第12話:救済の『利用規約』。……わたくしの「慈悲」は有料(サブスク)制ですわ
「――お黙りなさい。その『権利』を主張する汚れた口を、今すぐ閉じないと、吐瀉物と一緒にその命まで精算させていただきますわよ」
帝都中央広場。飢えと混乱で暴徒と化しかけていた民衆の前に、私は平然と降り立ちました。
瓦礫の山を即席の演台にし、シグルド様を背後に従えて。
先ほど追い払ったハンスの馬車が上げた砂塵が、まだ空に舞っています。
「ひ、ひどい……! エドワード殿下なら、僕たちにパンを分けてくれたはずだ! あんたは自分だけ贅沢して、僕たちを見殺しにするのか!」
痩せこけた男が、震える拳を突き上げました。
周囲からは同調するような、低く、湿った唸り声。
私は、手にした銀の計算尺をパチンと弾き、冷徹な視線で広場をスキャンしました。
「エドワード様、ですか。……ええ、あの方はパンを配ったでしょうね。ですが、そのパンの代金をどこから捻出し、誰の未来を削って用意したのか……あなた方は一単位も考えたことがなくて?」
「そんなの関係ない! 今、腹が減ってるんだ!」
「関係ありますわ。……あの方が無策に配ったパンのせいで、この国の小麦相場は狂い、農家は生産意欲を失い、結果として今の『大飢饉』が引き起こされたのですもの。……無計画な善意ほど、この世に害悪を撒き散らす不純物はございませんわ」
私は、リィンに用意させていた数百枚の羊皮紙を、魔力で空中に浮遊させました。
それは、食糧の配給券ではありません。
びっしりと細かい文字で埋め尽くされた、『アシュバッハ領・帝都特別区・生存保障利用規約』です。
「皆様。わたくし、無能な皇太子のように『タダで助ける』などという甘い嘘は吐きませんわ。……わたくしが提供するのは、一単位の狂いもない『救済のシステム』ですの」
「な……規約だと……?」
「左様ですわ。……この規約にサインなさい。そうすれば、本日より一日三食の栄養、清潔な寝床、および最低限の医療を保証いたします。……その代わり。あなた方はわたくしの『人的資源』として、帝都の復興作業に従事していただきますわ。……労働時間は一日八時間、残業代は一分単位で支給。……ただし、規約を破り、再び暴動を起こした瞬間に、救済は強制解約。……その後の餓死については、自己責任とさせていただきますわ」
広場が、水を打ったように静まり返りました。
「助けてくれる」のではなく、「契約を結ぶ」。
そのあまりに事務的で、けれど「確実に生き残れる」提示に、民衆の絶望が「打算」へと書き換えられていくのが分かりました。
「……エルゼ。君は、民の『心』すらも契約の鎖で繋ごうというのか」
シグルド様が、愉快そうに私の耳元で囁きました。
黄金の瞳が、私の非情な統治を心底楽しんでいます。
「あら、旦那様。……感謝や愛なんて、天候一つで変わる不確かな変動相場ですわ。……わたくしが欲しいのは、そんな不安定なものではなく、契約という名の『予測可能な未来』ですの」
「……はは。……やはり、君の隣は退屈しない。……おい、そこの男」
シグルド様が、先ほど私に食ってかかった男を指差しました。
彼が軽く魔圧を解放しただけで、男の背筋が凍りついたように直立不動になります。
「主がサインしろと言っているんだ。……書くか、それともこの場で俺に『精算』されるか。……好きな方を選べ。……君の命の価値を、俺が直接測ってやってもいいんだぞ?」
「書……書きます! 書かせてください!」
男が震える手で羊皮紙に署名したのを皮切りに、民衆が我先にと契約書に群がりました。
「女王への忠誠」ではなく、「生存のための契約」。
帝都の民は今、自分たちが「守られるべき民」から「エルゼの所有する労働力」へと変わったことを、その身で刻み込んだのです。
リィンが手際よく契約を処理し、騎士団が炊き出しを開始する。
カオスだった広場が、一瞬で「高効率な建設現場」へと再定義されていく。
私は、その光景を眺めながら、ようやく手元の冷えたコーヒーに口をつけました。
「……ふふ。これで帝都の『基本OS』の入れ替えは完了ですわ」
「だが、エルゼ。……外側のバグが、もう玄関先まで来ているぞ」
シグルド様が、南の空を睨み据えました。
そこから飛来したのは、一通の赤い魔導書簡。
封蝋には、メロウ合衆国の象徴たる「天秤と剣」の紋章。
クラウディア・フォン・メロウ。
隣国の『数字の化け物』からの、宣戦布告に近い返信ですわね。
私は書簡を開き、そこに記された一行のメッセージを目にしました。
『――エルゼ様。あなたの買収劇、実に興味深い。……ですが、この大陸の「利益」は、一人の女王が独占するには大きすぎますわ。……来週の「大陸経済会議」にて、あなたの首の価値、わたくしが直接査定させていただきます』
準備は、すべて整いましたわ。
クラウディア様。……「民の生存権」までを商品として扱うわたくしのポートフォリオ、あなたのその冷徹な審美眼で、どこまで耐えられるか見せていただきましょうか。
「生存保障はサブスク制」。
エルゼ様の放った『利用規約』が、帝都のカオスを一瞬で「秩序ある労働」へと作り変えました。
無能な皇太子の甘い嘘よりも、冷徹な女王の「厳しい真実(契約)」の方が、民にとっては救いになる……。これぞ、エルゼ様流の合理的な救済ですわね。
しかし、シグルド様が予感した通り、隣国のライバル・クラウディアが本格的に動き出しました。
「大陸経済会議」という名の、言葉のナイフが飛び交う戦場。
物理的な龍の力も、ここでは「資産価値」の一つとして計算されてしまうのでしょうか?
次回、第13話。
「龍の欠伸と世界のバグ」。
会議を前に、シグルド様がある「異変」を訴えます。……世界の「数値」が、さらに歪み始める予兆です!
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