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コク旨〜!黄世界《キセカイ》転生!〜料理の才能ゼロな私が、聖獣(サバトラ猫)と究極のカレー作っちゃいます〜  作者: 水蕾(みらい)


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10/12

王都への旅立ち、若葉かげの秘め事

翌朝の『銀狼亭』の朝食は、なんとも奇妙な空気に包まれていた。


郁乃とシンは一度も目が合わない。シンは全くの無言であらぬ方向へ視線を向けている。昨夜の出来事のせいで、二人の間に微妙な気まずさが漂っていた。


そんな状態なので、郁乃は荷車の補修の続きがはじまっても見に行きづらく、ルルたち3姉妹と話をしていた。


やがて荷車が直ったとカルが呼びにきたので、まだ気恥ずかしいまま裏の小屋へ顔をだす。すると、驚くような仕上がりになっていた。木枠を補強され、新しくホロをかけ直し見違えるほど立派な仕上がりになっていただけでも凄かったが、なんと料理が出来るスペースまで工夫されていた。


「何これ! すごい……キッチンカーみたい……」


「どうせならとお願いしてみたにゃ」


カルがフスッと鼻を鳴らし、尻尾をピーンとさせ、ドヤ顔で立っている。


「使っていない鍋なども小屋に色々とあったから、それも持っていくといい」


とクローブおじいさんが申し出る。


「本当にありがとうございます。すごい……すごいです!」


気恥ずかしさはどこかへ吹き飛んでしまった。


諸々の準備を終え、ついに銀狼亭を離れる時間になった。


「王都まで道中気をつけてな」


「ありがとうございます、マルコさん。お世話になりました」


「シン、街道沿いに進めば大丈夫だろう。ただ、まだ記憶が戻っていないんだから気をつけてな。なんなら、顔はあまり人目に見せず、隠したほうがいいかもしれないぞ」


マルコは、努めて今まで通りの口調を保ってシンにアドバイスをする。


「そうか、心得た。世話になった、感謝する」


「郁乃お姉ちゃん、これ持って行って!」


ルルが追加で色々ともたせてくれる。


「ありがとう、ルルちゃん。また会う日まで元気でね!」


優しく接してくれた皆との別れに涙が出そうになる。


御者台にまずシンが座り銀狼アルの手綱を握る。その横にカルが座る。最後に郁乃が乗り込む。


「……足元、気をつけて」


とシンがスッと手を差し出してくれたのだが、ぐっと引き上げられた際、一瞬、郁乃の肩がシンに触れる。


「達者でな!」


「気をつけて!」


「またね!」


「ワオォーーン!」


『銀狼亭』の人々に見送られて荷車はゆっくりと動き出した。


……のだが。


「あ、あのね! 移動の間に、本をしっかり読み込んでおきたくて……! ちょっと集中するので後ろに移動するね!」


郁乃はそわそわと御者台から一番離れた荷台の奥へと避難してしまった。


(だって……!)


シンに触れた肩のあたりがなんだか熱くむず痒く感じられ、意識してしまうのだ。出発直前、ルルが耳元で


「そういえば今朝ね、シンのお兄ちゃん、郁乃お姉ちゃんがいた部屋の前でうろうろして鼻をクンクンさせてたよ?」


と無邪気に言ってきたのがいけなかった。せっかく普通に戻りかけていたのに……。


誰も言葉を言わず気まずい静けさが続く。やがて、毛づくろいをしていたカルに向かって、シンがボソボソと呟く。


「カル……郁乃に、あと少ししたら休憩すると伝えてくれないか」


「わかったにゃ」


トコトコと荷台の奥へ行ったカルが、古書を読んでいる郁乃に声をかける。


「郁乃、シンがあと少ししたら休憩すると言ってるにゃ」


「あ、ありがとうカル。シンに、わかった、ありがとうって伝えてもらえる……?」


「了解にゃ」


再びトコトコと御者台へ戻るカル。


「シン、郁乃がわかった、ありがとうって言ってたにゃ」


「そうか……中継……世話をかける」


御者台で前を向いたままのシンと、荷台の一番奥の郁乃の間を往復させられたカルは、立派な尻尾を呆れたようにパタパタと揺らし、深いため息をついた。


「なんだかにゃ? 同じ荷車に乗っているのに、このテレワーク状態は困ったものにゃ。『伝書猫』扱いは参るにゃ」


(テ、テレワーク…!? ごめんね、カル。今は気まずくてシンと直接話せそうにないの……本に書かれている事もあまりよく頭に入ってこないし……なんだか気持ちがフワフワしているの……ダメ、こんな感じ初めて……)


今まで異性を特に意識することのなかった郁乃にとって、この「未知の感情」を消化するには少し時間がかかりそうだった。


膝の上に開いた古書『あなたの知らないカレーのすべて』に視線を落としてはいるけれど、ページをめくる手は止まってしまっていた。本は、ただむなしく琥珀色の光を放っている。


「やれやれ、しっかりしてくれにゃ」


カルは、郁乃のほうへやってくると横で丸くなり、諦めたように目を閉じた。


(こんなんじゃダメだ……気持ちを切り替えないと……世界を救うという使命があるんだから……)


郁乃は両手で自分の頬を「パンッ!」と軽く叩き深呼吸をした。


まずは一通り目を通そうと思い、あらためてパラパラとページをめくる。すると古書の最後のページに書かれた和歌が目に留まった。


『若葉かげ 緑のしづく しろたえの 千代に秘めつつ 清らなりけり』


(料理本に和歌……? 筆で書いてある……? なんだろう?)


(秘めるって、やっぱり胸の中に閉じ込めた恋心のこと……? 『若々しく……かげに隠れて……こぼれ落ちる……真っ白な気持ち……想い……誰にも明かさず永く……心に秘めて……尊い……』……みたいな?……いやいや、料理本だよ?)


不思議な歌の意味に考えを巡らせる。


(ガタンゴトン……キキィ……)


荷車が、ゆっくりと停車したようだった。


「……ここで少し、休もう。郁乃……聞こえているか……?」


(ハッ……!)


グルグルと頭の中で思考が混ざり合ってしまっていたところに、シンの声で意識を引き戻される。


カルが郁乃のほうに来てしまっているので、『伝書猫』がおらず、直接声をかけるしかなかったのだ。


「あっ、は、はい! 聞こえてます!」


慌てて返事をしながら、郁乃はバタバタと膝の上の古書を閉じ、カバンへ滑り込ませた。

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