第6話 後輩二人と、はじめての休日
大学祭まで、あと一か月半。
実行委員会の活動は、いよいよ本格的になっていた。
朝から校内には学生たちの声が響いている。
ステージ設営。
模擬店の配置。
各学部の出し物。
パンフレット。
広報。
やることは山ほどある。
「……多すぎないか?」
俺は机の上に積まれた資料を見ながら呟いた。
「そう?」
隣に座っている白石先輩が首を傾げる。
「去年より多いですよ」
「今年は参加団体が増えたからね」
「なるほど」
「でも、藤堂くんがいてくれて助かってるよ」
「俺は資料整理してるだけですけど」
「その資料整理が大事なの」
「そうですか」
「うん」
先輩が笑う。
その笑顔を見ていると、なんとなく頑張ろうと思えてくる。
「藤堂先輩!」
後ろから声がした。
「ん?」
振り返る。
心春が立っていた。
「これ、どこに持っていけばいいですか?」
「それなら――」
「私が持っていきます」
横から凛が言った。
「星野?」
「先輩はまだ資料が残っているので」
「いや、俺が――」
「藤堂先輩」
凛が真っ直ぐ俺を見る。
「頼ってください」
「……」
その言葉に、俺は一瞬黙った。
「分かった」
「はい」
凛が資料を受け取る。
心春も慌てて、
「じゃあ私も手伝います!」
「天野さん」
「はい?」
「一緒に行きましょう」
「……はい!」
二人が資料を持って出ていく。
俺はその背中を見送った。
「ふふ」
白石先輩が笑う。
「何ですか?」
「頼もしい後輩ができたね」
「そうですね」
「藤堂くんも、少しずつ頼るようになったね」
「……そうかもしれません」
自分でも気づいていた。
昔なら。全部、自分でやろうとしていた。
誰かに頼ることなんて、考えなかった。
でも最近は。少しくらいなら、誰かに任せてもいい。
そう思えるようになってきた。
昼休み。
「今日は外で食べようよ!」
莉奈が提案した。
「外?」
「うん。天気いいし!」
大学中央広場。
芝生の上にベンチが並んでいる。
俺たちはそこで昼食を取ることになった。
「藤堂くん、これ」
莉奈が袋を渡してくる。
「何?」
「飲み物」
「俺の?」
「うん」
「なんで?」
「昨日のお礼」
「昨日何かしたっけ?」
「企画書手伝ってくれたじゃん」
「それくらい別に――」
「いいから!」
「……ありがとう」
「どういたしまして!」
莉奈が嬉しそうに笑う。
すると。
「晃先輩!」
心春がこちらを見る。
「はい?」
「私にも何か言ってください!」
「何を?」
「……なんでもないです!」
心春が頬を膨らませる。
隣で凛が小さく笑った。
「星野、笑った?」
「……笑ってません」
「いや、今笑っただろ」
「気のせいです」
「そうか」
凛はそっぽを向いた。
「ふふ」
花音が楽しそうに笑う。
「最近、みんな仲良しですね~」
「そうだな」
直人が答える。
「大学祭の準備を一緒にやってるからだろう」
「それにしても人数多いけどな」
颯太が言う。
「俺たち、もうほとんど固定メンバーだよな」
「そうかも」
莉奈が周囲を見る。
俺。
颯太。
直人。
莉奈。
花音。
心春。
凛。
そして少し離れたところには、葵先輩と結衣先輩。
いつの間にか。こんなに一緒にいる人が増えていた。
午後。
大学祭のステージ企画について話し合っていると。
「藤堂」
葵先輩が資料を差し出してきた。
「これ、見て」
「はい」
そこにはステージ企画の一覧が書かれている。
「この中で、一つだけ出演者が足りない企画があるの」
「どれですか?」
「学生参加型のクイズ大会」
「人数が足りない?」
「ええ」
「じゃあ、実行委員から出せばいいんじゃないですか?」
「それがね」
葵先輩が少し困った顔をする。
「みんな嫌がってるの」
「……」
「人前に出るのが苦手なんですって」
「なるほど」
