第9話:空っぽの金庫の正体。……それは「兵器」ではなく「負債」ですわ
「……シグルド様。もう、十分ですわ。わたくしの脳内のブドウ糖濃度は、既に適正値を三パーセント上回っております」
シグルド様の温かい腕の中から、私はようやく這い出しました。
頬に残る熱は、おそらく演算回路の残り火。……決して、至近距離で見つめられ続けたことによる赤面などではありませんわ。
私はリィンから手渡された計算尺を指で弾き、空中に投影された帝都の「魔力熱源マップ」を凝視しました。
「エドワード様……。本当に、一単位の想像力も持ち合わせていらっしゃらないのね」
マップの中央、帝都の深淵にある「開かずの間」から、禍々しい紫色の光が漏れ出しています。
それは、古代帝国が遺したとされる自律型魔導兵器『アイギス』。
一撃で都市を消滅させるという伝説の盾にして矛ですが……わたくしに言わせれば、それはただの「維持費を食いつぶす粗大ゴミ」ですわ。
「……エルゼ。あの光、かなりの出力だぞ。……俺が今から飛んで、物理的に粉砕してこようか?」
「いいえ、シグルド様。そんな高価な筋力、使うまでもありませんわ。……ご覧なさいな。エドワード様が、今まさに『地獄の蓋』を開ける瞬間を」
――同時刻。帝国宝物庫、最深部。
「ハハ……ハハハ! 見ろ、マリアンヌ! これだ、これさえあれば、あの生意気なエルゼも、裏切った騎士どもも、一瞬で灰にできる!」
エドワード様は、狂ったように笑いながら、巨大な機械人形の前に立っていました。
隣では、マリアンヌ様が「凄いですわ、エドワード様! これでまた贅沢な暮らしに戻れますわね!」と、宝石の飾られた扇子を振っています。
エドワード様が、震える手で『起動キー』をスロットに差し込みました。
ズズ……と、数百年眠っていた巨神が目覚めの音を立てます。
「さあ、目覚めよ『アイギス』! 我が敵、北方のエルゼを殲滅せよ!」
直後。
巨神の目が赤く発光し……放たれたのは、破壊の光線ではなく、無機質な合成音声でした。
『――認証完了。……累積未払い維持費、および魔力供給遅延損害金を確認。……現在価格に換算して、合計八百六十兆ゴールド。……直ちに決済を行ってください。支払いが完了するまで、全武装をロックし、強制徴収モードに移行します』
「……え?」
エドワード様の動きが止まりました。
マリアンヌ様の扇子が、パサリと床に落ちます。
『――支払能力の照会を開始。……帝国中央銀行、残高ゼロ。……皇室私有財産、差し押さえ済み。……代替エネルギーとして、周囲の魔力、および帝都の全電力を強制徴収します』
「な……な、なんだ!? 身体が……魔力が、吸い取られる……!?」
――再び、北方の執務室。
「……ふふ。当然ですわ」
私は、冷えたコーヒーを優雅に口に含みました。
シグルド様が、呆れたように私の背後から画面を覗き込んでいます。
「……エルゼ。貴様、あの兵器の『支払い設定』を書き換えておいたのか?」
「書き換えるなんて手間、かけておりませんわ。……わたくし、三年前の定期監査の際、あの兵器の保守契約が『従量課金制』であることを発見しましたの。……ですから、わたくしの管理権限で、契約主体を『帝国皇室』へと一方的に変更しておきましたわ」
帝国に金がないのは、彼らが浪費したからだけではありません。
わたくしが、この兵器の『莫大な待機電力費』を、こっそりと帝国の経常収支に組み込んでおいたからです。
「エドワード様は、最終兵器を手に取ったつもりでしょうけれど……。彼が握ったのは、五百年分の利息がついた『時限爆弾付きの請求書』ですのよ」
「……。君という女は、本当に容赦がないな。……だが、あの機械、このままだと帝都の人間から魔力を絞り尽くして死なせるぞ。それは『効率』に反するんじゃないか?」
「あら、旦那様。……ですから、わたくしが『救済(買収)』の手を差し伸べるのですわ。……そろそろ、エドワード様よりも先に、あの『寄生虫』から悲鳴が届く頃ですわね」
私のデスクにある通信魔導具が、激しく明滅し始めました。
準備は、すべて整いましたわ。
エドワード様。……兵器が欲しければ、まずはその『代金』を払ってからおっしゃって。
お支払いが無理なら……。その兵器ごと、あなたの命の『運営権』、わたくしが買い叩かせていただきますわよ。
「最終兵器」の正体は、五百年分の利息がついた「超高額サブスク」でした。
エルゼ様の監査は、もはや過去の遺産すらも「負債」に変えてしまうようです。
エドワード様が必死に起動した巨神が、まさかの「集金モード」に……。これぞ、エルゼ様流のロジカル・ざまぁの真骨頂ですわね。
一方、シグルド様はエルゼ様の「容赦のなさ」に引きつつも、その徹底した管理能力に、もはや神々しいまでの信頼を寄せています。
次回、第10話。
「正義という名の非効率」。
魔力を吸われ絶望する帝都に、エルゼ様が「人道支援」という名の、最も高くつく『貸し』を作りに行きます!
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