第11話:隣国の「商務官」。……その「支援」、わたくしの計算では単なる略奪ですわ
「――お止まりなさい。その一歩先は、既に『アシュバッハ個人領』としての私有地利用規約が適用されておりますわよ」
帝都の正門前。崩れかけた城壁の修復作業を騎士たちに命じていた私は、優雅に扇子を広げ、不躾な来客を制しました。
現れたのは、隣国「メロウ合衆国」の国旗を掲げた豪華な馬車と、鼻持ちならない笑みを浮かべた男。
彼は「商務官」と名乗るハンスという男でしたが、その瞳の奥には、弱りきった帝国を安値で買い叩こうとする「火事場泥棒」の卑しさが透けて見えていました。
「おや、これはエルゼ様。……追放されたと聞き及んでおりましたが、まさか帝都の全権を握っておられるとは。ですが、私共メロウ合衆国は、先代の皇帝陛下と『緊急時における港湾利権の譲渡契約』を締結しております。……この混乱を収める『支援』として、帝都港を我が国が管理させていただきますよ」
ハンスが差し出した契約書。
それを見たシグルド様が、私の横で低く唸りました。黄金の瞳が殺気を帯び、周囲の空気がピリピリと震え始めます。
「……エルゼ。この男、叩き出してもいいか? 契約だの何だのと言っているが、要するに『死にかけの国から宝を奪いに来た』と言っているだけだろう」
「お待ちになって、シグルド様。物理的な排除は外交問題に発展し、わたくしの再建計画のコストを三割増大させますわ。……ここは、わたくしが『知的』に処理いたします」
私はハンスの持つ契約書を一瞥し、鼻で笑いました。
「商務官様。……その契約書、第十四条の『不可抗力条項』、読み落としていなくて? 『契約主体の経営破綻、または事実上の統治権喪失の場合、本契約は無効化され、全ての権利は債権者に帰属する』……。現在、帝国の全債権はわたくしが保有しております。つまり、その紙切れは、今この瞬間、わたくしの屋敷の暖炉を温める程度の価値しかございませんわ」
「な……っ!? 馬鹿な、あれは帝国公式の……!」
「公式、ですって? ……あら、あなた方の国では『倒産した会社が勝手に売った資産』が有効だとおっしゃるの? ……それよりも、商務官様。わたくしが気になるのは、あなた方の背後にいる『真の投資家』ですわ」
私の視界の端で、先ほどから激しく点滅している赤いノイズ。
――[Rival Entity Detected: Claudia von Mellow. Tactical Probability 87%.]
ハンスの顔色が、一瞬で青ざめました。
彼は、私が単なる「追放令嬢」ではなく、自分たちと同じ……いえ、それ以上の「数字の化け物」であることに、ようやく気づいたようです。
「……ク、クラウディア様の名前をどこで……!」
「どこで、も何も。……この杜撰で強引な買収プロット、彼女の『利益至上主義』そのものですもの。……リィン、彼にお土産を持たせて差し上げて。……わたくしが作成した、メロウ合衆国に対する『不当介入への抗議声明書』と、わたくしへの『正式な会談(M&A交渉)』の招待状ですわ」
リィンが、ハンスの胸元に冷徹な手つきで一通の封筒を叩き込みました。
ハンスは逃げるように馬車へ飛び乗り、砂塵を上げて去っていきました。
「……エルゼ。クラウディア、と言ったか。……あの男とは、格が違うのか?」
シグルド様が、私の肩を抱き寄せ、少しだけ心配そうに覗き込んできました。
龍の王としての直感が、新しい「嵐」の気配を感じ取っているのでしょう。
「ええ、旦那様。……彼女はわたくしの『鏡』のような存在。……情を捨て、数字だけで世界を動かそうとする、冷酷な合理主義者ですわ。……わたくし、彼女の『やり方』は嫌いではありませんけれど……。わたくしの私有地(帝国)を荒らされるのは、一単位の誤差も許容できませんの」
私は、帝都の空を見上げました。
再建は始まったばかり。
ですが、私の計算尺は、さらに巨大な「経済戦争」の火蓋が切られたことを告げていました。
準備は、すべて整いましたわ。
クラウディア様。……「利益」だけを見るあなたの目と、わたくしの「最適化」……。
どちらがより、この世界を美しく買い叩けるか、精算(決着)をつけようではありませんか。
「火事場泥棒」の隣国を、契約書の不備一枚で一蹴したエルゼ様。
しかし、その背後に潜む「クラウディア」という名の影が、彼女の完璧な再建計画に暗い影を落とし始めます。
数字で世界を支配しようとする、似た者同士の戦い。これこそが、エルゼ様にとって真の「好敵手」との出会いかもしれません。
シグルド様も、これまでの物理的な戦いとは違う、目に見えない「数字の刃」が飛び交う空気に、少しだけ興奮を覚えているご様子です。
次回、第12話。
「救済の『利用規約』」。
クラウディアからの返信、そして帝都の民を巡る「生存権」の争奪戦が始まります!
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