第4話 近づいてくる人、離れていく人
大学祭まで、あと二か月。
星ヶ丘大学は、少しずつ慌ただしくなっていた。
校内のあちこちにポスターが貼られ、各サークルが出し物の準備を始めている。
実行委員会の活動も本格的になった。
そして――。
「藤堂くん、これお願いできる?」
「分かりました」
「ありがとう」
白石先輩から資料を受け取る。
「藤堂」
今度は小鳥遊先輩。
「このアンケート、集計して」
「はい」
「助かるわ」
「いえ」
「……相変わらず頼まれると断らないのね」
「そうですか?」
「そうよ」
小鳥遊先輩は、じっと俺を見る。
「あなた、損するタイプね」
「よく言われます」
「直したほうがいいわ」
「考えておきます」
「……絶対直す気ないでしょう」
「まあ」
小鳥遊先輩が小さくため息をつく。
そんな俺たちのやり取りを――。
「……」
少し離れた場所から、一人の少女が見ていた。
星野凛。
新入生。
普段からあまり喋らない。
今日も静かに資料を整理している。
「星野さん」
「はい」
「この資料、隣の机に置いてもらえる?」
「分かりました」
凛は資料を持ち上げる。
そして俺の横を通り過ぎる。
「……」
何故か一瞬、こちらを見る。
「どうした?」
「いえ」
「そうか」
「……藤堂先輩」
「ん?」
「疲れてませんか?」
「え?」
「少しだけ、顔が疲れて見えます」
「そうか?」
「はい」
「大丈夫」
「……そうですか」
凛はそれ以上何も言わなかった。
ただ。
少しだけ、俺のことを心配しているように見えた。
昼休み。
「藤堂!」
いつものように莉奈がやってきた。
「今日も一緒に食べよう!」
「いいけど」
「やった!」
その後ろから花音も来る。
「私もいいですか~?」
「もちろん」
さらに。
「晃先輩!」
心春。
「……」
凛もいた。
「星野も?」
「はい」
六人。
いや。
颯太と直人を含めると八人。
かなり大人数になっていた。
「人数多くない?」
直人が言う。
「いいじゃん!」
莉奈が笑う。
「大学生活って、こういうものでしょ!」
「そうなのか?」
「そうだよ!」
颯太も頷く。
「人数多いほうが楽しいって!」
「俺は静かなほうがいい」
「それはお前だけだ」
俺たちは昼食を始めた。
「そういえばさ」
莉奈が俺を見る。
「藤堂って、大学入ってから彼女作る気ないの?」
「ない」
「即答!?」
「今はそういうの考えてない」
「なんで?」
「なんとなく」
「なんとなくって……」
莉奈が不満そうに頬を膨らませる。
「じゃあ、好きな人は?」
「いない」
「本当に?」
「本当」
「へえ……」
莉奈が俺を見る。
そして。
「じゃあ、これからできるかもしれないね」
「まあ」
「例えば――」
「?」
「……なんでもない!」
莉奈は急に顔を逸らした。
隣にいた花音が笑う。
「桜井さん、顔赤いですよ~」
「赤くない!」
「赤いですよ?」
「花音まで!」
心春も笑っている。
「莉奈先輩、可愛いです」
「心春ちゃんまで!」
昼休みは、そんなくだらない会話で過ぎていった。
その中で。
凛だけは静かに食事をしていた。
「星野」
「はい?」
「楽しい?」
「……」
少し考えてから。
「はい」
「そうか」
「藤堂先輩は?」
「俺?」
「はい」
「まあ……楽しいと思う」
凛は小さく笑った。
「なら、よかったです」
午後。
大学祭の備品を確認するため、俺は倉庫へ向かっていた。
すると。
「藤堂くん」
「白石先輩?」
「ちょうどよかった」
先輩が段ボールを指差す。
「これ、一緒に運んでもらえる?」
「もちろんです」
「ありがとう」
二人で段ボールを運ぶ。
「最近、忙しいね」
「そうですね」
「無理してない?」
「大丈夫です」
「……藤堂くん」
「はい?」
「無理してる人ほど、そう言うんだよ」
「……」
先輩の声は優しかった。
「俺は本当に大丈夫です」
「そう?」
「はい」
「ならいいけど」
先輩はそれ以上聞かなかった。
ただ。
少しだけ笑った。
「藤堂くんは、昔からそうなの?」
「何がですか?」
「人に頼られると、全部引き受けちゃうところ」
「……昔からではないと思います」
「そっか」
「白石先輩は?」
「私?」
「先輩も結構、人の面倒見てますよね」
「ふふ」
先輩が笑う。
「似た者同士なのかもね」
「俺と先輩が?」
「うん」
「……そうかもしれません」
その言葉に。
何故か少しだけ、胸が温かくなった。
夕方。
俺は一人でキャンパスを歩いていた。
