第5話 休日の大学と、二人っきりの時間
大学祭の準備が始まってから、三週間が経った。
最初は「説明を聞くだけ」のつもりだった。
それが気づけば、実行委員会の仕事を手伝うようになっていた。
そして今日。
土曜日。
本来なら大学は休みだ。
だが、大学祭が近づいていることもあり、実行委員の一部は大学に集まることになっていた。
「……休日まで大学か」
俺は正門をくぐる。
普段なら学生で賑わっているキャンパスも、今日は静かだった。
「藤堂くん!」
聞き慣れた声。
振り返る。
「おはよう!」
桜井莉奈が立っていた。
「おはよう」
「今日早いね」
「桜井もな」
「私は実行委員だから!」
「俺もだよ」
「そうだった!」
莉奈が笑う。
「じゃあ一緒に行こうよ」
「別にいいけど」
「やった」
俺たちは並んで歩き始めた。
「ねえ、藤堂くん」
「ん?」
「今日って、他に誰が来るの?」
「白石先輩と小鳥遊先輩。あと瀬戸先輩も来るはず」
「そっか」
「どうした?」
「ううん」
莉奈は少しだけ黙った。
「……二人でいるの、珍しいなって」
「そうか?」
「うん」
確かに。
普段は颯太や直人がいる。
心春や花音、凛がいることも多い。
こうして莉奈と二人で歩くのは、意外と初めてだった。
「なんか変な感じ」
「桜井が?」
「私じゃなくて!」
莉奈が笑う。
「藤堂くんって、いつも誰かといるじゃん」
「そうか?」
「そうだよ」
「去年はそんなことなかったけどな」
「……去年?」
「大学一年の頃」
「へえ」
莉奈がこちらを見る。
「じゃあ、去年は一人だったの?」
「まあ」
「友達いなかったの?」
「少しはいた」
「少し?」
「ああ」
「じゃあ今は?」
「……」
俺は周囲を見る。
「増えたな」
「ふふ」
莉奈が笑った。
「よかったじゃん」
「何が?」
「友達、増えて」
「……そうだな」
そう言われると。
少しだけ嬉しかった。
実行委員室。
「おはよう」
白石先輩が手を振る。
「おはようございます」
「桜井さんも早いね」
「はい!」
莉奈が元気に返事をする。
「じゃあ、今日の作業を説明するね」
机の上に資料が広げられる。
「今日は各サークルから提出された企画書の確認と、会場レイアウトの調整」
「結構ありますね」
俺が言う。
「うん」
結衣先輩が苦笑する。
「だから、みんなで分担しよう」
「了解です」
「藤堂くんは企画書」
「はい」
「桜井さんはレイアウト」
「分かりました!」
「私は――」
白石先輩が仕事を割り振っていく。
そのとき。
「遅れた」
扉が開く。
「小鳥遊先輩」
「おはよう」
「おはようございます」
「桜井さんもいるのね」
「はい!」
葵先輩は俺を見る。
「藤堂は?」
「企画書です」
「そう」
「何か?」
「別に」
いつものやり取り。
しかし。
莉奈が小さく笑っていた。
「何?」
「ううん」
「何かあるなら言ってくれ」
「藤堂くんって、小鳥遊先輩と仲いいよね」
「そうか?」
「うん」
「仕事の話をしてるだけだろ」
「ふーん」
莉奈が少しだけ頬を膨らませる。
「……?」
俺には、その理由が分からなかった。
午前の作業が終わった。
「お昼どうする?」
莉奈が聞く。
「学食でいいだろ」
「今日は閉まってるよ」
「そうだったな」
休日だから食堂は休み。
「近くにコンビニあるよ」
「じゃあ買ってくるか」
「うん!」
二人で大学の外へ出る。
「何食べようかな~」
莉奈が楽しそうに歩いている。
「桜井はいつも何食べてる?」
「んー……パスタとか?」
「意外と普通だな」
「何だと思ってたの?」
「もっと女子っぽいもの」
「女子っぽいものって何!?」
「知らない」
「もう!」
莉奈が笑う。
コンビニに到着。
「藤堂くんは?」
「俺は弁当」
「じゃあ私も同じのにしようかな」
「真似するな」
「いいじゃん」
買い物を済ませる。
大学に戻る途中。
莉奈が突然立ち止まった。
「ねえ」
「ん?」
「ちょっと寄り道しない?」
「どこに?」
「公園」
大学の近くに、小さな公園がある。
「何で?」
「お昼、そこで食べようよ」
「……まあいいけど」
「やった!」
公園。
ベンチに並んで座る。
「いただきます」
「いただきます」
しばらく黙って食べる。
風が気持ちいい。
桜の花びらが、まだ少しだけ残っている。
「……なんかいいね」
莉奈が呟いた。
「そうだな」
「大学の中だと、いつも誰かいるじゃん」
「ああ」
「こういうのも悪くないね」
「そうだな」
莉奈が弁当を食べながら俺を見る。
「藤堂くん」
「ん?」
「昔のこと、聞いてもいい?」
箸が止まる。
「……昔?」
「うん」
「どうして?」
「この前、星野さんと帰ってたとき」
「……」
「星野さんから聞いた」
「何を?」
「藤堂くんが昔、いじめられてたって」
俺は少し黙った。
「そうか」
「ごめん」
「何が?」
「勝手に聞いちゃって」
「別にいい」
俺は空を見上げる。
