第4話:マリアンヌ様、その氷代……誰が払うと思っていらして?
「……溶けているわ! わたくしの最高級マンゴーを冷やす氷が、たった一時間で水に還るなんて、どういうことですの!」
帝都の豪奢な邸宅に、マリアンヌ様の甲高い金切り声が響き渡りました。
かつては「聖女のような優しさ」と称賛された彼女の瞳は今、盆に載せられたぬるい果実を睨み、不機嫌そうに歪んでいます。
「も、申し訳ございません! これまでの仕入れ先である『帝都氷商会』が、突如として魔石の供給不足を理由に、配送コストを三倍に引き上げまして……」
膝をつく執事の言葉に、隣でワインを嗜んでいた皇太子エドワード様が眉を潜めました。
「氷商会だと? 彼らには皇室御用達の特権を与えているはずだ。不敬な真似をすれば、即座に営業停止処分を下すと言っておけ」
エドワード様は、グラスの中の氷が「パキッ」と不気味な音を立てて割れるのを見つめました。
彼はまだ気づいていません。彼らが当然のように享受している「氷」という贅沢品が、既に足元から崩れ始めていることに。
――同時刻。北方の封印地、氷の洞窟内。
「……ふふ。帝都の『氷商会』、慌てふためいているようですわね。リィン、最新の市場価格を投影してくださる?」
「はい、エルゼ様。わたくし共が『北方ブランド』として極秘裏に流した高品質な天然氷のせいで、帝都の魔石氷のシェアは一晩で四割低下いたしました。現在、暴落を恐れた商たちが、魔石を投げ売りし始めております」
洞窟の壁面に投影されたグラフは、見事なまでの「右肩下がり」を描いていました。
私は、手にした最高級のコーヒーを一口含み、満足そうに目を細めます。
「当然ですわ。彼らが使っている『魔石による冷却』は、維持コストが膨大な上に、冷却効率が極めて悪い。……わたくしたちがシグルド様の余剰魔力で『圧縮冷却』した天然氷は、融点が三度低く、持続時間は二倍。それでいて価格は十分の一。……まともな知性があれば、どちらを選ぶか、計算するまでもありませんわね」
私の隣で、腕を組んでモニターを見つめていたシグルド様が、ふんと鼻を鳴らしました。
彼は、かつて世界を焼き尽くそうとしていた最強の龍。それが今や、私の横で「市場の動き」を観察しているのです。
「……エルゼ。貴様の言う『経済の毒』とやらは、毒蛇よりも静かに回るのだな。……かつての我なら、帝都を丸ごと氷に閉じ込めていたが、こうして数字が死に絶えていくのを見るのも……悪くない趣だ」
「あら、旦那様。……物理的に氷に閉じ込めれば、労働力が失われてしまいますわ。……大切なのは、彼らを『贅沢』という檻に閉じ込めたまま、その鍵(財布)をわたくしが握ることですの」
私は、シグルド様が面白そうに目を細めるのを見て、新たな「請求書」を作成しました。
マリアンヌ様やエドワード様は、まだ「エルゼがいないから、少しだけ流通が乱れている」程度にしか思っていないでしょう。
ですが、わたくしが抜いたのは単なる「予算」ではありません。
この国を支えていた、あらゆる『信用の根拠』です。
「リィン。……次のステップへ移りますわ。……氷が安くなったところで、次は『生鮮食料』の流通を完全にわたくし共の独占ルートにマージ(統合)なさい。……帝都の皆様には、わたくしへの感謝と共に、高額な『システム利用料』を支払っていただきますわよ」
「……はは。……エルゼ、貴様は本当に……可愛げがない」
シグルド様が私の肩に手を置き、低く笑いました。
黄金の瞳が、獲物を狙う龍のように輝いています。
その頃、帝都では。
エドワード様が、マリアンヌ様を宥めるために、ある宣言をしていました。
「心配ないよ、マリアンヌ。氷が足りないなら、国庫の予備費を使って、隣国から魔石を大量に輸入すればいいだけだ。……エルゼがいなくなり、小難しい理屈を言う者がいなくなって、むしろせいせいしているよ」
……あら、エドワード様。
その予備費、わたくしが『債務の担保』として既に差し押さえ(ロック)していることに、まだお気づきになりませんの?
準備は、すべて整いましたわ。
来週の支払期限が来た時、あなたの国庫から響くのは、金貨の音ではなく、絶望の悲鳴ですわよ。
「足りないなら輸入すればいい」――エドワード様のあまりに短絡的な思考。
これこそが、エルゼ様の「ロジック」が最も好む獲物です。
国庫が既にエルゼ様の支配下にあるとも知らず、彼は自ら破滅への特等席へ歩んでいきました。
一方、シグルド様はエルゼ様の「知略」にますます惚れ込んでいるご様子。
龍の力と令嬢の知恵。この二つが合わさった時、世界はかつてない「効率的な地獄」を味わうことになりますわ。
次回、第5話。
「エドワード様、その契約書……よく読みまして?」。
帝国を支える主要銀行の「買収(M&A)」が、エルゼ様の手によって始まります。
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