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王道RPGのモブに転生した俺は、転職を繰り返し【努力】と【原作知識】を駆使して世界を『改変』する!  作者: 神田義一
第七章 四魔王編

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第二百三十話 「浜沿いの死闘②」【三人称視点】

「旦那ッ!?」


 グラヴォーンに直撃した魔術の爆風に、ヴェンザルの視線が、刹那だけそちらに釣られる。


 ほんの一瞬。

 ほんの瞬き一回分の隙。


 アベルは、そこを見逃さない。


「遅ぇよ」


 視界の縁。

 ヴェンザルの輪郭の外。

 そこへ、砂の軌跡だけが走っていた。


「──ッ!?」


 ヴェンザルの瞳が細くなるより早く、その瞳に向かって“短刀”が飛んでいた。


 さっきまで右手に握っていたはずの、ノルダリア式の細身の刃。

 返しも飾りもない、商人護衛用の実用一点突破のナイフ。

 それが今は、空をまっすぐ切り裂いて飛んでくる。


「──っぶ!?」


 ヴェンザルの右目に、銀の柄尻が半分まで沈む。

 目の奥で光がはじけ、血と、目の中のゼリー状のなにかと、焼けた砂みたいな黒いものが一度に飛び散った。


「ぁ"、──あ"ッ!?」


 悲鳴は、甲高くはない。


 押し殺した呻きが喉を引っかかって、濁った鳴き声になる。

 ヴェンザルの翼がぐらりと揺れ、爪先が砂を掻いた。


「うわ、痛ったそうやなァ!!」


 しかし、アベル本人はすでに二段目の動きに入っていた。

 砂を蹴って、さらに砕けたガラス片すら踏み台にして、上へ。


 ヴェンザルの肩口、翼の付け根の真上――そこに斜めから食い込むような、兜割りの角度。

 跳躍の最頂点。

 アベルはヴェンザルのほぼ真上にいた。


 左手に残った湾刀を両手で握り直す。

 それを、アベルはヴェンザルの翼へと振り下ろした。


 ぶちゅ、ぶちゅ、と湿った爆ぜ方。

 焼けた鉄と脂を混ぜたような匂いがアベルの顔を直撃した。


「ぐ、ぎゃあああああッ!? い゛っだッ!!?」


 叫びが割れる。

 ヴェンザルの身体が地面に叩きつけられるより先に、その片翼は完全に切断されて砂浜に転がっていた。


 翼は切断され、片目は潰れた。

 さっきまで余裕で四本分の腕を遊ばせていた魔族が、今は砂を転がってバタバタとのたうち回っている。


「……はぁ、はぁ……どうだ、コラ」


 言いながらも、彼の呼吸は浅い。

 肩は上下し、右肩にはさっき刻まれた裂傷がズキズキとうずいている。

 あの四本腕の連撃で入った浅傷が、まだ身体の内側をじんじんと焼き続けている。


 アベルとセリエス。

 両者とも効果的な一撃を与えた二人だったが、しかし表情は"二体"とは対照的だった。


 紅蓮岩弾に、兜割。

 どちらも、勝負を決めるに相応しい必殺の一撃のはずだった。


 しかし──


「ふぅ」


 命を奪うどころか、ジタバタとわざとらしく転がっていたヴェンザルが、ゆっくりと上体を起こす。

 怪我人の吐息ではなかった。

 昼寝起きに背伸びでもするような、あまりにも平板で、肩の力が抜けまくった息。


 そして、そのまま顔に突き刺さっていた短刀を、何のためらいもなく引き抜いた。


 目の奥から、ぐちゅ、と生臭い音がして黒っぽいものと赤いものと透明なものが一緒に零れ落ちる。

 普通なら悲鳴で気絶しててもおかしくない所業なのに、ヴェンザル本人の表情は軽かった。


「あ〜〜〜〜、い、っった…………」


 アベルの眉間に、深いシワが刻んで固まる。

 嫌な汗が、背中でじとりと落ちた。


 今のは本気で落としにいった。

 片目潰して、翼を落として、空間支配と定位を奪って、そのまま首を刈る流れ。

 あれ以上ないくらいの、即落とし手順だった。


 なのに――この余裕。


 嫌な予感が、腹の底を掴んで離さない。


「旦那、突っ立ったまま考え事ですかい?」


 響いた軽口が、セリエスの耳を刺した。


 ヴェンザルの視線の先、グラヴォーンの周囲では、まだ爆煙が晴れきっていない。

 先ほどセリエスが至近距離で叩き込んだ“紅蓮岩弾”の余波。

 地属性で岩塊を形成し、火属性で芯から過熱・膨張させ、命令ひとつで破裂させる近距離専用の殺し技。

 正面から顔面に、ゼロ距離で叩き込んで爆発させた。

 それで膝もつかずに立ってる奴なんて、普通は存在しない。


 いない、はずだった。


 煙が、海風に押されて薄く裂ける。

 そこに立っていたのは、グラヴォーン。


 腹から下半身にかけて、ところどころ真っ黒に焦げて、皮膚が裂けた隙間から赤い肉と白い骨が覗いている。

 顔面は片側がごっそり抉れ、牙が丸出しで、片目の上の角ごと黒焦げだ。


 それでも、膝は折れていない。

