第二百二十九話 「浜沿いの死闘」【三人称視点】
海鳴りと血の匂いが、夜気に解けていた。
「──『妖瞳穿光』ッ!!」
ヴェンザルの眼が針の如く細くなった瞬間、世界が白一色に輝いた。
目そのものから伸びた魔力の光線が、アベルへと高速で伸びる。
その致命の一閃を、アベルは真正面から迎えた。
「チッ、けったいな目やな……!」
片手に細身の刃、もう片手に幅広の湾刀。
ノルダリア式二刀流──商人の裏“外仕事”で磨き上げた双牙。
右の刀でまず光線を払う。
刃の腹で押し流し、ギリギリの角度で横へ弾いたのだ。
閃光が彼の耳を掠め、後ろの岩を溶かしながら一直線に地面を抉り抜ける。
砂利がガラスのように溶けて、黒い筋になって固まった。
「くかかっ!! ええなぁ、お前ッ!」
ヴェンザルは笑う。
黒い翼を小さく震わせ、楽しげに。
その顔は柔らかいのに、声だけは底冷えした獣の音。
「魔物のくせに訛ってんじゃねぇよッ!」
アベルが毒づきざま、踏み込み一歩で、既に懐へ。
二刀が逆方向に走る。
右の刺突で喉を狙い、左の斬撃で羽根の付け根を裂きにいく。
彼の速度は、決して人間離れはしていない。
しかし、人間の速度でここまで迫ってくること自体が異常だった。
ヴェンザルは首だけを滑らせて喉を外し、肩を沈めて躱す。
頬に、愉快そうな熱が灯った。
「二刀か。器用やけど、そんなんでワシを止めれるかなぁ」
「止めるつもりなんざねぇ。潰すんだよ」
顔面スレスレですれ違い、アベルは片足軸で回転。
湾刀の背でヴェンザルの顔を横薙ぎに叩いた。
刃ではなく、敢えて“殴る”。
「お゛ッ──!?」
ボギ、と嫌な音。
ヴェンザルの頬骨がわずかに陥没する。
「好機ッ!!」
「ちょっ、剣撃だけじゃないんかいなッ!?」
「俺は剣士じゃないもんでねッ!!」
アベルから、同時に二撃目。
右手の短い刃が抉るように肋の隙間を差し上げる。
しかし──
「まぁ、ほな……これならどうやっ!?」
ヴェンザルは、そこで笑った。
ぐちゅ、と不快な音が走る。
ヴェンザルの肩から肉が盛り上がり、筋肉が蠢いて割れた。
そこから生えるのは──“腕”。
一本ではない。左右、元々ある腕の下から合計二本、ぬるりと飛び出す。
そしてその手には、どこから取り出したのか刃が握られている。
刃は骨のような色。
血管みたいな紋がうっすら走って脈打っている。
まるで身体から武器が生えたように、そこに存在していた。
「ッ──!」
四本の刀身が同時に襲いかかる。
斬撃が重なる角度がいやらしい。
二つは正面からの十字、残り二つは死角からの“あと出し”。
アベルは瞬時に下がる──それがもう間に合わない。
「ぐッ!!」
右肩に浅い線が刻まれる。
焼き付けるような痛みが走った。
その感触からして普通の刃じゃない。
斬られるだけで、内側に何かが入り込んでくるような感覚がある。
アベルの眉が歪む。
その一瞬すら、ヴェンザルは見逃さない。
「往生せえやぁあああッ!!」
四本の刃は止まらず、むしろ加速する。
一本弾いたと思ったら、弾いた刃ごとさらにもう一本がそこへ滑り込んでくる。
逃げ場を削り取る四刀。
防戦を強いられる中、それでもアベルは二刀で受け、こじり、払って角度を殺す。
だが──明らかにジリ貧なのは言うまでもない。
「くッ、キモいッ、身体ッ、しやがって……ッ!」
「キモい言わんといてーや、傷つくわ〜」
アベルは歯を食いしばり、後ろへ砂を跳ねて距離を取ろうとする。
そこをヴェンザルは間合いを詰めさせない。
翼で砂を巻き上げ、視界を裂き、その砂ごと光線を混ぜてくる。
「──『妖瞳穿光』ッ!!」
まるで魔力の底など見せない、目潰し兼焼灼の一撃が迫る。
直撃を躱せど、光が砂粒を一緒に溶かし、ガラスの礫が雨のようにアベルを襲った・
「────ッ」
「アベルさんッ!!」
彼の窮地を見て、叫んだのはセリエスだ。
咄嗟に手を伸ばし、少しでも助力になればと意識を向ける──が。
──ドォン!
