第13話:龍の欠伸と世界のバグ。……その「異変」、わたくしの監査範囲外ですわよ
「……あ。……シグルド様。今、空が剥がれましたわよね?」
帝都再建の指揮を執っていた私の手が、不自然に空中で止まりました。
視界の端、修復中の城壁の向こう側。蒼穹の一部がまるで古い羊皮紙が破れるように、一瞬だけ「無機質なグレーの格子模様」を覗かせたのです。
――$[Error: Local Rendering Failure]$
私の瞳に、かつてないほど巨大な赤い文字列が焼き付きます。
「……ふぁ。……ああ、エルゼ。……少し、眠気が酷いな。……この世界が、やけに『薄く』感じる……」
私の背後で、最強の龍王シグルド様が大きく欠伸をしました。
その瞬間、彼の黄金の瞳が微かに揺らぎ、その輪郭がノイズのようにブレるのを私は見逃しませんでした。
「シグルド様!? ……一単位の油断も許されない再建の最中に、何を……」
「……違うんだ、エルゼ。……我の意志ではない。……ただ、我という存在を維持するための『演算コスト』が……急激に跳ね上がっているような感覚だ」
シグルド様がふらりとよろけ、私の肩に重い頭を預けました。
彼の肌から伝わる熱が、異常に高い。
――$[Warning: Subject 'Sigurd' - High Resource Consumption Detected]$
「……リィン。直ちに広場を封鎖なさい。……これは、ただの天変地異ではありませんわ」
私が叫ぶのと同時に、周囲の民衆から悲鳴が上がりました。
噴水から噴き上がる水が、重力を無視して立方体の形に固まり、修復していたはずの石材が、文字通り「虚空に溶けて」消えていく。
神の奇跡? いいえ。これは、わたくしの知る限り、最も悪質な「管理不備」ですわ。
「……龍の旦那様。……寝ている暇なんてございませんわよ。……わたくしたちの『私有地』に、規約違反のバグが発生しておりますわ」
私はシグルド様の頬を軽く叩き、無理やり演算回路を叩き起こさせました。
彼は焦点の合わない瞳で周囲を見渡し、牙を剥き出しにして低く唸ります。
「……。エルゼ。……この感覚、知っているぞ。……我を封印していた『檻』と同じ匂いだ。……誰かが、この世界の『記述』を無理やり書き換えようとしている……」
「……。隣国のクラウディア様の仕業でしょうか? いいえ、彼女にこれほどの権限は無いはず」
私は銀の計算尺を最大限に引き抜き、空中に巨大な「監査コンソール」を展開しました。
帝都の空一面に、無数の数字とコードが流れ出します。
民衆はそれを「光り輝く神の啓示」だと拝み始めましたが、わたくしに言わせれば、これはただの世界の『ソースコード』の垂れ流しですわ。
「……ふふ。……面白いですわね。……この世界の『物理法則』という名の規約、あまりに脆弱(脆弱性)が多すぎますわ。……シグルド様、その右手の先にある『歪んだ空間』を、物理的にデバッグしてくださる?」
「……。御意だ、我が女王。……これくらいのゴミ、一瞬で掃除してやる」
シグルド様が黄金の剣を抜き、空中に現れた「グレーの立方体」を一刀両断しました。
凄まじい衝撃波。
ですが、切られた空間は修復されるどころか、さらに黒い穴を広げ――そこから、無機質な合成音声が響き渡りました。
『――不適切なオブジェクトを検知。……キャラクター:シグルド。……予定外の行動により、世界の総容量を圧迫しています。……直ちに、初期化を開始します』
「……初期化、ですって?」
わたくしの眉が、不快感で跳ね上がりました。
わたくしが多額の投資をし、リソースを投入して再建しているこの帝国を、勝手に「初期化」する……?
「……ふざけないで。……わたくしの許可なく、わたくしの資産を消去しようなんて。……どこの『システム管理者(神)』か存じませんけれど、重大な規約違反で訴えさせていただきますわよ?」
わたくしの瞳に映るノイズが、ついに「可読可能な文字」へと収束しました。
――$[System Override Initiated by Elze von Aschbach]$
わたくしは計算尺を地面に突き立て、世界のコードを直接「書き換え(パッチ)」始めました。
消えゆく石材に固着魔法を、乱れる重力に定数化の命令を。
シグルド様が、私の背後で驚愕に目を見開くのが分かります。
「……エルゼ。君……世界の『理』そのものを、強引に納得させているのか?」
「当然ですわ。……わたくし、納得のいかないコスト(損失)は、たとえ神が相手でも一単位だって認めませんもの」
数分後。
荒れ狂っていた空間の歪みは、わたくしの放った「強制統治コード」によって沈静化しました。
空の剥がれは塞がり、重力は正常に戻る。
ですが。
わたくしのコンソールに、最後の一行だけ、消えないメッセージが残りました。
『――観測者を確認。……エルゼ・フォン・アシュバッハ。……あなた、この物語の「商品価値」を理解していますの?』
「……。商品、価値?」
私はその言葉を、反芻するように呟きました。
準備は、すべて整いましたわ。
クラウディア様との経済会議の前に……。どうやら、この世界そのものを『運営』している不遜な者たちにも、監査のメスを入れる必要がありそうですわね。
世界の「裏側」が、ついにその不気味な姿を現しました。
エルゼ様の卓越した知能は、ついに世界の法則……「システム」そのものをバグとして認識し、デバッグを開始してしまったようです。
シグルド様が「眠気」を感じていた理由、それは彼という強大な存在が、世界の容量を食いつぶす「重いデータ」だったから……。
最強の夫婦は、ついに自分たちの物語を消費する「観測者」というメタ的な存在の気配を察知しました。
経済戦争の裏で、世界の根本を揺るがす巨大な伏線が動き出します。
次回、第14話。
「監査執行:帝都銀行」。
クラウディアとの直接対決の前に、エルゼ様は帝都の「金流」を完全に掌握し、絶対的な防壁を築きます!
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