サフラン村の兄弟
「では、行くとしよう」
シンが銀狼アルの手綱を取り出発する。郁乃は、なんとなく自然に御者台のシンの隣に座った。
「『伝書猫』はもうしなくてよさそうだにゃ」
カルの呟きに、
「ごめんね、カル。きっともう大丈夫よ、多分……」
シンに秘密と悩みを打ち明けたことで、郁乃は不安が随分と和らいだ。この先は、シンに落ち着いて接することが出来ると感じられるよう心も変化した。ただ、気恥ずかしさがまだ少し残ってはいるのはしょうがなかった。
街道を進むと、しばらく先に小さな集落らしきものがあるのがわかった。やがてその集落名がわかる立札も見えてきた。「サフラン村」と書かれている。
村の入り口で形式的に立ち寄った目的を聞かれたが、街道沿いに王都を目指していると伝えただけですんなりと入ることができた。チェックが厳しくないのは、おそらくこの集落では際立った危険な事案など起きていないのだろう。
「こんにちは……旅の方……」
「ようこそ……サフラン村へ……」
道で会った人は好意的ではあったのだが、なぜか声が弱々しく、はつらつとした感じには思えない空気に包まれていた。やがて人通りの少ない広場に行き着くと、村人数人が真っ赤な干し肉を、どこかつらそうな表情で黙々とかじっていた。
「……何だか、みんなあまり楽しそうにごはんを食べていないね」
郁乃が呟くと、手綱を握るシンが低く静かな声で応じた。
「……美味しく食べているわけではないようだな。あの干し肉は見た感じ辛そうだ。辛くなければ『料理』と認められない風潮に影響され、無理に胃へ流し込んでいるように見えるな」
荷車の進む速さを緩め、広場の一角に停めようとしたその時だった。近くの建物の陰から、小さな泣き声が聞こえてきた。声のした方を見ると、痩せた小さな男の子と女の子の兄弟が、母親から差し出された真っ赤なスープの器を前にして首をイヤイヤと振っている。
「お願い……少しだけでも……食べて……」
母親の言葉に、兄と思われる男の子がポロポロと涙をこぼした。
「イヤだよ……辛くて……お口が痛くて、飲み込めないよぉ……」
「ごめんね……これしか食べ物がないのよ……」
母親もまた、辛さを拒む我が子を見て、つらそうな泣きそうな顔をしている。
そんな光景を目にし、郁乃の胸が締め付けられるように痛んだ。
(こんなに幼い子供たちとお母さんがつらそうにしている……。料理は、食べた人を元気にして、笑顔にするためのものなのに……!)
「シンさん、ここで少し時間をいただいてもいいですか? あの子たちに、何か作ってあげられないか考えたいんです」
「……ああ、構わないさ。俺にも何か手伝えることがあれば言ってくれ」
「ありがとうございます」
(……でも、言ってはみたものの、何をどうしたらいいのかしら……)
「カル、どうしたらいいかな……」
つい、カルにポロリと漏らす。
すると、毛づくろいをしていたカルが凛々しく立ち上がり鼻を激しく鳴らした。
「フスッ!フスッ!フスッ!」
「フスッ……郁乃、近くに使われずに捨てられかけている瓜のような野菜があるようだにゃ。ズッキーニみたいな匂いがするにゃ!」
「えっ! カルちゃん凄い! 猫ちゃんなのにワンちゃんみたいに鼻が利くの??」
「だから『ちゃん』はつけないでいいにゃ!」
「ごめんごめん! びっくりして言い方戻っちゃったよ」
「鼻が利くようになったのも『聖獣化の加護』のスキルのようだにゃ」
(わぁ……、そんなことも……)
カルの思わぬアシストを得て、匂いのするという方へ向かうと、そこはこの村の集積所さしき場所だった。そこには捨てられかけている野菜があった。ウリノというらしい。『みずみずしすぎて辛味が乗らない使えない野菜』として廃棄寸前だったようだ。
(これがあるなら……よし、あとは……)
「あの……、お母さん、この村にオニオはありますか?」
「オニオ? ええ、オニオなら沢山あるけれど……?」
(よし、オニオは玉ねぎみたいな野菜。それなら……)
郁乃の表情を見てカルから声がかかった。
「郁乃、ミーザンは済んだかにゃ?」
「うん、いけそうよ」
「それはよかったにゃ」
「では、シェフ、シルヴプレにゃ!(調理開始、お願いしますにゃ!)」
いつものように体が反応する。
「ウィ!(はい!)」
声を発した瞬間、あの不思議な琥珀色の光が優しく郁乃の身を包み、コックコート姿に変身した。




