21-狡猾なる精霊
「お姉ちゃん、こっちこっち!」
「ま、まってっ」
太陽が真上へ上がるまでもう少しの、晴れやかな空の下。
少女に手を引かれる女性は、元気あふれる少女についていくのに必死であった。
女性は村長の一人娘であり、畑作業や家事の手伝いもしていて、他の同年代の女の子たちよりは体力には自信があると自負していたのだが、どうやら少女には勝てなかったらしい。
やがて目的の地に着いたのか、少女はやっとその柔らかい手を離した。
女性はというと息も途切れ途切れ、肩で呼吸している。
「はぁ、はぁ……本当に元気だね」
「えへへ、そう?」
屈託ない笑みを浮かべる少女からは疲れがまったく見えない。
私も昔はここまで元気はつらつとしていたのだろうか。
女性は昔を思い出すが、ふと気付いたことがある。この場所だ。
ここは村のハズレの倉庫の裏。
用がなければまったく人がこない、村の中心からは影で見えないような場所だ。
少女は自分をこんなところに連れてきて、何の遊びをするのだろう。
女性は初めて不審を覚えるが、すでに遅かった。
「ねぇ、何をして遊ぶの?」
女性が少し膝を曲げて少女に目線を合わせるように聞く。
自分の身長は155cmと平均的だが、この幼い少女は140cmほど。
にこにこと笑顔を絶やさない少女。
「お姉ちゃん、綺麗だね!」
と、返ってきたのは予想外の言葉だった。
遊ぶことを聞いたのに、自分を褒めてくるとは。
確かに女性の容姿は綺麗、といっても過言ではない。
栗色の長い髪をサイドテールにまとめ、瞳もぱっちりと大きくまつげも整っている。
十五歳となった身体は村の娘にしては肉つきもよく、今は麻でできた色の薄い服とスカートを着ているが、街へ出て少しでもオシャレに気を使えば道行く男の何人かは振り返るだろう。
しかし褒められることに慣れていなく、不意をつかれるような出来事に女性は動揺してしまった。
「へっ? あ、う、うん。ありがとう。で、何して遊ぶの?」
声が上ずるが気にしてはいけない。女性は話題を逸らすように少女へ再度聞く。
「へへ、主も喜びそうかも……」
だが少女の耳にはまるで届いていないようであった。何やらぶつぶつと小さな声で呟いており、顔を覗きこめば少女らしからぬ狡猾そうな笑みを浮かべている。
女性は何が何なのかわけがわからなくなってしまった。この子は私と遊びたいのではないのか?
「あっ、お姉ちゃん!」
すると少女は突然何かに気づいたかのように顔を上げ、女性を呼んだ。
その小さな指をピンと立てながら。
「お姉ちゃん、この指を見て?」
「う、うん……?」
女性は少女の行動についてはいけず、混乱していたため警戒もなくそれに従ってしまった。
その瞬間であった。
「んっ! ぅ、んぐっ!」
背後から大きな力で抑えられる。
視線を下に向ければ大きな腕が腹部辺りでまわされ、己の両腕を動かぬようにと力強く抑えている。
そして口には何かを押し付けられている。
まずいと女性は思ったが、息が苦しくそれを吸ってしまった。
自分の力では逃れることもできない。
助けの声を上げることも、気付かれることもない。
女性はやがて意識が遠のいていくのを感じた。
その最後、少女の方を見た。
少女は変わらぬ笑顔でこちらを見続けたままであった。
〜〜〜
「へへ、作戦成功だね、主!」
ふぅ、何とかなったか。
俺は無事に眠った村長の娘を地面へ優しく降ろし、一息つく。
押し付けていたプッカの葉のあまりも麻袋へしまい、地面へ落ちた分は土をかけてまきながら隠した。
「おう、完璧だったぞ、エンリ」
とてとてと近づいてきた少女の頭を撫でる。
先ほどまでとは違い、本当の満面の笑みを浮かべた。
俺は途中から見ていたが、エンリの演技には舌を巻いた。やはりドッペルゲンガー、ということだろう。
「……えへへ」
この二年間、事あるごとに褒めたり頭を撫でたりしてあげているのだが、エンリは変わらずとても嬉しそうな反応をする。
仕事を終えた労いなのに、そんな姿を見せられてしまうと何もなくとも撫でてしまいそうになった。
作戦はこうだった。
まずはエンリが妹の姿へと化けて油断させ、村長の娘を人気のないところへ誘い込む。
警戒もしていない、娘が良さげな体勢に入ったところで俺がプッカの葉で眠らせる。
これだけだ。
村長に娘か息子がいなければまた別の作戦をとっていたが、どうやらそれはせずに済みそうである。
「さて、じゃあエンリ、頼む」
「ほーい」
間の抜けた声で返事をすると、エンリは俺から少し離れ、くるりとターンした。
果てしなく意味のない行動であるが、エンリの気分の問題である。
次にそこに立っていたのは……横で地面で眠っている村長の娘だった。
俺は少し胸からスッと何かが、空気の拔けるような感覚がした。
「ん……あ、ライクさん、でしたよね。こんにちは。私はサナって言います。歳は十五歳……ふふ、同い年ですね」
「あ、ど、どうも」
笑顔で挨拶をする女性、名前はサナと言うらしい。
見た目や言動、全てが村長の家で少し話したサナそのものであるが……俺の歳を知っていること、そして羽織っているボロマントがその正体は別だと示している。
