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第7話 誰かを特別に思うということ

 大学祭まで、あと一か月。

 星ヶ丘大学のキャンパスは、以前とは比べ物にならないほど慌ただしくなっていた。

 校門には大きな看板が設置され、中央広場にはステージの骨組みが作られている。

 各学部の教室には、出し物の準備をする学生たち。

 廊下には大量の段ボール。

 大学全体が、大学祭に向かって動いていた。


「……すごいな」


 俺は中央広場を見ながら呟いた。


「だろ?」


 隣で颯太が胸を張る。


「俺たちの大学祭は本気なんだよ」

「お前は何もしてないだろ」

「これからする!」

「いつもそれだな」


 直人が呆れる。


「今年は俺もちゃんとやるって!」

「去年も聞いた」

「今年こそ!」


 そんな二人を見て、俺は笑った。


「藤堂」


 後ろから声がする。


「はい?」


 瀬戸先輩だった。


「ちょっと手伝ってくれ」

「何をですか?」

「あそこの機材を運びたい」

「分かりました」


 俺と瀬戸先輩は機材のところへ向かう。


「重いぞ」

「大丈夫です」

「無理するなよ」

「はい」


 二人で持ち上げる。


「よし、行くぞ」

「はい」


 しばらく運んでいると、瀬戸先輩が口を開いた。


「藤堂って、体力あるよな」

「普通ですよ」

「そうか?」

「はい」

「運動部入ったらいいのに」

「向いてないと思います」

「そうか?」


 瀬戸先輩が笑う。


「お前、結構周り見てるからスポーツ向いてると思うけどな」

「……そうですか」

「まあ、大学生活なんて好きなことやればいい」

「そうですね」


 瀬戸先輩は爽やかに笑った。


「じゃあ、これからも頼むぞ」

「はい」


 午後。

 大学祭のクイズ大会のリハーサル。


「では、実際に本番と同じ流れでやってみます」


 司会の学生がマイクを持つ。


「参加者は藤堂君、桜井さん、橘さん、天野さん、星野さん」

「はい!」


 心春が元気よく返事。


「よろしくお願いします~」


 花音も笑う。


「よろしく」


 莉奈。


「……よろしくお願いします」


 凛。


 そして俺。


「では第一問!」


 問題が表示される。


『星ヶ丘大学のシンボルとして正しいものは?』


 選択肢が四つ。


「簡単じゃん!」


 莉奈がすぐに答える。


「A!」

「正解です!」

「やった!」


 莉奈が嬉しそうに拳を握る。


「第二問!」


 今度は難しい問題。

 全員が考える。


「……」


 心春が悩んでいる。


「晃先輩」

「ん?」

「これ、分かります?」

「たぶん」

「教えてください!」

「本番だったら教えない」

「今は練習ですよ?」

「練習でも駄目」

「え~!」


 心春が頬を膨らませる。

 その様子を見て、莉奈が笑う。


「心春ちゃん、藤堂くんに甘えすぎ」

「そうですか?」

「うん」

「じゃあ、莉奈先輩も甘えてみたらいいじゃないですか」

「……え?」


 莉奈が固まる。


「私は別に……」

「ふふ」


 花音が笑う。


「桜井さん、顔赤いですよ~」

「赤くない!」


 凛が小さく呟く。


「……赤いです」

「星野さんまで!?」


 会場に笑い声が広がった。

 俺も笑ってしまう。

 こういう時間は楽しい。

 本当に。


 リハーサル終了後。


「藤堂くん」


 莉奈が呼び止めた。


「何?」

「ちょっと付き合ってほしいんだけど」

「どこに?」

「大学祭の備品、見に行きたい」

「一人で行けない?」

「行けるけど」

「けど?」

「……一緒に行きたい」

「分かった」


 俺たちは備品倉庫へ向かった。

 廊下を並んで歩く。


「ねえ」

「ん?」

「藤堂くんってさ」

「うん」

「最近、誰かと仲良くなったよね」

「そうか?」

「うん」


 莉奈は少し考える。


「特に、心春ちゃんと凛ちゃん」

「後輩だからな」

「それだけ?」

「それ以外に何がある?」

「……」


 莉奈が黙る。


「どうした?」

「ううん」


 しばらく歩く。


「藤堂くん」

「ん?」

「好きな人って、本当にいないの?」

「……」

「この前も聞いただろ」

「もう一回聞きたい」

「いないよ」

「じゃあ、好きになったことは?」

「……」


 少し考える。


「ない」

「本当に?」

「ああ」


 莉奈は足を止める。


「……じゃあ」

「?」

「もし、好きって言われたら?」

「どうするか?」

「うん」

「相手によるんじゃないか?」

「……」


 莉奈は少しだけ笑った。


「そっか」

「何?」

「なんでもない」

「最近それ多くないか?」

「だって!」


 莉奈が顔を赤くする。


「藤堂くん、鈍いんだもん!」

「何が?」

「……もういい!」


 莉奈は先に歩いていく。


「待てよ」

「待たない!」


 その背中を追う。

 何故か。

 胸が少しだけ騒がしかった。


 倉庫。

 必要な備品を確認する。


「これと、これ」


 莉奈がリストを確認する。


「あとこれ」

「分かった」


