第29話:「運命」の上書き。――わたくしの未来、勝手に決めないでいただけます?
天界中央管理塔の最上階。
そこには、かつて「運命の糸」を紡いでいたとされる黄金の織機がありましたが、今は見る影もなく解体され、代わりに世界そのものを記述する「根源言語」が、無数の光の筋となって宙に浮かんでいました。
私はその光の奔流の前に立ち、指揮を執るように指を動かしていました。
「……ふむ。第4層の『寿命に関する因果律』、ここの記述が実に乱暴ですわね。不慮の事故や疫病という名の強制終了が、これほど頻繁に設定されていたなんて。……すべて論理的な予防措置を組み込んで、削除いたしますわ」
私が指先で「不運」という名のコードを薙ぎ払うたび、地上では説明のつかない悲劇が消え、人々は自らの努力が正当に報われる「予測可能な未来」を手にしていきます。
「……エルゼ。……地上の『観測モニター』に、懐かしい顔が映っているぞ」
シグルド様が、部屋の片隅に投影されている「再開発特区:第三炭鉱」のライブ映像を指差しました。
そこには、かつて帝国を、そして天界を統べていた者たちの、成れ果ての姿がありました。
――「作業員001号」と、「作業員105号(旧ロゴス)」。
彼らは今、腰まで泥に浸かりながら、新都の暖房用魔石を掘り出す作業に従事していました。
エドワードは既に自分が王子であった記憶さえも朦朧とし、ただ「隣の男より少しでも多くの石を掘らねば、夕食のパンが減る」という、原始的な生存本能だけで動いています。
『……お、おい、105号。もっと早く運べ。管理システム(エルゼ様)の目が光っているぞ』
『分かっている、001号。……ああ、なぜだろう、空がこんなに遠いなんて……』
かつて世界を意のままに操れると信じていた者たちが、今は自分の作った「システム」の末端の部品として、一単位の狂いもなく働き続けている。
彼らの顔には、もはや怒りも、悲しみもありません。あるのは、管理される側としての、空虚な「最適化」の表情だけ。
「……あら。あのような不純物をモニターに映すなんて、貴重な魔力の無駄遣いですわ、シグルド様。……彼らが誰であったかなど、今のこの世界には一ビットの記録も残っておりませんもの」
私は、モニターをパチンと閉じ、再び「世界の記述」に向き合いました。
「彼らが望んだ『愛』や『信仰』という名の不確定要素。……それはすべて、この地上の肥やしとして消費されました。……これからの未来は、わたくしと、あなたと、わたくしたちを愛する民のための……一単位の誤差もない『永遠の幸福』で構成されますわ」
私は最後に、自分の名前とシグルド様の名前を、世界の因果の「特権アクセス権」の最上位に刻み込みました。
二人の運命は、もはや神にも、死にも、理不尽な悲劇にも干渉されない。
「……上書き、完了いたしましたわ」
私が「実行」キーを叩くと、天界から地上に向けて、まばゆいばかりの純白の光が放射されました。
古い運命が書き換えられ、世界が「エルゼ・フォン・アシュバッハ」という名の新OSで再起動した瞬間。
「……すごいな。……風の音が、昨日よりもずっと心地よく聞こえる」
シグルド様が、私の腰を抱き寄せ、その肩に顔を埋めました。
「エルゼ。君が作ったこの世界なら……私は、永遠に生きたいと心から思えるよ。君の隣で、この美しく整った景色を眺め続けるために」
「あら、シグルド様。……永遠なんて、わたくしの計算では非常に長い時間になりますわよ? ……退屈させて差し上げませんから、覚悟してくださる?」
「ああ。……君の出す『宿題』なら、千年も万年も、喜んで解き明かしてみせるよ」
窓の外、新都の空には、もはや神々の影も、滅びゆく帝国の残り火もありません。
ただ、澄み切った青と、効率化された魔力の星々が、私たちの未来を祝福するように輝いていました。
準備は、すべて整いましたわ。
次は……この物語の最後の一文字。
「完結」という名の、最高に幸せなピリオドを打ちに行きましょうか。
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