第14話:監査執行:帝都銀行。……金利を「祈り」で決めるのはおやめなさい
「――不快ですわね。この建物の空気、一立方メートルあたり三万単位の『強欲』と『隠蔽』が充満していますわ」
帝都中央銀行、地下大金庫へと続く大階段。
私はハンカチで鼻を抑え、シグルド様を連れて踏み込みました。
本来ならば、重厚な石造りの壁が権威を感じさせるはずの場所ですが、今の私の瞳には、壁の裏に隠された「帳簿の改ざん」や「不透明な資金移動」のログが、赤いノイズとなって透けて見えています。
「……エルゼ。ここの奴ら、俺が睨んだだけで腰を抜かして『あの金は俺がやったんじゃない!』と自白し始めたぞ。……これ、監査の必要があるのか?」
「シグルド様。……自白は単なる『定性的な情報』に過ぎません。わたくしが必要なのは、一単位の狂いもない『定量的な証拠』ですの。……リィン、中央演算魔導具を接続なさい」
リィンが銀色のケーブルを銀行のメインサーバーへ叩き込みました。
瞬時に、数十年分の取引記録が私の脳内に流れ込んできます。
「な、何だ貴様たちは! ここは帝国神聖銀行だぞ! たとえ令嬢だろうと、立ち入ることは――」
奥から現れた、丸々と太った重役たちが叫びました。
私は彼らの言葉を遮るように、空中に巨大な『監査報告書(中間報告)』を投影しました。
「……重役の皆様、ごきげんよう。……現在、この銀行の不良債権比率は六十八パーセント。……皇太子エドワード様への無担保融資が資産の半分を占め、預金者の預金は既に『マリアンヌ様のドレス代』として、隣国の宝石商へ流出済み。……これ、銀行ではなくただの『泥棒の貯金箱』ですわね?」
「な……ななな、何を根拠に……!」
「根拠? ……わたくしが、この銀行の全株式を買い取った際の『システムログ』ですわ。……さて、皆様。……本日を以て、皆様全員を『懲戒解雇』。……および、これまでの横領額を全額返済(一括償還)していただきます。……お支払いが無理な場合は、そうですね。……北方の採石場で、死ぬまで『労働による付加価値』を創出していただきますわ」
私が扇子をパチンと閉じると同時に、シグルド様が黄金の瞳を爛々と輝かせ、重圧を放ちました。
「……。逃げようとするなよ。……俺の計算では、お前たちの命を売っても、欠損金の百分の一にもならないんだ。……少しでも価値を上げるために、必死に働くんだな」
シグルド様の一言で、重役たちは言葉を失い、その場に膝をつきました。
騎士たちが彼らを「資産回収対象」として引きずり出していくのを、私は冷淡に見守ります。
「……ふふ。……これで、帝都の通貨供給量の蛇口は、完全にわたくしの指先に繋がりましたわ。……リィン、新しい金利を設定なさい。……『祈り』や『月齢』で金利が決まるような、そんな非科学的な慣習は、今日この瞬間を以て廃止ですわ」
「承知いたしました、エルゼ様。……市場は、あなたの『数字』を待っております」
銀行のシステムが、私の魔力によって青く上書きされていく。
混沌としていた市場に、初めて「論理的な秩序」がもたらされる瞬間。
ですが。
銀行の中央モニターに、前話で見たあの「ノイズ」が再び混じりました。
――[Observing Entity: Product Value Adjustment in Progress.]
「……またですわね。……『商品価値』。……わたくしたちのこの世界を、誰が何の権利で値踏みしているのかしら」
シグルド様が私の隣に立ち、モニターを鋭く睨みつけました。
彼はまだ少し眠たそうですが、その瞳には「自分たちを管理しようとする存在」への明確な敵意が宿っています。
「……エルゼ。……奴ら、俺たちの戦いを『見物』しているつもりらしい。……不愉快だ。……いつか、あのモニターの向こう側ごと、俺が切り裂いてやる」
「……。ふふ。……期待しておりますわ、旦那様。……ですが、その前に」
私の元へ、リィンが一通の招待状を持ってきました。
送り主は、クラウディア・フォン・メロウ。
「……隣国の『鏡』が、会談の場所を指定してきましたわ。……帝都とメロウの国境にある『虚無の渓谷』。……世界の理が最も薄く、バグが多発する危険地帯ですわね」
準備は、すべて整いましたわ。
クラウディア様。……あなたがわたくしを「査定」しようというのなら、わたくしはあなたと、あなたの背後にいる『観測者』ごと、根こそぎ買い叩かせていただきますわよ。
帝都の銀行を「監査」という名の武力で制圧したエルゼ様。
ついに一国の経済を完全に掌中に収めましたが、世界の裏側に潜む「観測者」の視線は、ますます露骨になってきました。
「商品価値」とは一体なんなのか?
そして、指定された会談の場所「虚無の渓谷」で待ち受ける、クラウディアの真の狙いとは……。
次回、第15話。
「女王の即位、あるいは再建」。
経済会議という名の、全次元を巻き込んだ「巨大なM&A」が幕を開けます。
エルゼ様、ついに「世界を経営する」本物の女王として、その実力を見せつけますわよ!
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皆様のその「投資(評価)」が、エルゼ様の監査能力を限界突破させますのよ!




