第19話:「運命」という名の不当景品。……ヒロインの座は、入札制になさって?
「――サトミ様。背筋を三度起こしなさい。あなたは今、一分間に数千万単位の経済価値を創出する『最高級のブランド』ですのよ」
翌朝、東京都内。
登校風景という名の非効率な大移動の中に、場違いな黒塗りの最高級リムジンが滑り込みました。
車内では、私がサトミ様の制服の襟元をミリ単位で調整しています。昨日までの「ボサボサの髪と死んだ魚のような瞳」は、わたくしの資産投入によって、夜空を映す黒真珠のような輝きへと再定義されました。
「……あ、あの、エルゼ様……。私、こんな格好で学校に行ったら、浮いちゃいます……」
「あら。……『浮く』のではなく『超越』するのですわ。周囲の平均値に合わせるなど、わたくしの辞書には存在しない損失ですの。……シグルド様、ドアの解錠をお願いしてよろしくて?」
「……。ああ。……エルゼ、この学校という施設、俺の目には脆弱な檻にしか見えないが……。サトミに危害を加える奴がいれば、校舎ごと焼いていいか?」
「……。控えなさい。更地にするコストは、わたくしたちが負担することになりますわよ」
シグルド様が不敵な笑みを浮かべてドアを開けると、登校中の生徒たちの動きが、一斉に、物理的に停止しました。
無理もありません。
映画の撮影か、あるいは国家元首の来日かと見紛うばかりの威圧感を放つ銀髪の美丈夫が、恭しく車から一人の少女をエスコートしたのですから。
車から降り立ったサトミ様は、もはや「地味な幼馴染」ではありません。
わたくしの指示で編み込まれたヘアスタイル、リィンが魔法で微調整した質感の異なる制服、そして何より、エルゼ・フォン・アシュバッハが直接叩き込んだ「誇り」を纏った立ち姿。
「……。え、あれ、佐々木……? 嘘だろ、あんなに可愛かったか!?」
「……。モデルだろ、絶対。……。隣の男、ヤバすぎ……」
周囲のざわめき――わたくしの耳には、彼女の「市場価値」が分単位で跳ね上がる音が聞こえてきます。
その時。
校門の近くで、昨夜逃げ出したケンジが、顔を青くして立ち尽くしているのを見つけました。
彼の隣には――。
昨夜、彼が「運命」を感じたと言い放った少女、転校生の「陽菜」がいます。
「……。あ、健一くん、あの人……」
陽菜様がサトミ様を指差した瞬間、わたくしの視界に走る赤い警告ログ。
――$[Warning: Illegal Subsidy Detected. Character 'Hina' - Luck Bonus +300%]$
「……。ふふ。……面白いですわね」
わたくしはリムジンから優雅に降り立ち、彼女の姿を精査しました。
一見、可憐で守ってあげたくなるような美少女。ですが、その周囲の空間には、不自然なほどに「ご都合主義」の魔力が渦巻いています。
出会い頭にぶつかる、ハンカチを落とす、絶妙なタイミングで涙を流す。
それらすべてが、世界の管理者によって低コストで発動する「無料ギフト」のようなもの。
「……。シグルド様。あちらの陽菜様という存在……。わたくしの計算では、完全に『独占禁止法違反』ですわ」
「……。ほう。……。俺には、あいつの背後に、不気味な『糸』が見えるぞ。……人形か、あるいは寄生虫か……」
陽菜様が、サトミ様を睨み……いえ、正確には「自分のプロットを邪魔する不純物」を見るような、底寒い微笑みを浮かべました。
「……。サトミさん? わあ、すっごく綺麗! ……。でも、無理しすぎじゃない? 似合ってないっていうか、なんだか『無理してる』感じがして、私、心配になっちゃうな」
あざとい先制攻撃。
周囲の男子生徒たちの「認識」が、陽菜様のその一言で「無理してる」側へ誘導されようとするのが、数値として見えました。
ですが、わたくしがそれを許すとでも?
「……。あら、陽菜様。……心配、ですって? ……。わたくしに言わせれば、あなたのその『過剰な演出』の方が、よほど持続可能性に欠けておりますわ」
わたくしはサトミ様の背後に立ち、優雅に扇子を広げました。
「あなたの『可愛さ』という資産、その八割が『世界の加護』という名の、返済不要な補助金によって成り立っていますわね。……。もしその支援が打ち切られた時、あなたに残るのは……一単位の価値もない、空っぽの虚飾だけ。……。対してサトミ様は、自らの『決意』という、わたくしが保証する最強の自己資本によってここに立っておりますの」
「え……? だ、誰……?」
「わたくしは、彼女の『最高執行責任者』ですわ。……。サトミ様、行きましょう。……。低レベルな『設定』に頼る者たちに、本物の『格』というものを見せつけて差し上げますわよ」
サトミ様は、力強く頷き、陽菜様の横を真っ直ぐに通り過ぎました。
陽菜様の顔が、一瞬だけ般若のように歪むのを、わたくしは見逃しませんでした。
準備は、すべて整いましたわ。
ラブコメの神様。……。あなたが贔屓する「転校生」という特権階級。
わたくしのロジックで、一ミリの慈悲もなく「破産」に追い込んで差し上げますわよ。
「ヒロイン特権」という名の不公正な取引。
陽菜様の背後に見える「システムの介入」を、エルゼ様は一瞬で看破いたしました。
サトミ様の「自分を変える」という意志と、エルゼ様の「資本」の力。これが、世界のシナリオをどこまで書き換えられるのか、いよいよ本番ですわ。
シグルド様も、この世界の「不自然な糸」に気づき、デバッガーとしてのやる気を高めているご様子……。
次回、第20話。
「監査執行:放課後の屋上。……告白のランニングコストを計算なさい」。
放課後、強制的に発生しようとする「告白イベント」。それをエルゼ様が規約違反で強制終了しに行きます!
サトミ様の反撃を応援してくださる投資家の皆様、ぜひ【ブックマーク】と【評価】をお願いいたしますわ。
皆様のアクションが、サトミ様の「自己資本比率」をさらに高め、陽菜様のチートを無効化するのですから!




