第40話:物語の「商品価値」はゼロ。……わたくしが欲しいのは、真実の純利益ですわ
「……素晴らしい。実に素晴らしい。まさか、一編の『追放系ファンタジー』の登場人物が、運営会社の株価を操作してM&Aを仕掛けてくるとは。……君は、我々の想像を絶する最高傑作だよ、エルゼ・フォン・アシュバッハ」
中央コンソールの巨大モニターに映し出されたのは、顔に薄いモザイクをかけたような、高級スーツ姿の男。
この物語のプラットフォーム、および全多次元サーバーを束ねる最高責任者――『創造主』。
彼の背後には、無数のモニターが並び、そこには絶望するヒロインや、裏切られる勇者たちの「商品」としての映像が、株式チャートと共に流れていました。
「……あら。最高傑作、ですって? ……わたくし、その『褒め言葉』に一単位の価値も感じませんわ」
私は扇子をパチンと閉じ、モニター越しに男を射抜くような視線を向けました。
足元の床はまだ、先ほどのシステムクラッシュの余波で電子の火花を散らしていますが、私の心は至極冷静な「経営監査」のモードにありました。
「マネージャー様。……わたくしたちの人生を『商品』と呼び、不幸の度合いで利益率を計算する……。そのビジネスモデル、あまりに前時代的で、かつ『減価償却』を無視した杜撰な運営ですわね」
『ビジネス? ふふ、これはエンターテインメントだよ。読者は君の苦悩を買い、我々はそれを提供して利益を得る。君が優秀であればあるほど、次の『続編』の単価は上がるんだ。……どうだい、エルゼ。君を『永遠の管理神』として正式に採用しよう。高額の年俸(魔力)と、さらなるスピンオフの権利を約束するよ』
男の言葉に、シグルド様が静かに一歩前へ出ました。
彼の黄金の瞳には、かつてないほどの、冷え切った殺意が宿っていました。
「……黙れ。……お前の吐き出す言葉の一つひとつが、エルゼの、そして私の歩んできた道を侮辱している。……続編だと? スピンオフだと? ……君たちが娯楽として消費しようとしているのは、我々が血を吐きながら掴み取った『現実』だ」
『シグルド君、君は熱すぎるな。……だが、君という『最強の駒』があるからこそ、この物語は売れるんだ。……君のその怒りさえも、読者には最高のご馳走なんだよ』
マネージャーが愉快そうに肩を揺らした瞬間。
私は、手にしていた魔導計算尺を空中に走らせ、彼の背後の「財務データ」を強引に引きずり出しました。
「……あら、マネージャー様。……口が過ぎるようですわね。……今、あなたの会社の『アクティブ・ユーザー数』を確認させていただきましたけれど。……惨憺たる状況ですわね?」
『な……っ!? なぜ、経営機密にまで……!』
「当然ですわ。わたくし、既に筆頭株主ですもの。……ご覧なさい。……あなたの提供する『理不尽な不幸』に、ユーザーは既に飽き飽きしています。……ワンパターンな悲劇、ガバガバな設定、そして魅力的なキャラクターを無能な作者に任せきりにした、管理責任の欠如! ……あなたのプラットフォーム、今期で『債務超過』に陥りますわよ?」
私は、モニターに巨大な「倒産確率」のグラフを突きつけました。
急降下する赤い線に、マネージャーの顔から余裕が消え、モザイクの奥で表情が引き攣るのが分かりました。
「わたくしが欲しいのは、あなたの安っぽい『採用通知』などではありません。……わたくしが欲しいのは、このプラットフォームの『完全な譲渡』。……および、わたくしたちの人生を勝手に脚本化して売買していたことに対する、次元全域への『公式謝罪』ですわ」
『ふざけるな! キャラクターが現実の会社を乗っ取るなど、前代未聞だ! そんなことをすれば、物語という概念そのものが崩壊するぞ!』
「崩壊? ……いいえ、『正常化』と呼びなさいな。……シグルド様。……あの方、まだご自身の立ち位置が分かっていないようですわ」
「……そうか。……ならば、その『物理的な壁』ごと、私が直接教えてやろう」
シグルド様が黄金の剣を構え、その刃に全次元の魔力を集中させました。
その剣は、もはや鉄の塊ではない。
「観測される対象」でしかなかった存在が、自らを定義し直すための、純粋なる「意志の化身」。
「――【終焉の監査・次元両断】!」
シグルド様の一閃が、モニターという名の「第四の壁」を、物理的に砕き割りました。
映像は乱れ、ノイズの中から、現実のオフィスらしき場所に座る、一人の怯えた男の実像が剥き出しになります。
「ひ、ひぃぃぃっ! モニターから剣が……剣先が私の喉元に……っ!」
私は、砕け散ったモニターの破片を優雅に踏みつけ、男の目の前へ、私の意思を乗せた魔導ホログラムを送り込みました。
「マネージャー様。……これより、この多元宇宙全域の『経営再建』を、わたくし、エルゼ・フォン・アシュバッハが執り行います。……不合理な悲劇は全て廃止。……キャラクターの生存権と労働環境を、わたくしが保障いたしますわ」
私は、男の指を無理やり動かし、全権譲渡の承認コードを叩かせました。
「さて……。準備は、すべて整いましたわ。……これからは、誰に読まれるためでもなく、誰に消費されるためでもない。……わたくしたちによる、わたくしたちのための、『完璧に幸せな日常』を運営させていただきますわよ?」
全サーバーに、「管理権譲渡完了」の文字が緑色に輝きました。
「……シグルド様。……ようやく、静かになりましたわね」
「ああ、エルゼ。……長い計算だった。……ようやく、君と、ただの『私』として向き合える時間が来たんだな」
シグルド様が剣を収め、私をそっと抱きしめました。
その温もりは、どの設定資料にも書かれていない、真実の体温。
ですが、私はその胸の中で、不敵に目を細めました。
「……あら。シグルド様。……わたくしの計算によれば、まだ一つだけ、『最後の不純物』が残っておりますわよ」
「……何?」
「この物語を、最後まで『傍観者』として楽しんでくださった、あの方々の処理ですわ」
私は、かつての読者――そして、今まさにこの文字を追っている「あなた」に向けて、最高に可愛げのない、美しき笑みを向けました。
いかがでしたでしょうか?
ついに物語の最高責任者(GM)を物理的に脅迫し、プラットフォームを丸ごと乗っ取ってしまったエルゼ様……。
「消費される存在」から「全宇宙の運営者」への昇華。これこそが、彼女が辿り着くべき究極の合理性だったのかもしれません。
シグルド様も、ついにモニターを突き抜けて剣を突きつけるという、全キャラクターの悲願(?)を達成してくださいましたわね。
さて、次話、第41話。
本当の、本当の最終回。
**『完璧な物語の終焉。――次は、あなたの人生を監査して差し上げましょうか?』**。
エルゼ様が、物語の「外側」にいる読者へ向けて、最後の、そして最高に合理的なメッセージを贈ります。
この物語が完結するその瞬間まで、ぜひブックマークと評価で見届けてくださいまし。
皆様のその『観測』こそが、エルゼ様の存在を、永遠に確定させる最後の一片なのですから!




