第30話:新世界の真なる主。……あら、お祈りは不要ですわよ?
天界中央管理センター、最上層の展望デッキ。
そこからは、雲海の下に広がる大陸全土が、魔導回路の光によって網目状に結ばれた「一つの巨大な生命体」のように見えました。
もはや、国境も、身分差別も、不当な貧困も存在しません。
エルゼ・フォン・アシュバッハが再構築した「世界運営OS」が、すべてを最適に、公平に、そして冷徹に管理しているからです。
「……リィン。全システムの同期、完了いたしましたわね?」
「はい、エルゼ様。……地上のすべての民のデバイスに、本日付で『神格依存・脱却証明書』が発行されました。……もはや、空を見上げて奇跡を乞う者は、この地上に一人もおりません」
私は、純白の管理官ドレスを纏い、髪を一つに束ねて立ち上がりました。
今日は、新しい時代の「運用開始式典」。
私はメインモニターを通じて、世界中の人々に最後のメッセージを届けます。
『皆様、ごきげんよう。……本日、この世界から「神」という名の不確定要素は完全に消去されました』
大陸中の広場、家庭の魔導端末、そして空に浮かぶ巨大なホログラムに、私の姿が映し出されます。
『これからは、祈っても奇跡は起きません。……ですが、努力すれば必ず報われ、正論を唱えれば必ず聞き届けられる……そんな、当たり前で、そして何よりも美しい「予測可能な日常」を、わたくしが保障いたしますわ』
かつての私は、この知性を「可愛げがない」と疎まれました。
ですが、今はどうかしら?
私の「可愛げのない」正確さが、数百万の命を救い、数億の未来を安定させている。
『お祈りは不要ですわ。……わたくしは神ではありませんもの。……ただ、皆様の人生を「一単位の無駄もなく最適化する」、皆様の専属管理者だと思ってくださる?』
私の言葉が終わると同時に、世界中から湧き上がったのは、狂信的な祈りではなく、理性的な「賛同」の拍手でした。
人々は気づいたのです。
気まぐれな神に縋るよりも、この「完璧に可愛げのない女王」の計算に従う方が、ずっと温かく、ずっと豊かな明日を迎えられるということに。
「……素晴らしい演説だったよ、エルゼ」
放送を終えた私に、シグルド様が静かに歩み寄り、その手を取って引き寄せました。
彼は、かつて「氷の守護龍」と呼ばれた冷徹さを脱ぎ捨て、いまやこの完璧な世界の「執行官」として、私の隣で唯一無二の熱を放っています。
「これで、君が望んだ『知性が正しく報われる世界』の完成だね。……さて、これからは何を計算するつもりだい?」
「あら、シグルド様。……世界を整えるのは、あくまで土台作りに過ぎませんわ。……これからは、あなたと共に過ごす『永遠の時間』を、いかにして最高に面白く、そして贅沢に消費していくか……その長期計画の立案が必要ですの」
「ふふ、それは楽しみだ。……何万年かかる計算だろうと、私は君の隣を離れないよ」
シグルド様は、私の腰に手を回し、そのまま空の彼方――かつて神々がいた場所よりもずっと高い、星々の輝く宇宙へと視線を向けました。
「エルゼ。……君の知性なら、この惑星の外側にある真理すらも、いつか解き明かしてしまうんだろうな」
「あら。……シグルド様。わたくしの計算によれば、次なる『最適化』の対象は、既に星の海にまで広がっておりますわよ?」
私は彼の胸に頭を預け、パチンと扇子を閉じました。
地上では、かつての婚約者が泥の中で名前を忘れ、
天界では、かつての神々が電池となって世界を照らしている。
そんな「過去の残骸」の上に、わたくしたちの「永遠」が築かれました。
準備は、すべて整いましたわ。
「可愛げがない」と捨てられた令嬢。
彼女が書き換えた世界の果てには、もう、悲劇が入り込む余地など一ピクセルも残っていないのですから。
「さあ、シグルド様。……計算通りの、最高に幸福な未来へ参りましょう」
女王と龍の影が、新時代の夜明けに溶けていきました。
――知略の女王の管理録:【全システム・オールグリーン】。
物語は、ここから「永遠の安定」という名のピリオドへ。
ここまでお読みいただきありがとうございました。
これで本作は完結となります。
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また、他の作品を書いていく予定ですので、そちらでお会いできるのを楽しみにしております。




