ターメリック色の大地、泉での出会い
第3話です!ご覧いただき、本当にありがとうございます。
ついに黄世界の旅が始まります。
「ま、まぶしい……」
強烈な光で目覚める。
気がつくと、そこは見渡す限りターメリックのような黄色の乾いた砂が広がる世界。灼熱の日差しが照りつける。
目の前には、かろうじて残った数本の枯れかけた木と、小さな泉がある。しかし、そこはオアシスと呼ぶにはあまりにも荒れ果てた光景だった。
泉の水はドロドロとして泥と油が混ざったように赤黒く濁り、不気味な泡を立てている。
「うそ……、お水がこんなに濁ってる……」
マイボトルを揺らすと、中にはまだ少し水は残っているようだ。けれど、こんな灼熱の砂漠のなか、このわずかな水だけでは生き延びられるはずがない。目の前の泉は、絶望的な濁り方だった。
途方に暮れていると、
(ズザ、ズザ……、ゴト、ゴト……)
背後から、砂を深く踏みしめる獣の重い足音と、何かがきしむ音がした。振り返ると、ラクダによく似た獣が、ホロ付きの荷車を引いて近づいてきていた。
御者台には、商人風の男がいた。その隣には、奴隷なのかぼろぼろに裂けたホコリまみれの麻の服を着た青年がおり、獣の手綱をにぎっていた。けれど、顔の奥にある鋭い切れ長の瞳は、なぜか吸い込まれそうなほど気高く、美しい輝きを放っていた。
「そこの異国の娘。こんなところで何をしている?」
深い青色のダンガリーシャツ、白と黒の細かい千鳥格子柄のズボン。そして足元のピンク色のスニーカーをジロジロと見た男は、
「目がチカチカする奇妙な仕立ての怪しいズボンだな」
と不思議そうに眉をひそめる。
(うう、学校のコックズボンなんだけど……この世界の人から見たら奇妙な模様だよね……)
(青色のシャツもこの黄色い世界ではめちゃくちゃ目立つかも)
このワークカジュアルスタイルは、この世界の服装と比べてあまりにも異質だったようだ。
だが、男は「ただの見慣れぬ衣装を着た不審な女性」としてではなく、「何か未知のスキルを持つ異国の女性」の気配を商人の勘で感じ、見極めようとしているようだった。
「ああ、名乗らずに失礼した。俺の名前はマルコ。商人だ。こいつは少し前に砂漠で行き倒れていたところを俺が拾った男だ。名前も過去も何一つ覚えていないようだが、とりあえず『シン』って呼んでいる」
「獣の扱いと剣の腕は確かだったので、飯を食わせる代わりに俺の商売の護衛として手伝ってもらっているのさ」
そう言って、からりと笑った。
青年が奴隷のように見えたのは、ただ砂漠の過酷な旅のせいで服がボロボロになっていただけのようだった。男の目は計算高いが、悪人特有の濁りはない。
足元にいたカルが、かばうようにして前に出る。シルバーグレーの毛並みを輝かせ、後ろ足の二本でスッと直立する。宝石のようなセージグリーンの瞳で男を睨んだ。
「怪しいのはお前のその脂ぎった顔面にゃ」
「猫が立ってしゃべった!」
(――おぉぅっ!)
とたじろぐ相手の反応は無理もなかった。
「ごめんなさい!ちょっと訳あって、この猫立てるし、しゃべれるんです……。私達、怪しいものではないので、あまり驚かないでいただけると助かります」
あわてて頭を下げた。
マルコ達が呆然と驚いているのをよそに、カルはフスッと鼻を鳴らした。
「しかし、飲める水がないと困ったにゃ」
「試しにカバンの中の木ベラを、泉に差し込んでみたらどうかにゃ」
「えっ? あ、うん……!」
言われるがまま、おじいちゃんの形見の木ベラを、赤黒く濁った泉へ恐る恐る差し込んだ。
(シュゥゥゥ……ッ!)
