第21話:「奇跡」という名のバグ、あるいは神々の嫉妬
――知性と合理性が支配する世界において、「説明不能」という言葉は敗北と同義ですわ。
ヴァレンシュタイン=アシュバッハ統合王国の新都。
かつての玉座の間を改造した中央管制室には、大陸全土から吸い上げられた魔力、物流、そして「民の幸福度」を示す膨大なデータが、青白い光の奔流となって流れていました。
「……リィン。南方の第三特区、農作物の収穫予測に誤差が出ておりますわ。予定より四パーセントの超過。……おかしいですわね。わたくしの設計した灌漑システムでは、今の時期にこれ以上の水分供給は不要なはずですけれど?」
「はい、エルゼ様。……現地の報告によりますと、昨夜、何の前触れもなく『聖なる泉』が溢れ出し、枯れていた大地を潤した……とのことです。領民たちは、これを神による『恵みの奇跡』だと称え、祈りを捧げておりますが」
私は、手にしていた魔導計算尺をピタリと止めました。
扇子を広げ、口元に冷ややかな笑みを浮かべます。
「『奇跡』、ですか。……ふふ、なんと無責任な言葉かしら。わたくしが厳密に管理している土壌の湿度バランスを、許可もなく書き換えるなんて。……これは恵みではなく、ただの『システムへの不正侵入』ですわ」
私が指先で空間を操作すると、空中に現れたのは、その「泉」から放出された魔力の波形データ。
それは、地上の自然な魔力循環とは明らかに異なる、不自然なほど高純度で、そして「押し付けがましい」波動を放っていました。
「……エルゼ。君の眉間に皺が寄っている。……また、目障りな不純物が紛れ込んだようだね」
背後から、重厚な軍靴の音と共にシグルド様が現れました。
彼は私の肩に手を置き、空中のモニターを険しい目で見つめました。
「北方の防衛結界にも、先ほどから奇妙な『揺らぎ』が生じている。……物理的な攻撃ではない。……まるで、この世界の理そのものを、外側から書き換えようとするような、傲慢な力だ」
「シグルド様。……どうやら、わたくしたちの完璧な運営が、どこぞの『無能な管理者』たちの機嫌を損ねてしまったようですわね」
その時でした。
管制室の静寂を破り、天井から光の柱が降り注ぎました。
『――傲慢なる人の子よ。……自らの知恵で世界を救ったつもりか』
反響する、重々しくもどこか空虚な声。
光の中から現れたのは、背中に六枚の翼を持ち、黄金の仮面を被った異形の存在――天界の使い、上級天使でした。
『人間は苦難の中でこそ祈り、絶望の中でこそ神を崇めるもの。……お前の作る「飢えも争いもない世界」には、神への敬意が欠けている。……ゆえに、天界は決定した。……この地に、甘美なる「試練」という名のスパイスを加えよう』
「あら。……スパイス、ですって?」
私は、天使の放つ威圧感など一欠片も感じることなく、優雅に椅子から立ち上がりました。
「あなた方の言う『試練』とは、わたくしが十年の歳月をかけてゼロにした『疫病』や『飢饉』のことかしら? ……それを、民の信仰心を煽るための道具として再導入しようとおっしゃるのね」
『左様だ。……神の慈悲を忘れぬよう、適度な不幸は必要悪なのだ』
「……ふふ、ふふふ。……あーっはっはっは!」
私は、耐えきれずに高笑いしてしまいました。
扇子で口元を叩き、震える肩を抑えます。
「おかしくて涙が出ますわ。……天界の運営というのは、それほどまでに杜撰でいらしたのね。……顧客(人間)に価値を提供できなくなったからといって、わざと故障を引き起こして修理代(祈り)を請求する……。それは、地上では『マッチポンプの詐欺師』と呼びますのよ?」
『なっ……貴様、神の使いを詐欺師と呼ぶか!』
「呼びますわ。……それも、極めて質の低い。……リィン、先ほどの『奇跡』による農地への損害額、および今後の復旧コストを算出しなさい。……それからシグルド様。……この『不法侵入者』を、ヴァレンシュタイン王国の法律に基づいて、直ちに拘束していただけるかしら?」
「喜んで。……神の使いだろうと、君の平和を乱す不純物であることに変わりはない」
シグルド様が剣を抜いた瞬間、室内の温度が絶対零度まで急降下しました。
天使が驚愕に翼を震わせますが、既に遅い。
エルゼ様が開発した「対神格用・魔力拘束回路」が、足元から黄金の鎖となって天使を縛り上げました。
『馬鹿な……神の加護を、人の技術が封じるなど……っ!』
「加護、ですか。……わたくしの計算式に、そのようなあやふやな変数は不要ですわ。……さて、天使様。……あなたを通じて、あなたの上司へお伝えなさいな」
私は、拘束された天使の仮面に、扇子を冷たく突きつけました。
「わたくし、理不尽な『強制契約』は大嫌いですの。……天界がこの地を荒らし続けるというのであれば、わたくしは貴方方の『運営実態』を徹底的に監査し、その神座ごと差し押さえさせていただきますわ。……準備は、もう始めておりますのよ?」
天使が絶叫と共に光の中に消えていくのを、私は冷淡に見送りました。
モニターには、天界の魔力座標を逆探知し、その中枢への「裏口」をこじ開けようとするプログラムが、着々と進行している様子が映し出されています。
「……エルゼ。本気で、天界を買い叩くつもりか?」
「あら、シグルド様。……無能な管理者にこの世界を任せておいては、わたくしたちの幸福な未来が汚されてしまいますもの。……合理主義者のわたくしとしては、より優れた経営者が管理を引き継ぐのが、全宇宙にとっての最適解だと思いませんこと?」
私はシグルド様に微笑みかけ、彼の手を強く握り返しました。
ターゲットは、天。
準備は、すべて整いましたわ。
神々の傲慢な「奇跡」という名のバグ、わたくしがすべて修正して差し上げます。
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