第33話:龍王の「守備範囲」。……一単位の損害も出さないのが、わたくしの美学ですわ
「――天秤は釣り合わず、因果は清算される。……次元管理委員会・特別執行官『アグニ』。監査官エルゼ、君の存在そのものを、全次元のデータベースから削除する」
空を覆う巨大な天秤から降臨したのは、顔のない黄金の鎧を纏った存在でした。
彼が指を鳴らすと、世界から「色」が消え、空間そのものが砂のように崩れ去り始めます。それは物理攻撃などではなく、世界の「定義」を書き換える上位の権限。
「エルゼ……っ!」
リリアナ様が悲鳴を上げ、勇者たちが剣を構えますが、彼らの武器は触れることもできずに光となって散りました。
シグルド様が即座にわたくしを庇い、黄金の魔力で防御壁を張りますが、その壁さえも砂のように風化していきます。
「……ッ、この力は……! 魔法でも物理でもない、世界の『設定』そのものを食い破る性質か!」
シグルド様の息が荒くなります。彼の肌に浮かぶ龍の紋章が、過負荷に耐えかねて嫌な音を立てていました。
この空間において、彼の「最強」というスペックは、管理者の権限の前では「高負荷なエラー」として処理されようとしているのです。
「シグルド様、下がって。……この攻撃、力で受ける必要はありませんわ」
わたくしは扇子で飛来する「削除の光」をそっと弾き返しました。
光はわたくしの目の前でパチンと音を立てて消滅します。
執行官アグニが、初めて驚愕に動きを止めました。
「――なぜだ。私の権限に干渉できるはずがない……!」
「権限? ふふ。……ベルフェ様から学びましたわ。この委員会とやらは、自らのルールすら守れない『無能な経営陣』ですのね」
わたくしは計算尺で、空間に巨大な「次元雇用契約書」を投影しました。
そこには、アグニたち執行官に適用されているはずの「業務規定」がびっしりと記されています。
「アグニ様。……。規定第七項第四条。『執行にあたっては、対象世界の知的財産権および、現地住民の生命資産を保護すること』。……。あなたは今、私を消すためにこの世界を砂に変えましたわね? ……。それは明らかな『契約違反』。……わたくしは今この瞬間、あなたたちの『法的な攻撃権』を、差止命令によって凍結いたしましたわ」
「な……ッ、法だの条項だの、そんなものは次元を超越する私には通用しない!」
「いいえ。……。このマルチバースの理を『物語』として定義したのはあなた方ですわ。……。物語である以上、そこには『因果の帳簿』が存在する。……。あなたが今の権限を行使し続ければ、あなたたちの組織の『信用格付け』は最低水準まで下落し、全次元のスポンサー(読者)からの支援が打ち切られますわよ?」
わたくしは執行官の背後に漂う「組織の信用ログ」を、計算尺で赤く染め上げました。
わたくしという「商品」を消そうとすれば、委員会そのものが「破綻」するという論理的ジレンマ。
アグニの鎧が、自身の論理に耐えかねて亀裂を走らせます。
「……くっ、この狂った令嬢が……! ならば力ずくで……!」
「シグルド様。……。お時間ですわ」
わたくしの指示と同時に、シグルド様が次元の壁を突き破る一撃を見舞いました。
執行官の剣を、ただの「鞘」で叩き折り、黄金の魔力でその権限を一時的に麻痺させます。
物理と論理の、完璧なダブル・コンボ。
「……はぁ……はぁ……。エルゼ。……。これで、どうだ」
シグルド様が肩で息をしています。
彼の背中から、先ほどまでの黄金の輝きがスッと消え、代わりに、まるで枯れ木のような白さが肌に広がっていました。
――$[Warning: Energy Storage Depleted. Critical System Failure]$
わたくしの視界に、最悪の警告が点滅します。
「……シグルド様……?」
「……。ああ……。少し……。眠いな……。この世界、思った以上に『燃費』が悪い……。エルゼ……。俺、少しだけ……」
巨大な黄金の龍王が、まるで壊れた人形のように膝をつきました。
彼の手から、聖剣が音を立てて消滅します。
執行官アグニが、好機とばかりに再び鎌を構える中、わたくしの手の中でシグルド様の肌が、透けるように薄くなっていく。
「……。シグルド様!? ……。ダメですわ、ダメですわよ! ……。わたくしの経営計画書に、あなたの退職(消滅)なんて一項目もございませんわ!」
私の叫びも虚しく、彼の黄金の瞳がゆっくりと閉じられていきます。
世界が、またしても不穏な音を立てて崩れようとしていました。
守護者を失ったわたくしと、消えゆく最強の資産。
――$[System Message: All Assets Reset. The Final Audit begins]$
準備は、まったく整っていませんわ。
シグルド様。……。あなたを失うくらいなら、わたくしはこの全次元の株価を暴落させてでも、あなたを「買い戻して」差し上げますわよ!
次元執行官の攻撃を、法的手段で封じ込めるという離れ業!
エルゼ様の「ロジカル・防衛」は、もはや神の法廷ですら無力化してしまいましたわ。
しかし、その代償として、最強の盾であったシグルド様のエネルギーが限界を超えてしまいました。
黄金の鎧が色あせ、消えかけていくシグルド様。
エルゼ様にとって、計算を超えた唯一の「不確定要素」であり「最愛の資産」である彼を、消させたりするものですか!
次回、第34話。
「次元M&Aの罠。……敵対的買収には、毒薬条項で対抗します」。
シグルド様の消滅を阻止するため、エルゼ様が全次元を巻き込んだ禁断の「資産統合」を敢行いたしますわ。
エルゼ様の「決死の買収劇」を見届けてくださる投資家の皆様、ぜひ【ブックマーク】と【評価】をお願いいたしますわ。
皆様の投資(評価)が、シグルド様の「魂の再起動」に必要な、唯一の次元エネルギーになるのですから!




