第32話:物語の強制力 vs 鉄の論理。……その「ご都合主義」、法的に問題がありますわ
「……エルゼ。空の『ノイズ』が酷くなっている。……耳鳴りが止まない」
シグルド様が眉間に皺を寄せ、愛剣の柄を強く握りしめました。
天界の美しい蒼穹は今や、古い羊皮紙が焦げたような斑点に覆われ、そこから「文字」のような魔力の残滓が次々と降り注いでいます。
――『突如として、シグルドの心に疑念が芽生える。エルゼの冷酷さに、彼は恐怖を覚えるのだ』――
空から降ってきたその「記述」が、物理的な鎖となってシグルド様の身体に絡みつこうとしました。
「あら。……随分と手垢のついた、使い古された展開ですこと」
私はコンソールの前に立ち、流れるログを瞬時に解析しました。
指先を滑らせ、その「鎖」を構成する魔力コードを直接掴み取ります。
「シグルド様。……そのまま、心のままに叫んでくださる? あなたの愛は、どこの誰とも知れぬ者が書いた『三行のト書き』で揺らぐほど、お安いものですの?」
「ふん……。ふざけるな。……私の魂を、その汚い筆でなぞろうとするな!」
シグルド様の黄金の瞳が、怒りで爆ぜました。
彼は自分に絡みつく「設定の鎖」を、素手で引きちぎったのです。
パリン、と次元が割れるような音が響き、空から降り注いでいた文字が霧散しました。
『な……バカな!? シグルドの「忠誠値」は最大まで設定したはずなのに、なぜ強制イベントを弾き返すんだ!? 修正だ、すぐに修正を――!』
空の向こうで、あの「作者」を自称する男の、焦りに満ちた声が震えています。
「無駄ですわ、エイドス様。……わたくしが、あなたの『設定書』の原本、既にハッキングさせていただきましたもの」
私は空中に、巨大な羊皮紙のホログラムを映し出しました。
そこには、この世界の登場人物たちのステータスや、今後の不条理な不幸の予定表がビッシリと書き込まれています。
「……第120ページ、『エルゼ、謎の病に倒れる』。……第135ページ、『シグルド、かつての宿敵と相打ちになり消滅』。……あら、随分とセンスの欠片もない、投げやりな結末案ですわね」
私は、扇子の先でその記述を一つずつ、無慈悲に「赤ペン」で添削していきました。
「……病気の原因菌の魔力コード、特定完了。ワクチン・プログラムを全土に配布。……シグルド様の宿敵? ……ふふ、一分前に彼の資産をすべて差し押さえ、無一文の物乞いに書き換えておきましたわ。……これで、相打ちになる物理的な可能性はゼロですわね」
『き、貴様ぁ……! 勝手に物語を修正するな! 盛り上がりがなくなるだろうが!』
「盛り上がり、ですって? ……読者の娯楽のために、わたくしたちの人生を『波乱万丈』という名の泥沼に突き落とす権利が、あなたにあるとおっしゃるの?」
私は立ち上がり、空に向かって冷徹なまでの「監査宣言」を叩きつけました。
「エイドス様。……わたくし、あなたの『著作権』とやらを精査いたしましたが。……住民の同意なしに行われる『理不尽な不幸の押し付け』は、この統合王国の法律、および多元宇宙の倫理規定において、重大な『人権侵害』および『精神的損害賠償』の対象となりますわ」
「……その通りだ。……エルゼを病ませ、私を殺そうとした慰謝料。……貴様の命で支払ってもらおうか」
シグルド様が剣を空へ突き立てると、彼の放つ魔圧が「第四の壁」を激しく揺さぶり、向こう側にいる作者の悲鳴が聞こえてきました。
「さて……。作者様。……あなたのプロットは、もはやわたくしのロジックに追いつけません。……ですが、この世界の外側には、まだあなたに苦しめられている『別の被害者』がいるようですね?」
私の耳に届いたのは、次元の隙間から漏れ聞こえる、か細い泣き声。
それは、隣の「悲劇の聖女物語」のサーバーから、無理矢理にバッドエンドへ突き落とされようとしている、哀れな少女の悲鳴でした。
「リィン。……隣の次元への『強制連結』の準備をして。……シグルド様、新しい事業の時間ですわよ」
「ああ。……今度はどの世界の『結末』を買い叩きに行くんだい?」
「ふふ……。悲劇を量産する無能なライターを解雇し、すべてのヒロインをわたくしの王国の『優良な労働力』として雇用して差し上げますわ。……一単位の涙も、わたくしの世界では貴重なエネルギー資源ですもの」
私はコンソールの「侵攻」ボタンを叩きました。
天界中央管理塔が激しく輝き、隣の物語の壁を物理的にぶち抜くための「次元エレベーター」が稼働を始めます。
準備は、すべて整いましたわ。
作者様。……あなたの書く『悲劇』、わたくしの計算式ですべて『黒字』に書き換えて差し上げますわ。
次の物語、どちらの不純物を掃除しに参りましょうか?
第32話いかがでしたでしょうか。
「作者の介入」という、本来ならば抗えない運命を、エルゼ様が「契約不履行」や「法的瑕疵」として処理する……。この「メタ視点での知略」こそが、新章の面白さですわね。
シグルド様も、設定という名の鎖を引きちぎることで、もはや一国の騎士を越えた「物語をも超える守護者」へと進化いたしました。
ラストでエルゼ様が検知した「隣の次元の悲鳴」。
次話、第33話では、**『隣の世界のヒロイン(悲劇の聖女)を、ロジックで強奪しに行くエルゼ様』**の無双っぷりを描く予定です。
「死ぬ運命? その契約書、わたくしがシュレッダーにかけて差し上げますわ」という名台詞が聞こえてきそうですわね。




