第2話:伝説の龍の旦那様、あなたの「冬眠」は資産の持ち腐れですわ
「……止まりなさい。これ以上進めば、馬の蹄が凍りついて資産価値が二割減少いたしますわ」
北方の封印地、吹き荒れる吹雪の境界線で、私は御者に命じました。
馬車を降りた瞬間、肺の奥まで凍りつくような冷気が襲いかかります。視界を遮る白銀の世界。そこに、不気味な青い光を放つ魔物たちの眼光が、いくつも浮かび上がりました。
「グルル……」
氷原の捕食者、フロスト・ウルフの群れです。
本来なら令嬢が悲鳴を上げて腰を抜かす場面でしょう。ですが、私は左手に持った銀の計算尺をパチンと弾き、無機質な視線で彼らを走査しました。
「群れの数、十二。個体ごとの推定魔力量、平均三百。……リィン、右から三番目の個体の眉間に、わたくしの魔力結晶を『投下』なさい。そこが群れのネットワークの共有ノード(中継点)ですわ」
「承知いたしました。……物理演算、完了です」
リィンが投げ放った小石ほどの結晶が、空気を切り裂いて命中した瞬間。
連鎖的な魔力の過負荷が発生し、十二頭の魔物は一声も上げずに霧散しました。戦いですらありません。単なる「不要なノイズの排除」です。
「……さて。外側の害虫駆除は終わりましたわね。次は、この洞窟の『主』にご挨拶に伺いましょうか」
私は吹雪の中を、一歩も怯まずに歩き出しました。
目指すのは、封印地の中心にある巨大な氷壁の洞窟。
そこに、かつて世界を焼き尽くし、あまりの強大さに神々ですら「封印」することしかできなかった最強の龍が眠っているといいます。
洞窟の奥へ進むほど、空気の重さが変わりました。
物理的な寒さではなく、魂を直接凍えさせるような「圧倒的な魔圧」。
暗闇の奥で、二つの巨大な黄金の太陽が、ゆっくりと見開かれました。
『――何者だ。我が眠りを妨げる、身の程知らずの羽虫め』
地響きのような声。それだけで洞窟が震え、リィンが微かに身構えました。
暗闇から現れたのは、白銀の鱗を持つ巨大な龍。
伝説の龍王、シグルド・フォン・ヴァレンシュタイン。
『死にたいか。それとも、絶望に喰らわれたいか。……どちらを選んでも、貴様の細い首を噛み砕くことに変わりはないがな』
龍の巨大な顎が、私の鼻先まで迫ります。
生臭い死の気配。普通の人間なら、ここで発狂するか心臓が止まっているはずです。
ですが、私はその巨大な黄金の瞳を真っ直ぐに見つめ、優雅に扇子を広げました。
「ごきげんよう、龍の旦那様。……結論から申し上げますわ。あなたの今の生活習慣、および封印の維持形態は、全宇宙的に見て『極めて非効率』ですわよ」
『……あ?』
シグルド様の動きが、ピタリと止まりました。
予想していた悲鳴ではなく、事務的な「指摘」が飛んできたことに、伝説の存在が困惑しています。
「わたくしの計算によれば、あなたが封印を維持するために消費している魔力は、一日あたり一億単位。それに対し、この極北の地で得られる自然魔力は、一千万単位にも満たない。……差し引き九千万の赤字。あなたの寿命(資産)は、ただ眠っているだけで削り取られている。……これ、どこの三流企業の経営状況かしら?」
『き、貴様……何を言っている……』
「わたくしはエルゼ・フォン・アシュバッハ。本日、この土地を帝国から『差し押さえ』いたしました、新しいオーナーですわ。……旦那様、あなたという最強のリソースを、ただ凍らせて放置しておくのは、わたくしの美学に反しますの」
『オーナーだと……? 我を、管理すると言うのか? 笑わせるな! 我を縛る鎖など、この世界には……』
「ございますわよ。……『退屈』と『飢え』という名の鎖が」
私は、鞄から一つの魔導スクロールを取り出しました。
それは、アシュバッハ家が秘匿していた「魔力圧縮・変換規約」の極秘契約書。
「わたくしがあなたの魔力供給を最適化し、封印という名の『非効率な重税』を解体して差し上げます。その代わり、あなたはわたくしの『執行責任者』として、わたくしの描く経営計画書に従っていただきますわ。……悪い話ではないはずですけれど?」
『……ふん。面白い。……人間に管理される龍など聞いたこともないが、貴様のその『可愛げのない瞳』、気に入った。……絶望よりも、貴様の計算に付き合う方が、少しは暇つぶしになりそうだ』
黄金の光が洞窟を満たしました。
巨大な龍の身体が収束し、現れたのは――。
銀色の長髪をなびかせた、氷のように冷たく、けれど燃えるような瞳を持つ、一人の屈強な青年。
「シグルドだ。……好きに呼ぶがいい、我が主。……で、最初の仕事は何だ? 帝都を焼き払いにでも行くか?」
「あら、旦那様。……暴力は最後の手段、最もコストのかかる選択ですわ。……まずは、この不毛な北方の地に『物流の拠点』を構築いたします。……あなたのその魔圧、とりあえずは『超高速・魔導タービン』の動力源として活用させていただきますわね」
「……は?」
伝説の龍王が、初めて呆然とした顔を見せました。
ですが、私の計算式には迷いなどありません。
「シグルド様。……世界を力で支配するのは二流ですわ。……わたくしたちは、世界を『仕組み』で買い叩くのです」
準備は、すべて整いましたわ。
まずはこの北の果てから、帝国の喉元を締め上げる「流通革命」を開始いたします。
伝説の龍王シグルドを、まさかの「発電用タービン」扱い!?
エルゼ様の合理主義の前では、最強の龍すらも効率的な「リソース」に過ぎないようです。
しかし、シグルド様もただの動力源で終わる男ではありません。
二人の奇妙な契約関係が、これから世界をどう「デバッグ」していくのか……。
次回、第3話。
「龍の旦那様、その火球でコーヒーを淹れるのは非効率ですわ」。
新居(洞窟)の改装と、帝都への「第一の経済制裁」が始まります。
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