 よろめいてすらいない。

 巨斧を、地面にドスンと突き刺したまま、ただ立っていた。


「────」


 セリエスの喉が、かすかに鳴る。


「うむ……」


 グラヴォーンは、抉れた顔の方を手の甲でぬぐうと、まるで口の中の肉片を指につけて確かめるような仕草をして、しみじみと唸った。


「話に聞くより、人族はできるな……」


 その声は、やけに素直だった。


 セリエスは言葉を失う。

 もし今のを「効いた」と評されるならまだ分かる。

 だが、こいつの口調は“効いた”ですらない。

 ただ純粋に、我が子の成長にでも感心しているような調子のソレ。


 目の前で火薬樽ごと顔に叩き込まれた怪物の声とは思えない自然さだ。


 ヴェンザルが肩を竦めるように笑った。

 砂と血でべっとりになった顔で、しかし妙な気楽さを崩さない。


「感心してただけかいな。まぁ、気持ちはわかりますけども。ほんま“久しぶりに当たりや”って感じしますわ。こっち戻ってきてから、ろくな獲物おらんかったんやもん」


 アベルもセリエスも、即座に踏み込めなかった。

 それは、あまりにも彼らの空気が日常すぎたからに他ならない。


 グラヴォーンは巨斧を肩に戻しながら、ヴェンザルをちらと見て、低く笑う。


「それにしてもヴェンザル。お前、翼が無くなると随分とバランスが悪いな」

「いやホンマやで……」


 ヴェンザルは片目を潰され、片翼をもがれ、ボロボロの姿。

 なのに、ぼやきのトーンはまるで新しい靴を泥に落とした程度。


「自慢の格好良さが台無しや。ワシこないな情けないシルエット、ファンに見られたらかなわんわぁ……最悪やコレ」


 お前にファンなんかいねぇだろ、と突っ込む余裕が、アベルの脳から丸ごと消し飛ぶ。

 セリエスの背筋を、冷たいものが這い上がった。


 両方とも、もう終わってていいはずの傷を負っているのに、終わりになっていない。

 この二体にとって『即死』のラインが、こちらの常識よりずっと遠い。


「まぁでも──心配せんでもええです。別にこれくらいなら、すぐ戻りますさかい」

「は?」


 アベルが間抜けな声を出す。


 ヴェンザルは何気ない所作で、肩口の断面に指をかけた。

 ちぎれた翼の付け根。黒く焼けた肉と、白んで乾きかけた筋束。


「よいしょっと」


 ぞわ、と音を立てて、それが“開いた”。


 正確には、肉が花みたいにめくれた。

 めくれた断面の奥から、黒い繊維がぞろぞろと這い出してくる。

 それぞれが独立して動き、まるで生きた虫が巣穴からあふれるような動きで、ちぎれた方の翼の断端に向かって伸びていく。


 濡れた音が夜気にやたら生々しく響いた。


「なっ──!?」


 セリエスの喉が勝手に潰れた声を漏らす。


 砂浜に転がっていた切断済みの翼が、ビチ……と痙攣した。


 生きているみたいに蠢き、千切れた断面からも同じ黒い繊維が突き出してくる。

 双方から伸びた繊維同士が、まるで磁石みたいに引き合って、絡み、撚り合い、縫い合うように結びついていく。


 肉と筋がズレのないように噛み合い、骨と骨の芯がガチン、と音を立てて嵌る。

 そしてそれは、ゆっくり、だが確実に、再接続されていった。


「……ってことや。そろそろちゃんと“仕事”しましょか」


 ヴェンザルがふっと笑う。

 軽い笑みなのに、温度が一気に下がった。


 さっきまでの“じゃれ合い”ではない、ここからは獲物を解体する時間だとでも言わんばかりに。


 ヴェンザルの四本の腕が同時に持ち上がる。

 肩の下から生えた異形の二本も、すでに自然に動く。

 その軌跡はさっきよりもさらに静かで、無駄がない。

 遊び半分のフェイントもない。ただ真っ直ぐに殺す角度。


「ふむ、感心ばかりしておっては、ロータス様に顔向けできんからな」


 グラヴォーンも同じだ。

 四肢が地面を抉り、巨斧が肩から半身ぶん後ろへ引かれる。

 その引きは、もはや“振るう”というより“圧し潰す”準備。

 斬線で殺すのではなく、存在そのもので押し潰すつもりの構え。


「……へっ。なるほどな」


 アベルは吐き出すようにに笑って、血で濡れた舌で前歯を舐めた。


「じゃあお披露目はここから、ってことか……」


 息が白く見えるほど夜は冷えているのに、背中の汗は熱い。

 理由は単純。


 この二体は、いま初めて“殺す気”になったのだ。


 灯台の光が、三拍目で砂浜を舐めた。

 その一瞬、影が四つ、海風の中で牙を剥く。


 戦いが、本当の地獄の温度に上がる中──


「────」


 ただ一人、セリエスだけは──


「なん、で……」


 遠くの海を見つめながら、ただ何か、ここで戦いを続けるべきでない──"致命的な間違い"に気付いた。

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