第22話:真の勇者、降臨。……あら、どちらの不審者かしら?
天界の使いを捕縛してから数日。
私の統治する新都の空には、神々の嫌がらせのような「不自然な後光」が差し続けていました。
そんな中、中央管制室の重厚な魔導防壁を、力任せにぶち破って侵入してきた者がおりました。
「冷酷なる魔女、エルゼ・フォン・アシュバッハ! 神に代わって、俺が民を貴様の支配から解放してやる!」
眩いばかりの黄金の鎧を纏い、背中には身の丈ほどもある聖剣を背負った少年。
瞳には一点の曇りもない「正義」を宿し、己が正しいと信じて疑わない傲慢な輝きを放っています。
天界が送り込んだ「真の勇者」、レオン・ブレイブハート。
「……リィン。わたくしの設計した防壁の強度は、物理的な破壊に対して世界最高水準だったはずですけれど?」
「申し訳ございません、エルゼ様。……どうやら、彼が手にしている聖剣には『因果を歪めて無理矢理扉を開く』という、極めて非論理的な権能が付与されているようですわ」
私は、手にしていた報告書をゆっくりとデスクに置き、乱入してきた少年を、まるで「不衛生な害虫」でも見るような目で見つめました。
「あら。……解放、ですか? 勇者様。……どこのどなたかは存じ上げませんが、わたくしの管理するこの国で、誰が、いつ、あなたに『助けてほしい』と要請を出したのかしら?」
「決まっている! 神々が嘆いておられる! 貴様が作ったこの国には、涙も、祈りも、心の温もりもない! 人々は数字に管理され、ただ生かされているだけの家畜に成り下がっているじゃないか!」
レオンは聖剣を私に向け、正義感に酔いしれた叫びを上げます。
その背後では、シグルド様が静かに剣の柄に手をかけ、今にもこの少年の首を撥ね飛ばそうと魔圧を膨らませていました。
「……シグルド様、お待ちになって。……この方は、少し教育が必要なようですわ」
私は椅子に深く腰掛け、扇子で口元を隠してくすりと笑いました。
「勇者様。……あなたが仰る『心の温もり』とやらは、具体的にどの程度の経済価値を生みますの? ……リィン、直近一週間の『国民幸福度指数』および『乳児死亡率』、『平均所得の推移』を、この不審者の方にも分かるように投影して差し上げて」
「かしこまりました」
空中に浮かび上がる、圧倒的なデータの壁。
「ご覧なさい。……わたくしの管理下において、民の生活水準は帝国の頃に比べて三〇〇パーセント向上、犯罪率は九割減、そして信仰に縋らざるを得ない困窮者はゼロになりました。……あなたが壊そうとしているのは、この完璧な安定ですのよ?」
「数字なんて関係ない! 大事なのは、人と人が手を取り合い、神に感謝して生きることだ! 貴様のやり方は、人間の尊厳を奪っているんだ!」
「……尊厳、ですか。……空腹で泥水を啜りながら神に祈るのが、あなたの言う『尊厳』なのかしら? ……だとしたら、随分と安っぽい尊厳ですわね。……勇者様、あなたこそ、神の操り人形として思考を停止していることに、お気づきになっていなくて?」
「黙れ! 神の言葉は絶対だ! この聖剣『アストライアの光』こそが、俺が正しいことの証拠だ!」
レオンが聖剣を振り上げると、周囲に神々しい光が溢れます。
ですが、私はその光の中に潜む「致命的な欠陥」を、私の魔導鑑定眼で見逃しませんでした。
「あら……。その聖剣、随分と『不当な契約』の上に成り立っていますのね」
「……何だと?」
「リィン、その聖剣の魔力消費経路を逆探知して。……勇者様。……その剣を振るうたびに、あなたの『余命』が天界へ吸い上げられていることに、本当にお気づきになりませんでしたの?」
レオンの顔から、わずかに色が失われました。
「……え……余命、だって?」
「ええ。……その剣は『奇跡』を起こす装置ではなく、あなたの生命力を燃料にして、一時的に事象を書き換えているだけの『使い捨ての魔導具』ですわ。……しかも、エネルギーの変換効率が極めて悪い。……十の奇跡を起こすために、あなたの寿命を百奪っている。……これはもはや、勇者ではなく、ただの『生贄』と呼ぶのが妥当ですわね」
私は、立ち上がり、震える少年の目の前まで歩み寄りました。
「勇者様。……神々は、あなたを愛しているのではなく、最も使い勝手のいい『自爆用兵器』として送り込んだだけ。……わたくしの計算によれば、あと三回その剣を全力で振るえば、あなたの心臓は止まりますわ」
「う、嘘だ……神様が、そんなことを……っ!」
「嘘だと思うなら、その剣に刻まれた『神聖文字』を読み解いて差し上げましょうか? ……第二十四条に、極めて小さく記載されていますわよ。――『本契約の履行に際し、提供者の生命維持に関する一切の責任を神は負わない』と。……あら、契約書も読まずにサインなさったのかしら? ……随分と、おめでたい頭をしておいでですこと」
レオンは、力なく膝をつきました。
自分が「正義の味方」だと思っていた根拠そのものが、冷徹な「詐取」の上に成り立っていた。その絶望が、彼の瞳を濁らせていきます。
「……エルゼ。この不純物、もう処分してもいいか?」
シグルド様が、獲物を狩る龍の瞳でレオンを見下ろします。
「いいえ、シグルド様。……この方は、天界の『杜撰な労務管理』の生き証人ですわ。……天界を訴え、差し押さえる際の『証拠物品』として、大切に保管して差し上げましょう」
私は、絶望に震える勇者のアゴを扇子でクイと持ち上げ、最高に「可愛げのない」微笑みを向けました。
「勇者様。……わたくしの管理下では、命の価値は厳密に算定されます。……神に無償で捧げるなど、そんな非合理なことは許しませんわ。……さあ、リィン。……彼を『対神監査資料室』へ。……死なない程度に、しっかりとお世話して差し上げてね」
「御意に、エルゼ様」
引きずられていく「元・勇者」の情けない嗚咽を聞きながら、私は次の計算式を書き換え始めました。
ターゲットは、天界の最高経営責任者。
準備は、すべて整いましたわ。
神様。……あなたの「ブラック企業」のような運営実態、わたくしが根こそぎ暴いて、その玉座から引きずり下ろして差し上げます。
本話もお読みいただき、ありがとうございました!
少しでも続きが気になる、と感じていただけましたら、
ブックマーク や 評価 をお願いします。
応援が励みになります!
これからもどうぞよろしくお願いします!




