第3話:龍の旦那様、その火力でコーヒーを淹れるのは非効率ですわ
「……止めなさいな。その熱量、一単位も無駄にさせませんわよ」
私が鋭く声をかけると、シグルド様――かつて世界を焼き尽くすと恐れられた龍王様が、人差し指の先に灯した紅蓮の炎を「……あ?」という顔で消しました。
凍てつく洞窟の奥、私が持ち込ませた最高級の豆を挽こうとした彼は、純粋に首を傾げます。
「何が不服だ、主。ただのコーヒーだろう。私の火でさっと沸かせば三秒で済むぞ」
「三秒で豆が炭になりますわ。それに、シグルド様。あなたの魔力による発火は、周囲の酸素を急激に消費し、洞窟内の気圧を〇・一五ヘクトパスカル低下させます。わたくしの計算では、そのエネルギーがあれば帝都のパン屋一軒が一年間焼ける熱量になりますの。……コーヒー一杯に、そんな巨額のコストをかけるなんて、どこの放蕩息子ですの?」
「……。貴様、龍の息吹をコストで語るのか……」
シグルド様は呆れたように肩をすくめましたが、私は手際よくリィンに目配せをし、携帯用の魔導コンロを設置させました。これはシグルド様の魔力漏れ(リーク)を再利用して稼働する、わたくし特製の高効率モデルです。
「リィン、抽出温度は九十二度固定で。一ミリグラムの誤差も許しませんわよ」
「承知いたしました、エルゼ様」
氷の洞窟に、芳醇な香りが広がり始めます。
私は、リィンが整えたばかりの執務デスク――かつては氷の塊だったものを、シグルド様の魔力で完璧に平滑化したもの――に座り、帳簿を広げました。
「さて、シグルド様。……あなたが寝ている間に、この北方の封印地はわたくしの支配下に入りました。ですが、ここは不毛。資源は氷と、あなたの余った魔力だけ。……わたくしが最初に何を買い叩くか、分かって?」
「……。食糧か? あるいは、帝都を攻めるための兵器か?」
「いいえ。……『時間』と『鮮度』ですわ」
私は扇子をパチンと閉じ、洞窟の外に広がる広大な氷原を指差しました。
「帝都の貴族たちは、今この瞬間も、南方の島々から運ばれる『幻の果実』や『最高級の生鮮魚』を求めています。ですが、南方から帝都までは陸路で二週間。氷魔法の維持コストは跳ね上がり、届く頃には品質が三割低下している。……非効率極まりありませんわね」
私はシグルド様に、一枚の設計図を提示しました。
それは、この封印地の冷気とシグルド様の魔力を利用した、「超低温・大規模魔導冷蔵倉庫」の構想図。
「シグルド様。……あなたの魔圧で次元の隙間を少しだけ歪め、そこを『超高速・魔導物流路』として繋ぎます。北方の天然氷を冷媒にし、わたくしが開発した防腐魔法を付与すれば……帝都の市場は、一晩でわたくしの『鮮度管理』の下に置かれることになりますわ」
「……。つまり、私は世界最強の配送業者になれ、と言いたいのか?」
「いいえ。……世界の『胃袋の管理者』になっていただくのです。……エドワード様やマリアンヌ様が、わたくしが管理する『極上の魚』を口にして、『美味しいですわ!』と笑っている姿……想像してくださる? その一口ごとに、彼らの資産はわたくしの懐に流れ込み、彼らはわたくしの供給なしには生きていけなくなるのですわ」
シグルド様は、淹れたてのコーヒーを一口含み、ニヤリと不敵に笑いました。
その瞳に、かつて世界を滅ぼそうとした破壊神の輝きではなく、より狡猾で知的な、略奪者の光が灯ります。
「……面白い。……ただ殺すよりも、依存させてから首を絞める方が、遥かに残酷だ。……エルゼ、君は本当に可愛げがないな」
「最大級の褒め言葉として受け取っておきますわ。……さあ、旦那様。……まずは、帝都の冷蔵魔石の市場価格を暴落させるところから始めましょうか」
私は、帝都の「氷価格推移グラフ」を空中に投影しました。
右肩下がりの赤い線。それは、私を捨てた帝国が、経済という名の深淵に転がり落ちていく最初のステップ。
準備は、すべて整いましたわ。
エドワード様、マリアンヌ様。……あなたたちが今、贅沢に冷やしたワインを楽しめているのは、ひとえにわたくしが『まだ』許しているからですのよ?
「鮮度」で世界を支配する――。
エルゼ様の経済戦争は、剣を抜くよりも先に、帝都の「食卓」から侵食し始めました。
最強の龍をパートナーに据え、一単位の熱量すら無駄にしないエルゼ様の経営力。
シグルド様も、次第に「効率的な略奪」の楽しさに目覚めてきたようですわね。
しかし、帝都側も黙ってはいません。
エルゼ様が仕掛けた「氷の暴落」に対し、皇太子エドワードはどのような「愚策」で応じるのか……。
次回、第4話。
「マリアンヌ様、その氷代……誰が払うと思っていらして?」。
贅沢に慣れきった令嬢たちの阿鼻叫喚が始まります。
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