瞬間、木ベラを中心に、淡い琥珀色の優しい光の波紋がじんわりと広がっていった。
まるで魔法の結界が展開されたかのように、ドロドロとしたものがみるみる消えていった。濁りや泡はスッキリとなくなり、水は澄み渡って底の砂利まで見えるような泉に変わっていった。
「な、なんだ……! ドロドロしたものが消えた……!?」
マルコが慌てて荷車から飛び降り、手ですくって恐る恐る口に少し含んだ。
「なんと……! 泥臭さがない!辛くもない!なんて不思議なんだ。こんな水、今のこの世界にはどこを探してもきっと存在しないぞ!」
「……フン、騒ぐほどのことじゃないにゃ。想定内にゃ。ひかり食堂の木ベラを舐めんなにゃ」
立派な尻尾をパタパタと揺らし、最初から全て知っていたかのようにフスッと鼻で笑ってみせた。
(平然を装ってるけど、今、私と一緒にめちゃくちゃびっくりして、尻尾ピーンってなってたじゃん!)
手元の木ベラは急速に光を失っていった。
「……郁乃、その木ベラ、力を使い果たしたみたいにゃ。そのうち美味いものの湯気でも吸えば、また元気になるかもにゃ。たぶん」
ふと、強い視線を感じる。
さっきのボロボロの衣服を着た青年が、澄み渡った泉と木ベラを、無口にじっと見つめている。その瞳には、(その力は、一体何なのだ)とでも言いたげな深い困惑の表情が浮かんでいた。
しかし、すぐに視線を逸らされてしまった。
一方、マルコは水のにおいを嗅いだり、もう一度口に含んだりし、驚きの言葉を繰り返していた。やがてこちらへ向き直り、恐れ敬うような表情になった。
「まさか目の前で泉を丸ごと浄化してしまうのを見られるとは……国のどんな高名な魔導士にもこんな力はあるまい」
「今、この国はひどい有様でな。依頼のあった『どくけしのハーブ』と『いやしの根』を仕入れて、これからギルドへ向かうところだったんだ」
「頼む! ここで出会ったのも何かの縁だ、次の街まで一緒に行って、その不思議な力を貸してくれないか? 見たところ乗り物もないようだし、あなた様の助けにもなると思う。どうだろうか?」
マルコはそう言って深く頭を下げ、懇願してきた。
「そんな、あなた様なんて言わないでください。どうぞ頭を上げてください! さまよってここへたどり着き、この先どうしようかと困っていたところです。こちらこそ、是非よろしくお願いします」
慌てて、急いでこちらも頭を下げる。
「私は郁乃、この猫はカルちゃん……」
(あ、違った……つい、カルちゃんっていっちゃうな……)
「――コホン。この猫はカルといいます」
カバンを抱きしめ、ありがたくホロ付きの荷車へと乗り込んだ。
「……とりあえず、行き倒れにならずに済んで、よかったにゃ」
荷車が動き出すと、カルはコテンと横になってすりより、嬉しそうにのどを「ゴロゴロ……」していたが、ガタゴトと揺れる荷車の心地よさのせいだろう、やがてトロンとしたかと思うとスヤスヤと眠ってしまった。
カバンのガラス瓶に手が伸びた。おじいちゃんがそばにいてくれるような気がする。
気持ちが落ち着いたあと『あなたの知らないカレーのすべて』を取り出してみた。ページをめくると本が淡い琥珀色の光を放った。薄暗いホロの中でも問題なく読み進めることができそうだった。
日本でお馴染みの、深いとろみとコクがある「欧風ルーカレー」と、素材の味を活かす「インド風スパイスカレー」のレシピが美しいイラストと共に載っていた。
(小麦粉、バター、スパイス……。この黄色い世界に、本に書いてある食材はあるのかな……?)
本を閉じ、不安な気持ちの中、そっと前方のホロのすき間から外を見た。砂漠の照り返しの中、御者台の青年と目が合った。
「あの……これ、お水、よかったら飲んでください」
水筒に汲んだ泉の水を分けて差し出すと、一瞬驚いた顔をし、それから小さく頭を下げて受け取り、初めて言葉を発した。
「……ありがとう」
「……私は自分の本当の名前を思い出せない。だが、君から感じるかぐわしいにおいは……知っている気がするんだ」
そう言って、切なくも美しい微笑みを浮かべた。
「おいおい、いい感じのところ悪いが俺にも水をくれないか」
横からそう言われはずかしさに顔がほんのり赤くなった。慌ててマルコにも水を差し出す。
そうこうしているうちに今日の目的地が近づいてきたようだった。
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