第27話:天界の差し押さえ執行――今日からここはわたくしの書庫ですわ
天界の最深部、かつて「真理の回廊」と呼ばれ、いかなる神すら立ち入りを制限されていた聖域。
そこには、世界の始まりから終わりまでを記したとされる「星の記憶」が、膨大な光の奔流となって渦巻いていました。
ですが、いまやその聖域には、規則正しく整列した黒いサーバーラックが並び、無数の魔導端末が接続されています。
「……リィン。この『世界の全記録』とやら、データの断片化が酷すぎますわ。一万年前の地殻変動の記録の隣に、当時の神の昼食の献立を保存するなんて……。ストレージの無駄遣いにも程があります」
「申し訳ございません、エルゼ様。神々の管理基準があまりに恣意的で、タグ付けすらまともになされておりませんでした。……現在、AI『アシュバッハ』を用いて、全データのインデックス化と重複削除を急がせております」
私は、空中に浮かぶ巨大なホログラム・ディスプレイを指先でスワイプしながら、眉を顰めました。
かつての人々が「神の啓示」と呼んで恐れた予言も、こうしてデータとして解析してみれば、単なる「統計的な予測」の劣化版でしかありません。
「あら。……『百年後に大洪水が起きる』という予言のメタデータを確認して。……案の定ですわ。天界がダムの排水を怠った場合のシミュレーション結果を、脅し文句として登録していただけではない。……悪質ですわね」
「……ふむ。神というものは、自分たちの不始末を『運命』という言葉ですり替える天才だったというわけか」
背後から、新しく新調された魔導アーマーを纏ったシグルド様が歩み寄りました。
彼は私の手元で高速で流れていく「世界の秘密」を、興味なさげに眺めています。
「どうだい、エルゼ。……何か面白い『禁忌』は見つかったかい?」
「いいえ。……期待外れですわ、シグルド様。……世に言う『禁断の魔法』の正体も、ただの魔力効率を無視した高負荷なプログラムに過ぎませんでした。……わたくしが最適化すれば、消費魔力は十分の一に抑えられますわ。……あ、そうだわ。シグルド様」
私は、一つのフォルダを指で摘み上げ、彼の方へ投げ飛ばしました。
「そこにあるのは、シグルド様の『守護龍の一族』の起源データですわ。……かつての神々が、あなた方の圧倒的な武力を恐れ、あえて『寿命の制限』というバグを組み込んだ形跡が見つかりましたの。……もちろん、先ほど修正を当てておきましたわよ?」
「……何?」
シグルド様の黄金の瞳が、驚愕に見開かれました。
彼は自分の掌を見つめ、内側から溢れ出す、かつてないほど清らかな、そして底知れない生命力の脈動を感じ取ったようです。
「……寿命の制限を、消したというのか? ……神が定めた『死の運命』を、君はキーボードの操作一つで……」
「あら、不具合を直すのは管理者の義務ですもの。……わたくしの隣に立つ方が、神の勝手な都合で先にいなくなるなんて、そんな非合理なことは認められませんわ」
私は椅子を回転させ、最高の微笑みを彼に向けました。
「これであなたも、わたくしと同じ『永劫の管理者』ですわね。……末永く、わたくしの計算にお付き合いいただきますわよ?」
「……ククッ、ハハハ! ……全く、君には敵わないな。……神が作り、龍が守ったこの世界を、君は一晩で『自分専用の書庫』に作り変えてしまった」
シグルド様が私を抱き上げ、その広い胸の中に閉じ込めました。
彼の鼓動は、もはや運命に縛られない、力強いリズムを刻んでいます。
その時、管制室の隅で、未だに鎖に繋がれていたロゴス神が、血を吐くような叫びを上げました。
『狂っている……! 世界の記憶を、システムの一部にするなど……! 人が知っていい領域ではないのだ! その記録を弄れば、世界の因果が崩壊するぞ!』
「因果、ですか。……ロゴス様、あなた方はその因果とやらを、自分たちの娯楽のために弄り回していらしたでしょう? ……わたくしがしているのは、その『歪んだ因果』の矯正ですわ。……これからは、努力した者が正しく報われ、罪を犯した者が計算通りに罰せられる。……そんな、美しく透明な因果が世界を支配しますの」
私は、ロゴスの顔に向けて、一つの「ゴミ箱アイコン」を投影しました。
「ロゴス様。……あなたの記憶データも、不要なノイズとして隔離させていただきましたわ。……明日からのあなたには、神としての記憶も、傲慢なプライドも残りません。……ただの『掃除が大好きな炭鉱夫』として、新しい人生を上書きして差し上げましたから」
『あ……あ、あ……あああああぁぁぁっ!!』
ロゴスの魂が白く発光し、その中から「神性」という名のデータが吸い出されていく。
絶叫はやがて、ただの穏やかな、知性を感じさせない寝息へと変わりました。
「リィン。……上書き完了ですわ。……彼を、エドワード様の隣の区画へ。……今日から彼は、『作業員105番』として第二の人生を歩みます」
「御意に、エルゼ様。……インデックスの整理も、残り二割となりました」
窓の外、天界の空は、もはや神々の黄昏ではなく、効率化された魔力のグリッドが走る、機能美の極みのような夜景に変わっていました。
準備は、すべて整いましたわ。
世界の管理者権限は、完全にわたくしの指先に。
次は……この「書き換えた理」を定着させるための、仕上げに取り掛かりましょうか。
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