第17話:コンビニの資産価値。……シグルド様、その鉄の箱(自販機)に火を吐かないで
「――着きましたわね。一単位の誤差もなく、ここは『別の物語』の座標ですわ」
次元の裂け目を踏み越えた瞬間、私の鼻腔を突いたのは、北方領の清々しい冷気でも帝都の煤煙でもなく、妙に人工的な、焼けたアスファルトと排気ガスの匂いでした。
視界が開けた先にあるのは、天を突くような鋼鉄とガラスの塔……いえ、ビル。
そして、色とりどりの金属の塊が、轟音を立ててアスファルトの上を高速で這い回っています。
「……ッ、何だこの不快な咆哮は! エルゼ、下がっていろ。今、この鉄の獣どもを細切れにしてやる!」
シグルド様が黄金の剣を抜き放ち、向かってくる赤いスポーツカーに向かって踏み込もうとしました。
「お待ちになって、シグルド様! それは魔物ではなく、ただの『非効率な移動手段(自家用車)』ですわ。それを破壊すれば、この世界の道路交通法という名の規約に抵触し、わたくしの監査計画に多大な遅延が発生いたします!」
「……。チッ、獣ではないのか。……。だが、あっちの鉄の箱はどうだ? 光を放ち、我を威嚇しているぞ」
シグルド様が次に剣を向けたのは、路傍に佇む「自動販売機」でした。
暗闇の中で煌々と輝くその筐体は、確かに異世界の住人からすれば不気味な魔導具に見えるかもしれませんわね。
「……ふむ。……これは『無人自動小売り端末』ですわね。シグルド様、火を吐くのはおやめなさい。……それよりも、ご覧なさい。……百六十円。原価三十円程度の液体を、この利回りで売却し続けるとは。……この世界の小売り、なかなかにエグい利益率を叩き出していますわね」
私は計算尺を弾き、自販機の電力消費量と期待収益を瞬時に算出しました。
「リィン。……現在位置の特定は?」
「完了いたしました、エルゼ様。日本、東京都。……ジャンルは『学園ラブコメ』。……そして、わたくし共が介入すべき『不採算プロット』の発生源は、あちらの公園ですわ」
リィンが指差した先。
街灯の下で、一人の少女が膝をついて泣きじゃくっていました。
「……ごめん、サトミ。やっぱり俺、転校してきたばかりのあの子が放っておけないんだ。『運命』を感じたんだよ。……お前は、俺がいなくても一人で大丈夫だろ?」
少年の、無責任極まりない声。
――$[Error: Logical Consistency 12%]$
私の脳内に、激しい赤い警告灯が点滅しました。
十年間の献身を「一人で大丈夫」の一言で切り捨てる。……この少年の脳内キャッシュ、一体どれほどゴミ(感情論)が溜まればこれほど非論理的な結論を出せるのかしら。
「……シグルド様。準備はよろしくて? ……わたくし、ああいう『在庫整理のできない無能な経営者(男)』、一秒だって見ていられませんの」
「ああ。……不条理な別れは、見ていて虫唾が走る。……エルゼ、合図をくれ。あいつの『運命』とやらを、物理的にデリートしてやる」
私はヒールの音を響かせ、泣き崩れる少女……サトミ様の元へと歩み寄りました。
「――お待ちになって。少年、あなたのその『運命』の時価、わたくしが今すぐ査定して差し上げますわ」
突如として現れた、中世貴族のようなドレス姿の私と、銀髪の美丈夫。
少年が、鳩が豆鉄砲を食ったような顔でこちらを見ました。
「え……だ、誰……!? コスプレ……? っていうか、何なんだよ急に!」
「わたくしはエルゼ・フォン・アシュバッハ。多元宇宙監査機関MAAのCEOですわ。……さて、少年。あなたが今口にした『運命』。……その実体は、単なる『新規性のバイアス』による一時的な脳内麻薬の分泌に過ぎません。……それに対し、こちらのサトミ様があなたに費やした十年間。……その累積投資額を、時給換算と機会損失の観点から計算したことがありますの?」
「は……? け、計算……?」
「サトミ様。……泣いている暇はございませんわ。……あなた、この無能な投資対象(男)に、これ以上『損切り』を躊躇う理由、何かありますこと?」
私は、震える少女の手を取り、彼女の瞳を真っ直ぐに見つめました。
準備は、すべて整いましたわ。
ラブコメ世界の「お約束」という名の不条理。
わたくしの監査、一単位の逃げ場もなく覚悟してくださる?
「運命」を語る少年に、冷徹な「損益計算書」を突きつける……。
第2部、初手からエルゼ様のロジックが現代文明の軟弱な恋愛観を切り裂きましたわ!
シグルド様も、現代の「鉄の箱」たちに戸惑いつつも、エルゼ様の横で不敵な笑みを浮かべております。
さて、次回。
「当て馬ヒロインの再建計画。……失恋の損害賠償、十億円になりますわ」。
エルゼ様、まずはサトミ様を「最高の資産」へと作り変えるプロデュースを開始いたします!
再開を待っていてくださった皆様、ぜひ【ブックマーク】と【評価】で、エルゼ様の次元監査船にガソリン(投資)を注入してくださる?
皆様の期待こそが、わたくしの更新頻度を最適化させる唯一の燃料なのですから!




