第20話:氷の女王と守護龍の結婚。――世界はわたくしの指先に
空は、見たこともないような透明な「青」に染まっていました。
新しく建国された『ヴァレンシュタイン=アシュバッハ統合王国』。その首都となった旧帝都は、今日、世界で最も輝かしい場所となっていました。
かつての泥臭い石造りの街並みは、エルゼ様が設計した白銀の魔導建築へと生まれ変わり、街路樹には季節を問わず咲き誇る「魔導の華」が、祝福の光を振りまいています。
「……リィン。各国の元首たちの席順、一単位の狂いもありませんわね?」
「はい、エルゼ様。……かつて帝国を嘲笑った隣国の王たちも、今は揃って震えながら、あなた様の御出座を待っておりますわ」
私は、鏡の中に映る自分を見つめました。
纏うのは、シグルド様が北方の最深部で見つけ出した「氷龍の鱗」を繊維状に加工し、私の全魔力を編み込んだ伝説級のウェディングドレス。
一歩歩くごとに、私の魔力が幾何学的な紋様となって床に広がり、世界が私を主として認識していくのが分かります。
「……美しい。もはや、言葉にするのも畏れ多いほどだ」
扉が開き、正装を纏ったシグルド様が現れました。
北方の守護龍。大陸最強の武力を持つ彼は、いまや私の知略を支える最強の伴侶。彼は私の前に跪き、その指先に、この世で最も重い誓いのキスを落としました。
「エルゼ。……君を捨てた世界を、君は君の数字で塗り替えた。……今日から、この大陸のすべての命動は、君の指先ひとつで決まる」
「あら、シグルド様。……わたくしが望んだのは、支配ではなく『最適化』ですわ。……不純物を排除し、知性と実力が正しく報われる世界。……それを、あなたと共に歩めることが、わたくしの唯一の計算外の幸福ですの」
私たちは腕を組み、大聖堂のバルコニーへと足を踏み出しました。
その瞬間。
地響きのような大歓声が、大陸中から集まった民衆から沸き起こりました。
かつて私を「悪役」と罵った貴族たちも、今は最前列で額を地面に擦り付け、私の慈悲を乞うように震えています。
私は、その熱狂の遙か下――新宮殿の「基礎」となった地下深く、もう誰の耳にも届かない場所で、かつての婚約者たちが石となって世界を支えていることに、一瞬だけ思いを馳せました。
エドワード。マリアンヌ。ジュリアン。
あなたたちの「愛」や「プライド」という名のノイズは、いまや私の築いた新しい秩序を安定させるための、ただの重石に過ぎない。
「……ふふ。本当に、完璧な配置ですわ」
シグルド様が、私の頭上に、北方の雪とダイヤモンドで象られた「知恵の王冠」を捧げました。
王冠が私の髪に触れた瞬間、帝都全域の魔導回路が呼応するように眩い閃光を放ち、空には私の家紋であるアシュバッハの星が、昼間だというのにくっきりと浮かび上がりました。
「これより、宣告いたします」
私の声は、増幅回路を通じて大陸の隅々まで、逃げ場のない真実として響き渡りました。
「かつての古い法、無能な情愛、不当な搾取の時代は、今この瞬間をもって終了いたしました。……これからの世界は、わたくしの知略と、シグルド様の武勇……この二つの絶対的な理によって運営されます」
私は、跪く王たちを見下ろし、最高に優雅な、そして冷徹な微笑みを浮かべました。
「わたくしに牙を剥く者は、数字によって窒息し、わたくしの計算に従う者は、かつてない繁栄を約束しましょう。……選択肢は、常に提示して差し上げますわ。……合理主義者のわたくしですもの」
シグルド様が私の腰を引き寄せ、民衆の前で、深い、深い誓いの口付けを交わしました。
鳴り止まない喝采。
暗闇に沈んだ敗者たちの記憶は、もう誰の心にも残っていません。
私は、彼の腕の中で、静かに目を閉じました。
準備は、すべて整いましたわ。
わたくしの人生、わたくしの世界。
これから始まる新しいページには、一単位の誤差も、不必要な「可愛げ」も入り込む余地はありません。
ただ、完璧な勝利と、終わることのない幸福の計算式が続いていくだけ。
「……さあ、シグルド様。……新しい世界の『運用』、始めましょうか?」
「ああ、女王陛下。君の思うままに」
氷の女王と守護龍の伝説は、ここから永遠の物語として刻まれていくのです。




