第28話:シグルド公爵の「神殺し」。君を泣かせようとした罰だ
天界中央管制室。
すべてが順調に「最適化」されていたはずのモニターが、突如として真っ赤な警告に染まりました。
「……リィン、報告を。この異常な魔力逆流は、どこのセクターからかしら?」
「エルゼ様! 天界の最下層、『創世の記録』を物理的に消去した反動で、次元の隙間に溜まっていた『論理の屑(バグの残骸)』が実体化しております! これは……既存の魔法も物理も通用しない、世界の『拒絶反応』そのものですわ!」
地響きと共に、管制室の床から漆黒の霧が立ち上りました。
霧は次第に形を成し、数千の瞳と数万の腕を持つ、名状しがたき「旧世界の執着」へと姿を変えていきます。
それは、エルゼ様が構築した完璧な秩序を、再び混沌と理不尽へと引き戻そうとする「原初の呪い」。
『――秩序ハ、停滞ナリ。不合理コソガ、生命ノ輝キ……。完璧ナル女王ヨ、再ビ闇ニ沈メ……』
その怪物が放つ「絶望の波動」に、さすがのリィンも膝をつきました。
私の計算式が、その圧倒的な「無意味」の前に、一瞬だけ揺らぎます。
「あら。……わたくしの書庫に土足で踏み込み、挙げ句の果てに『不合理が輝き』ですって? ……随分と耳障りなノイズですこと。……リィン、強制再起動を――」
私が手を伸ばそうとした瞬間、その指先を温かな、しかし鋼のように強靭な手が包み込みました。
「エルゼ。……ここから先は、君の計算の出番じゃない」
シグルド様が、静かに私の前に立ちました。
彼の背中からは、これまでの「人」の枠を完全に超えた、黄金と白銀が混ざり合う神々しいオーラが噴き出しています。
「シグルド様……。ですが、あれは概念的な存在。物理的な攻撃は――」
「忘れたのかい、エルゼ。君は私の『バグ』を直し、この世界の理の外側へ解き放ってくれた。……今の私にとって、神の理も世界の呪いも、ただの『薄い紙』に過ぎない」
シグルド様が、腰の剣を抜きました。
その瞬間、天界全体が鳴動し、荒れ狂っていた漆黒の霧が、恐怖に震えるように収縮しました。
「……我が妻が、この世界を『美しく整えたい』と願っているんだ。……それを邪魔する不浄なゴミは、一欠片も残さず、私が『無』に帰してやる」
シグルド様が一歩、踏み出しました。
その一歩で、次元の壁がガラスのように砕け散ります。
『オォォ……! 守護龍……貴様サエ、運命ノ鎖カラ……ッ!』
「運命など、エルゼの指先一つで書き換えられた。……死ね、旧世界の亡霊。……君を泣かせようとした罰だ、その存在の根源ごと消し飛ぶがいい」
――【神殺しの咆哮】
シグルド様が剣を一閃させた。
それはもはや「斬る」という動作ではありませんでした。
世界の「存在していい領域」から、その怪物という「概念」を物理的に消しゴムで消し去るような、絶対的な断罪。
光が爆ぜ、漆黒の怪物は悲鳴を上げることすら許されず、塵一つ残さず消失しました。
静寂。
中央管制室には、再び清冽な空気と、規則正しい魔導の鼓動だけが戻りました。
「……ふぅ。少し、力を込めすぎたかな。床を傷つけてしまった、済まないエルゼ」
シグルド様は、先ほどの「破壊神」のような姿が嘘のように、困ったような笑みを浮かべて私を振り返りました。
「……あら、シグルド様。……やりすぎですわ。これでは、わたくしの再開発計画をまた数分、修正しなければなりませんわね」
私は、わざとらしく溜息をつきながらも、彼の胸にそっと飛び込みました。
「……ですが、助かりましたわ。……ありがとうございます、わたくしの最強の騎士様」
「礼を言うのは私の方だ。……君のおかげで、私はようやく『本当に守りたいもの』を、完璧に守り抜く力を手に入れたんだから」
シグルド様は、愛おしそうに私の髪を撫で、その額に優しく口付けました。
モニターには、世界の「完全修復」が完了したことを示す、美しいグリーンの文字。
不合理は消え、バグは排除されました。
準備は、すべて整いましたわ。
次は……この完璧な世界の「最初の朝」を、二人で迎えに行きましょうか。
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