第41話:女王の帰還。……わたくしのポートフォリオに、許可なき「バグ」は存在させませんわ
「――あら。わたくしの愛しき宇宙(庭園)に、ずいぶんと無作法な落書きが紛れ込んでいるようですわね」
次元監査船アシュバッハ号の最上層、クリスタル張りの私室。
わたくしはシグルド様にエスコートされながら、手元のティーカップをソーサーに戻しました。
視界の端で、先ほどから紅いアラートが点滅を繰り返しています。
それは、わたくしが第35話で「買収」を完了させ、完全に黒字化したはずの多次元市場に、一単位の狂い――すなわち『未登録の事象』が発生したことを告げていました。
「……エルゼ。……。俺にも感じるぞ。……。次元の壁の向こう側から、誰かがこの世界を『指先で撫でている』ような、薄気味悪い感触がな」
シグルド様が黄金の瞳を鋭く光らせ、わたくしの肩を抱き寄せました。
彼の龍としての直感は、物理的な破壊ではなく、この世界の『存在定義』そのものを揺さぶる不可解な動きを捉えていました。
「ええ、シグルド様。……。天上界の瓦礫から見つかった、あの『絵本』の断片。……。リィンに解析をさせましたけれど、その結果が、あまりに不条理でしたの」
わたくしが扇子で空間を叩くと、銀色のコンソールが浮上し、一冊の古ぼけた絵本の走査データが投影されました。
そこには、かつてわたくしが幼少期に読み耽った、あの救いのない悪役令嬢の物語が記されています。
ですが、問題はその『文字』ですわ。
「ご覧なさいな。……。物語の後半、わたくしが断罪されるはずのページに、見たこともない『校正記号』がびっしりと書き込まれていますわ。……。まるで、誰かが途中でこの物語に飽きて、余白にデタラメな数字を書き殴ったかのように」
『――警告。……。特定座標「第零次元・揺りかご」において、因果律の不一致を検知。……。住民の記憶ログが、一秒ごとに『改稿』されています』
リィンの無機質な声が、豪華な私室に冷たく響きました。
改稿――。
それは、わたくしという「経営者」が定めた規約を無視し、上位階層から強引に運命を書き換えるという、次元監査官に対する最大の冒涜。
「……。ふふ。……。面白いですわ。……。神々を解雇すれば終わると思っていたけれど、どうやらその背後に、さらに無責任な『作家気取り』が隠れていたようですわね」
わたくしは立ち上がり、私室の窓から広がる黄金の星海を見つめました。
かつては運命に翻弄されるだけの「悪役令嬢」だったわたくし。
ですが今のわたくしは、全次元の資産を握るオーナーです。
「――シグルド様。……。お出かけの準備をなさって。……。わたくしの人生という名のポートフォリオを、勝手に『下書き』扱いする不届き者がいるようですの。……。その身勝手な筆を叩き折り、一単位の狂いもない『完結』を突きつけて差し上げなければなりませんわ」
「……。はは。……。了解だ、エルゼ。……。お前が望むなら、その『書き手』とやらを俺の牙で引きずり出してやろう。……。俺たちの愛まで『設定』だと言わせるつもりはないからな」
シグルド様が黄金の剣を僅かに抜くと、監査船全体が彼の魔圧に応えるように共鳴を始めました。
わたくしは銀の計算尺を手に取り、視界に走るバグ――『赤いノイズ』を、一単位の猶予もなく睨みつけました。
「――準備はすべて整いましたわ。……。見えないところに隠れている『作者様』。……。わたくしの世界を汚すその稚拙な落書き、一単位残らず清算して差し上げますわよ!」
その瞬間、コンソールに映し出されていた絵本のデータが、真っ黒なインクに染まりました。
そして、最後の一行。
わたくしの誕生記録が記された場所が、不気味に明滅しながらこう書き換えられたのです。
――$[Status: Abandoned (執筆放棄)]$
――$[Reason: Too difficult to control (制御不能)]$
「……。あら。……。制御不能、ですって? ……。最高の褒め言葉ですわ。……。わたくしを御せるのは、わたくし自身と、シグルド様の愛だけですのよ」
女王の帰還。
次元の深淵から聞こえる、ペンが走るような不快な音。
わたくしの計算尺、次は世界の「存在意義」そのものを買い叩かせていただきますわ。
お待たせいたしましたわ、皆様。
全次元の「女王」となったはずのエルゼ様に突きつけられたのは、なんと「執筆放棄」という名のシステム・エラー。
世界が誰かの「書きかけの物語」に過ぎなかったなんて、わたくしのプライドが許しませんわ!
シグルド様も、自分たちの絆が「設定」扱いされることに、かつてないほどお怒りのご様子。
愛と資本の力が、ついには「運命の筆」さえも叩き折る……。
これこそが、桐谷ルナがお届けする新次元の「ざまぁ」ですわよ。
次回、第42話。
「不当な改ざん。……わたくしの「過去」を勝手に書き換えるのはどなたかしら?」。
エルゼ様、自分の故郷に酷似した「捏造された過去」へと突入し、不当な記憶を徹底的に監査いたしますわ!
再開ブーストの第二波、ぜひ【ブックマーク】と【評価】でお力添えを。
皆様の投資が、エルゼ様の計算尺を「真実」へと導くのですから!