「もう昔の話だ」
「……辛くなかった?」
「辛かったよ」
莉奈が黙る。
「でも、終わったことだ」
「そうだけど……」
「今は大丈夫」
「本当に?」
「ああ」
「……」
莉奈は俯く。
「私ね」
「ん?」
「高校のとき、クラスの人気者だったの」
「知ってる」
「大学でもそう見える?」
「ああ」
「そっか」
莉奈が少し笑う。
「でもね」
「うん」
「ずっと、嫌われるのが怖かった」
「……」
「だから、誰にでも明るくしてた」
「そうだったのか」
「うん」
意外だった。
いつも笑っている莉奈。
誰とでも仲良くできる莉奈。
そんな彼女にも、そんな一面がある。
「でも」
莉奈が俺を見る。
「藤堂くんには、無理して笑わなくてもいい気がする」
「……どうして?」
「分かんない」
莉奈は少し考えて。
「藤堂くんって、無理に踏み込んでこないから」
「……」
「だから、一緒にいると楽」
俺は何も言えなかった。
すると莉奈が。
「……今の忘れて!」
「なんで?」
「恥ずかしいから!」
顔を赤くして、そっぽを向く。
「分かった」
「本当に?」
「ああ」
「……ありがと」
少しだけ笑う。
大学へ戻る。
すると。
「あ」
正門前に心春がいた。
「あ! 晃先輩!」
心春がこちらに気づく。
そして。
「……あれ?」
俺の隣に莉奈がいることに気づいた。
「二人で来たんですか?」
「昼を買いに行ってただけ」
「そうなんですね」
心春は笑った。
だが。
どこか少しだけ、寂しそうだった。
「心春はどうした?」
「忘れ物を取りに来ただけです」
「そうか」
「……」
「?」
「晃先輩」
「ん?」
「明日、暇ですか?」
「明日?」
「はい」
「特に予定はないけど」
「じゃあ――」
「藤堂」
後ろから声。
凛だった。
「星野?」
「明日の大学祭準備ですが」
「明日もあるのか?」
「はい」
凛が資料を見せる。
「これです」
「ああ……」
俺は資料を見る。
「明日、朝からか」
「そうです」
「分かった」
心春が少しだけ頬を膨らませた。
「……先輩」
「ん?」
「明日の予定、空いてるって言いましたよね?」
「ああ」
「じゃあ、私と――」
「天野」
凛が口を挟んだ。
「?」
「明日の作業、一緒ですよ」
「……」
心春と凛。
二人が見つめ合う。
何故か。
少しだけ空気が変わった。
「……二人とも?」
「はい!」
「何でもありません」
心春は笑顔。
凛は無表情。
俺にはよく分からない。
ただ。
隣にいた莉奈が、面白そうに二人を見ていた。
「藤堂くん」
「何?」
「大変だね」
「何が?」
「……なんでもない」
またそれか。
夕方。
作業を終え、俺は一人で帰ろうとしていた。
「藤堂」
葵先輩が呼び止める。
「はい?」
「今日、桜井と一緒だったでしょう」
「……見てたんですか?」
「偶然」
「そうですか」
「楽しそうだったわね」
「まあ」
「そう」
葵先輩は少しだけ黙る。
「あなた」
「はい?」
「最近、よく笑うようになった」
「……俺が?」
「ええ」
「そうですか?
「そうよ」
「自覚ないです」
「そうでしょうね」
葵先輩は小さく笑った。
「でも、悪い変化じゃない」
「……」
「そのままでいいと思う」
「ありがとうございます」
葵先輩はそれだけ言うと、先に歩いていった。
俺はその背中を見送る。
――笑うようになった。
そんなこと。
考えたこともなかった。
大学に入った頃。
俺はただ、目立たずに過ごしたかった。
誰とも深く関わらず。卒業まで静かに過ごせればいい。それで十分だった。
なのに。
今は。
誰かと話すのが楽しい。
誰かに頼られることも嫌じゃない。
誰かと一緒に帰ることも。
悪くないと思っている。
「……変わったな」
自分でも分かる。
でも。
その変化が嫌じゃなかった。
翌日。
大学祭準備の日。
「晃先輩!」
「藤堂先輩」
正門前。
心春と凛が並んで立っていた。
「おはようございます!」
「おはようございます」
「二人とも早いな」
「先輩と一緒に作業したかったので!」
「……そうか」
心春が笑う。
凛は静かに俺を見る。
「先輩」
「ん?」
「今日もよろしくお願いします」
「ああ」
三人で歩き始める。
少し後ろから。
「……」
莉奈がその姿を見ていた。
さらにその隣には、花音。
「桜井さん?」
「ん?」
「どうしました?」
「……ううん」
莉奈は笑った。
「なんでもない」
でも。
その笑顔は。いつもの笑顔とは少しだけ違っていた。
自分でもまだ気づいていない。
胸の奥に芽生え始めた感情。それが何なのか。まだ誰にも分からない。
ただ一つだけ。
確かなことがある。
俺の大学生活は。
少しずつ。
ただの「日常」ではなくなり始めていた。
記念すべき一作目です!!!
大学でのハーレム小説ということでこれからの展開をお楽しみに!!!
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