッ!」
驚く間もなく、さらにもう一頭、今度は純白の毛並みを持った巨体が姿をあらわす。
「ヒャァッ!」
私があまりの迫力に悲鳴を上げると、クローブさんが制するように手を振った。
「これこれ、『アル』、『タエ』、お客様を驚かせるんじゃないよ。悪いね、お嬢さん。シルバーウルフとホワイトウルフを見るのは初めてかい? すっかり懐いているから怖がらなくても大丈夫だ。昔、メスのホワイトウルフが瀕死だったところを助けてやったら、まるで番犬のように夫婦で居着いてしまってね。今では自ら進んで荷車を引いてくれる、義理堅い奴らなんだよ」
(いやいやいや! この規格外のサイズが急に現れたら、怖がって当然でしょ!?)
初めて目の当たりにする巨体のオオカミの威圧感に、思わずたじろいでいると、
「控えおろうにゃ!この肉球が目に入らぬかにゃ!」
カルが私の前にすっと立った。また、小さな身を挺して私を守ろうとしてくれているのだ。
「フワッ! 猫が立って喋りおった!」
今度は老人が目を丸くして驚いた。なんだろう、この強い既視感は……。
「だよなぁ、俺も初めての時は腰を抜かしかけたよ」
マルコが苦笑いしながらフォローを入れていると、宿の中からパタパタと賑やかな足音が響いてきた。
「キャア、猫ちゃんが立ってる! それに、今何かを喋った!?」
中からワラワラと顔を出したのは、宿を切り盛りする老人の家族で、出てきたのは皆女性だった。どよめく一同を前に、カルは小さく一礼してみせた。
「はじめましてにゃ。よろしくお願いするにゃ」
「キャー、かわいい! 何て名前なの?」
一番小さな女の子が嬉しそうに騒ぐ。
「この子の名前はカル、私は郁乃といいます。よろしくね」
挨拶を交わしながらわかったのは、この宿はクローブさん、娘のシナモンさん、孫のローリエさん、ルッコラさん、アニスさん姉妹の5人家族で営んでいるようだ。
(見た目はちょっと怖いけど、本当はすごく優しいオオカミさんたちなんだ……。看板が書き変わっていたのは、そんな理由があったんだね)
胸がほっこりとした温かさに包まれた、そのさなかだった。
カルがおもむろに、並んだ巨体のオオカミたちの方を向き直ってフスッと鼻を鳴らした。
そして、短い前足の小さな肉球を、スッと高く掲げる。
――途端。
「クゥーン……」
「クォーン……」
あれほど獰猛そうに見えたのが、情けない声を漏らし、見事なシンクロで同時にペタッと地面に這いつくばった。完全なるダブル土下座である。
「ええっ!?」
【聖獣化の加護】恐るべし。どうやらカルを圧倒的な上位の獣と認識して、完全にしもべのようになってしまったらしい。私を含め、宿の家族、マルコ、そしていつの間にか近くにいたシンまでもが揃って驚愕する。
さらにカルは堂々とシルバーウルフのアルの方に歩み寄ると、その大きな鼻先を小さな肉球でポンと叩いた。
「お前もなかなかに美しい銀色だにゃ。同じシルバーの毛並み同士、よろしく頼むにゃ」
「クゥーン……」
「おいおい……カルがカル様になっちまったな」
マルコの呆れたようなツッコミが漏れた。緊迫感が抜け、急にお腹が空いてきた。
「あ……お腹がすいちゃったな……」
思わずつぶやく。すると、3姉妹の次女である少女が明るい声を上げた。
「まかせて! みんなお腹ペコペコだよね! 今日の夕食は、あたしが作った出来たてのスープがあるから、食堂へ案内してあげる。あたしはルッコラ。みんなはルルって呼ぶの。クローブおじいちゃんが腰を痛めてからは、あたしがこの宿の厨房を任されてるんだ! よろしくね!」
案内されて4人が食堂の席につくと、彼女は「すぐに持ってくるね!」と厨房へパタパタと走っていった。
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