第26話:「祈れば救われる」? 収支報告書を出してからおっしゃって
天界中央管理センター(旧・天界議事堂)。
冷房の効いた静寂な室内に、無機質なアラート音が響きました。
「エルゼ様。外部サーバー……いえ、他系統の神性領域から、大規模なアクセス要求が来ております。……彼らは『神界常任理事会』を名乗り、我が国の市場独占(信仰の禁止)に対して異議を申し立てているようですわ」
リィンの報告に、私は淹れたてのダージリンを一口含み、優雅にカップを置きました。
「あら。……ロゴス様を処分したことで、甘い汁を吸えなくなったお仲間たちが、ようやく重い腰を上げたのかしら? ……お通しなさい。……ただし、わたくしの貴重な演算時間を割くのですから、相応の『資料』は持参させてくださいね」
直後、部屋の空間が歪み、三柱の神々が姿を現しました。
南方の「豊穣と愛の女神」、西方の「戦と破壊の神」、そして黄金の法衣を纏った「富と繁栄の神」。
彼らは、天界がサーバー室に改造された光景を見て、激しい不快感を露わにしました。
『これはいかなる蛮行か! 信仰は世界の根幹、神への祈りは魂の税である! 貴様が一方的に祈りを禁じるのは、神界全土に対する「経済侵略」に等しい!』
富の神が、その太った指を私に突きつけて叫びます。
「経済侵略、ですか。……随分と物騒な表現を使われますのね」
私は、彼らの前に一冊の『神界全体収支報告書(暫定版)』を投影しました。
「わたくしが調べたところ、あなた方は地域ごとに『祈りの代価』を不当に吊り上げ、互いの領域を侵さないよう談合を結んでいらしたわね。……ある場所では干ばつを、ある場所では戦争を、適度に発生させては『救済』を売り歩く。……これ、地上では不当な抱き合わせ販売として厳重に処罰されますわよ?」
『ぬかせ! 苦難は魂の修行だ! 我々がいなければ、民は何を指針に生きればよいというのだ!』
「指針、ですか。……わたくしの算出した統計によれば、あなた方が提供する『奇跡』のコストパフォーマンスは、民の労働価値に対して著しく低い。……祈りに費やす時間を、わたくしの提供する『魔導生産ライン』への従事に充てるだけで、民の可処分所得は五倍、生存率は八倍に向上いたしますの。……さて、女神様。……あなたの提供する『愛の加護』には、それ以上の付加価値が認められますかしら?」
豊穣の女神が、美貌を怒りに歪ませました。
『無礼な娘……! 心の安らぎに、数字で値段をつけるというのか!』
「ええ。……合理主義者のわたくしにとって、数値化できない価値は『存在しない』も同義ですわ。……もし、あなた方が存続を望むのであれば、まずは過去一万年分の『祈りの受領証』と、それに対する『救済の実行記録』……つまり、正確な収支報告書を提出してくださる?」
静まり返る神々。
「……あら、出せませんの? ……粉飾決済、それとも単なる横領かしら? ……シグルド様。……この方々、監査の拒否および業務妨害として、強制執行の対象になりますわよね?」
部屋の隅、影の中からシグルド様が静かに立ち上がりました。
彼の背後には、天界の魔力と北方の氷が融合した、新たな神殺しの武装「龍の牙」が浮かんでいます。
「……当然だ、エルゼ。……不透明な会計を続ける組織には、市場退場(滅び)あるのみ。……君たちの『信仰』という名のビジネスは、今日この瞬間をもって、破産手続きを開始する」
シグルド様の放つ魔圧が、神々の神格を物理的に押し潰していきます。
『ば、馬鹿な……! 神の理が、人間の論理に屈するというのか……っ!』
「理、ですか。……わたくしの世界では、正しい計算こそが唯一の法ですわ」
私は、逃げようとする神々の足元に、魔導回路を走らせて拘束しました。
「さて……皆様。……せっかくですので、皆様にも新しい『お仕事』を差し上げますわ。……天界の新しいサーバーの冷却には、膨大な魔力が必要なんですの。……あなた方のその潤沢な神格を、地上の冷房と暖房を動かすための『永久機関』として活用させていただきます。……これこそが、皆様が最も社会に貢献できる形だと思いませんこと?」
『き、貴様ぁ……! 神を……神を電池にするつもりかぁぁぁっ!!』
「電池……ふふ、素敵な表現ですわね。……リィン、彼らを『神格バッテリー室』へ。……出力の調整は厳密にお願いしますわね。……一単位の無駄も許しませんわよ」
「承知いたしました、エルゼ様」
阿鼻叫喚の叫びを上げながら、神々が次々とカプセルの中に格納されていく様子を、私は冷淡に見送りました。
モニターには、神々から抽出された膨大なエネルギーが、地上の貧困層への電力供給へと変換されていくグラフが、右肩上がりに伸びていく様子が映し出されています。
「……エルゼ。これで神界のカルテルも崩壊したな。……次は、どこの不純物を掃除するつもりだ?」
「あら、シグルド様。……わたくし、ただの『整理整頓』をしているだけですわ。……さて、次は……この管理システムに反抗する、一部の『感情論派の貴族』たちへの対応かしら?」
私は、窓の外で輝く「神々のエネルギーで光る帝都」を眺め、最高に優雅な気分で紅茶を啜りました。
祈りは不要。
ただ、正しい管理と、圧倒的な実力があればいい。
わたくしの計算式、もう誰にも書き換えることはできませんわ。
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