 二人で段ボールを運ぶ。

 すると。


「藤堂くん」

「ん?」

「ありがとう」

「何が?」

「最近、いろいろ手伝ってくれて」

「別に」

「でも」


 莉奈が俺を見る。


「私は嬉しいよ」

「……」

「藤堂くんと一緒にいる時間」

「……そうか」

「うん」


 莉奈は少し笑った。


「だから」

「?」

「もっと一緒にいたいなって思う」

「……」


 何故だろう。

 その言葉が。

 妙に心に残った。


 夕方。

 俺が教室へ戻ると。


「晃先輩!」


 心春がいた。


「天野?」

「はい!」

「何してるんだ?」

「先輩を待ってました」

「俺を?」

「はい」

「どうして?」

「一緒に帰ろうと思って」

「……」

「駄目ですか?」

「いや」


 俺は少し考える。


「いいよ」

「本当ですか?」

「ああ」

「やった!」


 心春が嬉しそうに笑う。


「じゃあ行きましょう!」


 教室を出る。


「先輩」

「ん?」

「今日、桜井先輩と一緒でしたよね」

「ああ」

「楽しかったですか?」

「まあ」

「……」

「どうした?」

「ちょっとだけ悔しいです」

「何が?」

「私も先輩ともっと一緒にいたいので」

「……」


 まただ。

 心春はこういうことを平気で言う。


「天野」

「はい?」

「そういうこと、誰にでも言ってるのか?」

「言いません」

「……そうか」

「先輩だから言ってます」

「……」


 胸が少しだけ熱くなる。

 俺は視線を逸らした。


「先輩、照れてます?」

「照れてない」

「ふふ」


 心春が笑う。


「可愛いですね」

「俺は男だぞ」

「知ってます」

「……」


 完全にからかわれている。


 翌日。

 大学祭準備の合間。

 俺は図書館にいた。

 資料を探していると。


「藤堂先輩」

「星野?」


 凛が本を持って立っていた。


「ここにいたんですね」

「資料探し」

「そうですか」

「星野は?」

「勉強です」

「真面目だな」

「普通です」


 凛は隣の席に座る。


「……」

「……」


 静かな時間。

 不思議と居心地がいい。


「先輩」

「ん?」

「昨日、天野さんと帰ってましたね」

「そうだな」

「その前は桜井さんと二人でした」

「ああ」

「……」


 凛は本を閉じた。


「先輩は、誰かと一緒にいるのが好きになったんですか?」

「……」


 俺は少し考える。


「分からない」

「そうですか」

「でも」

「はい」

「前よりは、嫌じゃなくなった」

「……」


 凛は小さく笑った。


「それなら、よかったです」

「どうして?」

「先輩が一人でいるより」

「うん」

「誰かと笑っているほうが、私は好きです」

「……」


 凛はそれだけ言って、本を開いた。

 俺は何も言えなかった。


 夜。

 帰宅してから。

 俺はベッドに横になり、天井を見ていた。

 最近。

 少し変だ。


 莉奈。

 花音。

 葵先輩。

 結衣先輩。

 心春。

 凛。


 六人と話す時間が増えた。

 最初はただの大学の知り合いだった。

 それなのに。

 今では。

 誰かと話せない日があると少し物足りなく感じる。


「……」


 俺はスマホを見る。


 メッセージが届いている。


【桜井莉奈】

『今日はありがとう!』


【橘花音】

『明日の大学祭準備、頑張りましょうね~』


【天野心春】

『晃先輩、おやすみなさい!』


【星野凛】

『今日はありがとうございました』


 そして。


【白石結衣】

『明日の資料、確認しておいてね』


【小鳥遊葵】

『明日、少し早く来て』


「……」


 俺はスマホを置く。

 そして。

 小さく呟いた。


「……俺、誰かのことを特別に思い始めてるのか?」


 答えは。

 まだ分からなかった。

 ただ。

 今までとは違う感情が。

 少しずつ胸の中に芽生えていることだけは。

 なんとなく分かっていた。


 翌朝。

 大学祭準備の集合場所。

 六人のヒロインが揃っていた。


「おはようございます!」


 心春。


「おはようございます~」


 花音。


「おはよう」


 莉奈。


「おはようございます」


 凛。


「おはよう」


 結衣先輩。


「おはよう」


 葵先輩。


 全員が俺を見る。


「……おはよう」


 俺も返す。

 その瞬間。

 颯太が俺の肩を叩いた。


「なあ、晃」

「何?」

「お前さ」

「うん」

「そろそろ気づいたほうがいいぞ」

「何に?」


 颯太は呆れたように笑った。


「……いや、まだいいか」

「?」

「そのうち分かるって」


 俺は首を傾げる。

 そして。

 今日もまた。

 俺たちの大学生活が始まった。

 大学祭まで、あと一か月。

 この頃の俺はまだ知らなかった。

 この六人との時間が。

 ただの「楽しい大学生活」では終わらないことを。


 そして。


 その中の誰か一人を。


 俺が本気で好きになる日が来ることを――。

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