第46話:未知の負債。……わたくしの帳簿に「正体不明」は一単位も許しませんわ
「――あら。神々をパージして清々したと思いましたのに、随分と埃っぽい金庫ですわね。一単位の清掃も行き届いていないなんて、管理能力を疑いますわ」
起源の議場、その最深部。
重厚な扉が開かれた瞬間に溢れ出したのは、光すら飲み込む漆黒の「負債」でした。
それは不定形の泥のように蠢き、わたくしが手に入れたばかりの白銀の議場を、見る間にどす黒い「虚無」で塗り替えていきます。
「……ッ、エルゼ! 下がれ! これには魂がない……いや、存在そのものが『無』として定義されている! 俺の黄金の炎すら、燃料にされて吸い取られるぞ!」
シグルド様が即座にわたくしを庇い、黄金の障壁を展開しました。
ですが、その輝きさえも黒い泥に触れた先から「無」へと還元され、消えていく。
わたくしの視界に走る数値も、バグを起こしたように「ERROR」と「NaN(非数)」を繰り返していました。
「……。ふふ。……。シグルド様、案ずることはありませんわ。……。これは物理的な攻撃でも、魔力的な干渉でもございません。……。ただの『帳簿の書き漏らし』……いいえ、先代の株主たちが隠蔽しきれなかった、未処理の損失の残滓ですわ」
わたくしはシグルド様の背中から一歩前に出ました。
漆黒の泥の中から、いくつもの「顔」が浮かび上がります。
それは、過去の物語で救われなかった悪役令嬢、道半ばで破産した商人、そして……わたくしに似た、けれど絶望に染まった「エルゼ」たちの幻影。
『……クルシイ……。ナゼ、オマエダケガ……。スベテハ、スクラップ……。コンナセカイ、キエテシマエ……』
怨嗟の声が議場を揺らし、わたくしのドレスの裾を汚れで染めようと迫ります。
ですが、わたくしは冷徹な眼差しで、その泥の塊を計算尺で指し示しました。
「――お聞きなさいな、哀れな亡霊の皆様。……。あなた方の絶望は、わたくしの帳簿には『償却済みの損失』として計上済みですわ。……。今更、一単位の資産価値もないあなた方が、現行のオーナーであるわたくしに意見するなんて、越権行為も甚だしいですわよ」
『……ナニ……!?』
「リィン。……。この『未知の負債』とやら、その発生源と総質量を算出しなさい。……。わたくし、未確認の在庫を抱え続けるのは、一秒だって我慢なりませんの」
「承知いたしました。……。解析完了。……。正体は、先代管理者が『プロット失敗』として廃棄した、数千万の世界の断片。……。現在、次元の容量を圧迫し、全次元のシステム停止を誘発しています。……。対策:物理的な消去は不可能。……。概念的な『資産再編』のみが有効です」
「……。あら。……。手間をかけさせますわね。……。シグルド様、聞こえまして? ……。これ、単なる『不法投棄』の山ですわ。……。ならば、わたくしがやることは一つ。……。このゴミの山ごと、わたくしの『管理下に置く』ことですわ!」
わたくしは計算尺を最大まで引き伸ばし、漆黒の泥に向かって黄金の数式を叩きつけました。
$$ \text{Debt}(Unknown) \times \text{Audit Authority}(Elsa) \to \text{Asset}(Consolidated) $$
「――不法占拠された次元の隙間。……。これよりわたくしが、強制的に『防衛買収』を執行いたしますわ! ……。あなた方の絶望も、虚無も、すべてわたくしの管理する『負債資産』として帳簿に載せて差し上げます! ……。勝手に消えることさえ、わたくしが許しませんわよ!」
わたくしの宣言と共に、黄金の鎖が泥の塊を縛り上げました。
「消えたい」と願う虚無に対し、「わたくしの持ち物として存在しなさい」という強欲な命令。
泥は絶叫を上げ、黄金の光に焼き尽くされるのではなく、エルゼ・フォン・アシュバッハという名の「絶対的なルール」の中に、強制的に収束させられていきました。
『……ア……アア……。カンリ、サレル……。オマエノ……帳簿ノ……ナカニ……』
一分と経たず、議場を埋め尽くしていた漆黒の泥は、一単位の狂いもなく黄金の立方体へと圧縮され、わたくしの足元に転がりました。
「……。ふぅ。……。整理整頓は、経営の基本ですわね。……。シグルド様、お待たせいたしましたわ。……。これでようやく、金庫の中身を正確に精査できますわよ」
「……。はは。……。虚無そのものを『買収』して管理下に置くとはな。……。エルゼ、お前の強欲さには、龍である俺ですら畏怖を覚えるよ」
シグルド様が呆れたように笑いながら、わたくしの肩を抱きました。
ですが、わたくしの視界のアラートは、まだ消えていませんでした。
黄金の立方体――圧縮された負債の芯から、一つの「座標」が浮かび上がっていたからです。
「……。あら。……。この座標……。わたくし、見覚えがございますわ。……。一単位の誤差もなく……わたくしがかつて、ヴィルフリートに『婚約破棄』を突きつけられた、あの忌々しいパーティー会場ですわ」
負債の根源は、わたくしの「始まりの場所」に繋がっている。
準備は、すべて整いましたわ。
シグルド様。……。わたくしのハッピーエンドの確定申告。……。最後に、あの小っぽけな王国を『凱旋監査』して、一単位の余りもなく清算して差し上げますわよ!
神々の金庫から現れた「未知の負債」。
それを「不法投棄」と切り捨て、概念ごと買収して管理下に置いてしまうエルゼ様。
もはや彼女の監査尺の前に、逃げ場のある数字など存在いたしませんわね。
しかし、負債の芯が指し示した座標は、エルゼ様がかつてすべてを失った「始まりの場所」。
物語は、因果の円環を閉じるための、最終的な凱旋へと向かいます。
次回、第47話。
「凱旋監査。……一兆倍の格差、その身で味わいなさいな」。
かつてエルゼ様を蔑んだヴィルフリート、そして王国の人々。
神となった彼女の降臨に、彼らは一単位の誇りも保っていられるかしら?
エルゼ様の「最高の凱旋」を見届けたい投資家の皆様、ぜひ【ブックマーク】と【評価】をお願いいたしますわ。
皆様の投資(評価)が、エルゼ様の監査船に「対・元婚約者用」の最強のスピーカーを実装させるのですから!