「だから、誰か出てくれると助かるんだけど」
俺は資料を見る。
「……俺、出ましょうか?」
「本当に?」
「別に、人前に立つくらいなら」
「そう」
葵先輩が頷く。
すると。
「私も出ます!」
心春が手を上げた。
「天野?」
「はい!」
「大丈夫か?」
「大丈夫です!」
心春は元気よく答える。
「先輩と一緒なら!」
「……」
その言葉に、莉奈が反応する。
「じゃあ私も!」
「桜井?」
「私、こういうの得意だし!」
「そうだったな」
「でしょ?」
花音も手を上げる。
「じゃあ、私も出ます~」
「花音まで?」
「楽しそうですから~」
凛は黙っている。
「星野は?」
「……」
「出る?」
「先輩が出るなら」
「そうか」
こうして。まさかの五人が参加することになった。
「藤堂」
颯太が肩を叩く。
「お前さ」
「何?」
「クイズ大会なのに、なんでこんなことになってんの?」
「俺にも分からない」
「だよな」
数日後。
クイズ大会の打ち合わせ。
「では、実際に問題を確認してみましょう」
司会担当の学生が問題文を読み上げる。
「第一問。星ヶ丘大学の創立年は?」
「はい!」
心春が勢いよく手を上げる。
「天野さん」
「分かります!」
「どうぞ」
「……」
心春が固まる。
「何年ですか?」
「知らないのかよ」
俺が突っ込む。
「晃先輩、答え教えてください!」
「本番で教えるわけないだろ」
「ですよね~」
心春が笑う。
「じゃあ次!」
問題が続く。
「第二問。星ヶ丘大学の中で一番広い建物は?」
「藤堂くん!」
莉奈が俺を見る。
「知らない」
「私も!」
「じゃあ何で俺を見るんだ」
「なんとなく!」
「……」
花音が笑う。
「藤堂くんって、何でも知ってそうですもんね~」
「そんなことない」
「じゃあ私が問題出しますね」
「何?」
「藤堂くんの好きな食べ物は?」
「……」
「え?」
俺が黙ったので、花音が首を傾げる。
「知らないんですか?」
「自分のことだろ」
「じゃあ答えてください~」
「普通にカレー」
「カレー!」
心春が反応する。
「私も好きです!」
「俺も!」
颯太が手を上げる。
「聞いてない」
「ひどい!」
みんなが笑う。
俺も笑った。
その瞬間。
少し離れたところで凛がこちらを見ていた。
「……」
凛は何も言わない。
ただ。
ほんの少しだけ口元が緩んでいた。
打ち合わせが終わった。
「藤堂先輩」
心春が呼び止める。
「どうした?」
「明日、暇ですか?」
「明日?」
「はい」
「特に予定はないけど」
「じゃあ――」
「私も明日、空いてます」
凛が突然言った。
「……」
心春が凛を見る。
「星野さん?」
「何ですか?」
「私が先に聞いたんですけど」
「そうですね」
「じゃあ――」
「二人とも」
俺が止める。
「明日は大学祭の準備、ないぞ?」
「「……」」
「だから休め」
「……はい」
「分かりました」
二人が同時に答える。
その光景を見ていた莉奈が吹き出した。
「何?」
「いや」
莉奈は笑いながら言う。
「藤堂くんって、本当に鈍いね」
「何が?」
「なんでもない!」
翌日。
久しぶりに何も予定のない休日。
俺は昼過ぎまで寝ていた。
大学に入ってから、こんなにゆっくりするのは久しぶりだった。
スマホを見る。
メッセージが来ている。
【桜井莉奈】
『今日暇?』
【橘花音】
『藤堂くん、今日は何してますか~?』
【天野心春】
『晃先輩! 起きてますか?』
【星野凛】
『今日は休みですね』
「……」
どうして休日なのにこんなに連絡が来るんだ。
俺は少し考えて。
返信する。
『今起きた』
すると。
【天野心春】
『えっ!?』
【桜井莉奈】
『今!?』
【橘花音】
『お昼ですよ~』
【星野凛】
『藤堂先輩らしいですね』
「……」
何だか少し面白い。
俺はベッドから起き上がった。
そのとき。
チャイムが鳴った。
「?」