しかしどう見てもサナという女性にしか見えないので、俺は変に挨拶を返してしまった。
途端、表情を崩して笑うサナ。
「ぷっ、主……」
「し、仕方ないだろう?」
サナ……いや、エンリに笑われてしまい、恥ずかしくなって言い返す。
本当に仕方ない。仕草から顔にあったほくろ、声の抑揚の付け方まで全てがサナという人間に完璧に模倣しているからだ。
動揺してしまうのも無理はないだろう。
そう、このエンリの模倣は記憶までも全てを模倣する方だ。
言ってしまえばこの姿で村長の家へと戻らせ、様子を見計らって金品を奪ってきてもらう作戦である。
「主、少し魔力が抜けなかった?」
「あ、あぁ」
サナの顔、声で話すが口調はエンリだ。
今度はあまり違和感もなく返せたと思う。
「やっぱり、ごめんね。ちょっとこの女の身長がアタシより高くてさ、その分少し魔力を使っちゃった」
エンリの模倣には俺の魔力のせいで制限がある。そのうちの一つ、大きさだ。
元の自分よりも大きな者へ化けようとするとその分魔力を使う。さっきの感覚は魔力を消費したということだ。
「別に問題ないぞ。減った分は眠ればまた元通り回復するんだろ?」
「うん」
エンリの存在を保つために俺は魔力を消費し続けているが、同時に魔力も回復しているため変わらない。
だが新たに別で魔力を消費した場合は、存在を保つ量と回復量が同じで減った分は回復しないままだ。
しかし魔力は眠っている間は大きく回復するようで、その時に元の魔力の量へと戻る。
けっこうな把握能力が必要になりそうだが、こんな機会はあまりないだろう。
それに俺の魔力も増えていっているとエンリに聞いた。なのであまり気にしないことにしている。
「じゃあ大丈夫だ。後は頼んだぞ、エンリ!」
エンリに残りのプッカ葉が入った袋を渡す。
後は全てがエンリ任せとなるのだが、村の人達を傷つけないような策は他には思いつかなかった。
俺はエンリの化けたサナを隠し、人にバレないよう見張っていることしかできない。
「うん! ……と、その前に」
しかしエンリは二つ返事で答えてくれた。
俺は今まで強制命令という、絶対服従の契約によるエンリへの命令はしたことがない。
けれども快く引き受けてくれるエンリ。
感謝もしきれないだろう。
これは後でたっぷりと褒めて、何かご褒美でもやらないとな。
と、俺がエンリから意識をそらして考えていると、目の前にいつの間にかサナがいた。
「あの……ライクさん。私、貴方のことが好きです!」
「へ?」
「一目惚れ、しちゃいました……あの、付き合ってくれませんか……?」
まてまてまてまて。
落ち着け俺。落ち着いている、落ち着いているぞ俺はだって相手はエンリだと頭ではわかっているからだ。
こんな可愛い子がこんな強面山賊野郎に一目惚れするなんてあり得ない、あり得たら多分明日俺は死ぬ。
しかし頭ではわかっていても長年の童貞生活により免疫力のない俺は、そのまま抱きついてエンリにはない豊かな胸を押し付けてくるサナに心臓がバクバクだ。
感じたことのない柔らかな感触。
身長差で視線を下げ顔を見れば、潤んだ瞳で上目遣いでこちらを見つめている。
頬も紅く染まっており、完全にこちらの答えを待っている乙女といった表情だ。
「私、もう結婚が決まっているんです……向かいのロックさんと。でも、その前に……私の初めてを……」
何度も言うが免疫力のない俺にはとてつもない破壊力だ。サナしか知らないようなことを言われ、頭からはすっかりこのサナがエンリであるということが抜けている。
声にならない声で何か、何かと返そうとするがまるで声が出ない。
胸に抱き着いているので俺の胸の鼓動の早さも相手にはまるわかりだろう。
……しばらくそう固まっていると。
サナは、俺から離れて腹を抱えて大笑いした。
「あっはは! 主、本当に慣れてないんだね! ぷっ、面白い……!」
その姿を見て、ようやくまた相手がエンリだと認識する。
と同時にちっぽけな男のプライドから恥ずかしさがこみ上げてきた。
「お前、お前なぁ!」
「ら、ライクさん……?」
俺は他の村人にバレないような声量でエンリに言うが、またもやサナの演技に戻られ俺は固まってしまう。
悲しきかな。
しかしこのまま終わっていいわけがない。
なぜか? 男のプライドである。
俺は何とか頭から捻り出し、考える。
よし!
思い浮かんだがすぐ行動、ぽん、とサナの頭に手を置き、優しげな声で話す。
「エンリ、俺はお前のことを本当に大切だと思っている。だから、初めての時は本当のお前としたい。からかうのもいいが、ほどほどにしてくれ、な?」
ぽんぽんと頭を優しく叩く。
すると今度はサナに化けたエンリの顔がボッと真っ赤染まった。
「あっ、あ、ある、主!? え、あ、う、うぅ〜! もう! 行ってくる!」
耐えきれなくなったのか、ボロマントを押し付け逃げるように走り出していったエンリ。
ははは、どうやら仕返しはできたようだ。
えらいことを口走ったような気もするが俺の心もすっきりしている。
模倣のプロもまだまだだな。
そんなことを思いながら、俺はエンリの帰りを待つのであった。