「クッ──!」
巨大な斧の一撃が、彼の行手を阻む。
彼もまた、別の地獄の真っ只中にいた。
四本脚の巨躯、グラヴォーン。
上半身は鬼。下半身は馬。三メートルを超す図体。
その両腕で振るっているのは、ひと振りで船のマストすらなぎ倒せる大斧。
柄だけで人族の身長を遥かに超える長さだ。
その巨斧が、縦横無尽に跳ね回る。
「ぬぅんッ!!」
グラヴォーンが踏む度、大地が鳴り響く。
四肢で地面を押し込んだ瞬間、巨体が信じられない速度で回転した。
超量とも言える金属の塊はずなのに、速度が落ちることはない。
四足の利点を最大限利用した踏ん張りと、彼の剛腕があってこその力技だ。
それでいて狙いも精密。
斬線が全て、セリエスの首・肩・鳩尾・膝にピッタリと外さない。
「ぉおッ──!」
それに対し、セリエスは飛ぶ。
足裏に魔力を走らせ、反動を爆発させて地を離れる。
肩をかすめた風圧だけでスーツの袖が裂け、白いシャツが覗く。
だが、それでも──
斜めに跳び、空中で身をひねり、背中を丸めて刃の表面を滑らせ、寸止めで最小限だけ距離を取る。
「がははッ! 上手く避けるな!!」
グラヴォーンは笑う。
狩りを楽しむ重く太い笑いで。
自らが敗北するとは微塵も考えていないが故の悦楽。
「だァが──」
セリエスの背筋に悪寒が走る。
「──ッ!?」
「飛びすぎだッ!!」
気づいた時には、既に遅い。
一撃を避けた勢いそのまま高く跳ばされた軌道。
先ほどまでのグラヴォーンの攻撃は、本命ではなかった。
大斧が一瞬で“逆手”に持ち替えられた。
常識的に言えば無茶だ。
あの質量を、あの遠心力で振り切って、そこから一拍で逆方向に回すなんて、普通に考えれば腕がちぎれる。
だが、グラヴォーンは平然とやってのけた。
四本脚全てで地面を蹴り、腰そのものを軸にして、巨斧をありえない角度から振り上げ直す。
彼だからこそ出来る芸当──
狙いは、空中のセリエスの死角。
彼の“視界の外側”──つまり、避け終わったと思った位置に最短で刃が走る。
セリエスに迫る、不可避の一撃は──しかし。
「──っ……!」
「なんとッ!?」
グラヴォーンの目が、初めて驚きに見開かれた。
セリエスは空中で身を捻り、斧の平たい側面に掌を貼りつけるようにして掴む。
常識的に言えば、掴んだ瞬間に片腕ごと吹っ飛ぶはずの衝撃。
彼はそれを、手のひらに展開した魔力で流すように逸らしたのだ。
そして、そのまま斧の軌道を“足場”にした。
セリエスは掴んだ斧を支点に、自分の身体をさらに一回転。
「ぐっ!!」
空中で逆さまになったセリエスと目が合う。至近距離。
その瞬間、セリエスの左手がグラヴォーンの顔面に突きつけられた。
「燃えろ」
低い呟きと同時に、魔術が重なる。
火属性と地属性──二つの系統が重なる混合魔術。
「『紅蓮岩弾』」
空気が粘る音と同時に、セリエスの上半身サイズはある岩塊が、二人の間に生成された。
赤黒く脈打つ岩。内側から火が滲んでいる。
ほぼゼロ距離から放たれたソレが、グラヴォーンの顔面に直撃する。
「ぐぉッ──!?」
だが、当然それだけではない。
「──爆ぜろ」
握った手が合図になる。
岩塊が、内側から破裂した。
──轟音。
夜の海を割るような爆圧が、至近距離で炸裂した。
オレンジの閃光がグラヴォーンの顔面から半円状に開き、熱が一瞬で海霧を蒸発させる。
砂利と血と破片が、雨のように飛び散った。