宅配便かと思い、玄関へ向かう。
扉を開ける。
「こんにちは!」
「……」
心春が立っていた。
「……天野?」
「はい!」
「何してるんだ?」
「近くまで来たので!」
「近く?」
「はい!」
「俺の家の近く?」
「……はい!」
「……」
少し怪しい。
「それで?」
「晃先輩、お昼ご飯食べました?」
「まだ」
「じゃあ、一緒に食べませんか?」
「……」
俺は少し考えた。
「まあ、いいけど」
「やった!」
心春が嬉しそうに笑う。
その瞬間。
「藤堂くん?」
別の声。
振り返る。
「桜井?」
莉奈が立っていた。
「え?」
さらに。
「藤堂くん~」
花音。
「……藤堂先輩」
凛。
「……」
四人。
俺の家の前。
「……何で?」
四人が顔を見合わせる。
そして。
「偶然!」
四人同時に答えた。
「絶対嘘だろ」
「本当です!」
「本当だよ!」
「本当ですよ~」
「……そうです」
俺は頭を抱えた。
休日なのに。
静かに過ごす予定だったのに。
「晃先輩!」
「藤堂くん!」
「藤堂くん~!」
「先輩」
四人の声が重なる。
俺は思った。
――やっぱり。
俺の大学生活は。
少し騒がしすぎる。
結局。
俺たちは近所のファミレスへ行くことになった。
「藤堂くん、何食べる?」
「俺は――」
「これおすすめですよ!」
「心春、勝手に決めるな」
「じゃあ先輩は何にします?」
「カレー」
「やっぱり!」
心春が嬉しそうに笑う。
「私もカレーにします!」
「なんで?」
「先輩と同じもの食べたいので!」
「……」
莉奈がじっと心春を見る。
「心春ちゃん」
「はい?」
「それ、結構大胆だよ?」
「そうですか?」
「うん」
「でも本当のことなので!」
「……」
莉奈が少しだけ黙る。
「私もカレーにしようかな」
「桜井まで?」
「いいじゃん!」
花音が笑う。
「じゃあ私もカレーにします~」
「お前ら……」
凛がメニューを見ながら呟く。
「……私も」
「星野まで!?」
五人全員カレーになった。
俺は思わず笑ってしまう。
「……何?」
莉奈が聞く。
「いや」
「何?」
「こんなことで張り合うんだなと思って」
「張り合ってない!」
莉奈が顔を赤くする。
「そうです!」
心春も頷く。
「ただ同じものが食べたいだけです!」
「私も~」
花音も続く。
凛だけは。
「……別に」
そう言って目を逸らした。
俺は笑った。
その瞬間。四人が俺を見る。
「……?」
「藤堂くん」
「何?」
莉奈が少し嬉しそうに笑った。
「最近、よく笑うようになったね」
「……」
心春も頷く。
「私もそう思います」
「そうですか?」
「はい」
凛も小さく頷いた。
「私も」
花音が微笑む。
「いいことですね~」
俺は少し照れくさくなって、視線を逸らした。
昔は。
こんなふうに誰かと笑うことなんて、ほとんどなかった。
でも今は。笑っている。
自然に。
無理をせず。
誰かと一緒に。
それが――。
少しだけ嬉しかった。
夕方。
みんなと別れて、一人で帰る。
スマホを見る。
今日撮った大学祭の資料の写真。
そして。
みんなから届いたメッセージ。
俺はそれを眺めながら歩く。
「……悪くないな」
大学生活。
人との関係。
騒がしい毎日。
昔の俺なら。
こんな生活を避けていたかもしれない。
でも。今は違う。
もう少しだけ。
この時間を続けていたい。
そんなことを思った。
――そして。
まだ俺は知らなかった。
大学祭までの一か月半。
六人のヒロインとの距離が。
もっと近づいていくことを。
そして。
その中の誰かを。
いつか「特別な人」として意識することになることを。
記念すべき一作目です!!!
大学でのハーレム小説ということでこれからの展開をお楽しみに!!!
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