用事を終えたので帰ろうと思ったのだ。
すると。
「藤堂先輩」
声を掛けられた。
凛だった。
「星野?」
「まだ帰らないんですか?」
「今から帰るところ」
「そうですか」
「星野は?」
「私もです」
「じゃあ、一緒に帰る?」
「……はい」
並んで歩く。
しばらく沈黙。
静かな時間だった。
でも、不思議と気まずくない。
「先輩」
「ん?」
「質問してもいいですか?」
「いいよ」
「どうして、誰にでも優しいんですか?」
「……」
予想外の質問だった。
「別に、優しいわけじゃない」
「でも」
「困ってる人がいたら助けるだろ」
「普通はそうですか?」
「……たぶん」
「私は、そう思いません」
凛は前を見たまま言った。
「人って、他人が困っていても見て見ぬふりをすることがあります」
「まあ、そうだな」
「なのに先輩は助ける」
「……」
「どうしてですか?」
俺は少し考えた。
「昔」
「はい」
「俺が困ってたとき、誰も助けてくれなかったから」
「……」
凛がこちらを見る。
俺は少し後悔した。
余計なことを言った。
「いや、忘れて」
「……イジメ、ですか?」
足が止まった。
「……」
凛も立ち止まる。
「どうしてそう思う?」
「なんとなくです
「……そう」
「違いましたか?」
「いや」
俺は小さく息を吐く。
「合ってる」
凛は何も言わなかった。
「昔、少しな」
「……」
「だから、困ってる人を見ると放っておけないだけだ」
「そうですか」
「それだけ」
「……優しいですね」
「違う」
「どうしてですか?」
「俺がされたことを、誰かにしたくないだけだ」
「……」
凛はしばらく黙っていた。
やがて。
「それでも」
「?」
「私は、先輩は優しい人だと思います」
それだけ言って。
凛は歩き出した。
「待って」
「はい?」
「……ありがとう」
「何がですか?」
「話を聞いてくれて」
「……はい」
凛は少しだけ笑った。
翌日。
「晃!」
朝から颯太が叫んだ。
「何だよ」
「お前、昨日星野と二人で帰ってただろ!」
「見てたのか」
「偶然見たんだよ!」
「それだけだ」
「本当に?」
「本当」
「……怪しい」
「何がだ」
直人が呆れた顔をする。
「桐生、お前はもう少し落ち着け」
「だって!」
そのとき。
「晃先輩!」
心春が走ってくる。
「おはようございます!」
「おはよう」
「今日、一緒にお昼食べましょうね!」
「ああ」
「約束ですよ!」
「分かった」
心春が嬉しそうに笑う。
すると。
「藤堂くん」
莉奈もやってきた。
「今日、大学祭の企画について相談したいんだけど」
「分かった」
「放課後、時間ある?」
「ああ」
「じゃあ決まり!」
さらに。
「藤堂くん~」
花音までやってくる。
「今日、授業終わったら――」
「……」
俺は三人を見る。
そして。
少し離れたところにいる凛を見る。
その隣には葵先輩。
そして結衣先輩。
「……」
なんだろう。
最近。
俺の周りに、人が増えすぎていないか?
「晃」
颯太が肩を叩く。
「何?」
「お前、去年までこんなじゃなかったよな」
「……俺もそう思う」
「だよな」
直人が頷く。
「大学祭の実行委員になった影響だろう」
「そうかもな」
俺は苦笑する。
人との距離を取る。
それが俺にとって、一番楽な生き方だった。
誰かに期待しなければ。
誰かを信じすぎなければ。
失うこともない。
傷つくこともない。
そう思っていた。
だけど――。
「藤堂先輩!」
「藤堂くん!」
「藤堂くん~!」
「藤堂」
「藤堂くん」
気づけば。
俺の名前を呼ぶ声が、こんなにも増えていた。
それが嫌じゃないと思ってしまった自分に。
俺自身が、一番驚いていた。
そして、その日の放課後。
大学祭の企画会議が終わったあと。
俺は一人で教室に残っていた。
机の上には、大量の資料。
明日までにまとめなければならない。
「……終わらせるか」
一人で作業を始める。
誰かに頼るより。
自分でやったほうが早い。
昔からそうだった。
しばらくして。
「藤堂くん?」
教室の扉が開いた。
「白石先輩?」
「まだいたんだ」
「ちょっと作業が残っていて」
「一人で?」
「はい」
先輩は教室を見回す。
「……みんな帰ったの?」
「はい」
「そっか」
先輩は少し考えて。
「じゃあ、私も手伝う」
「え?」
「一人で全部やる必要ないでしょう?」
「でも――」
「藤堂くん」
先輩が笑う。
「たまには、人に頼ってもいいんだよ」
「……」
その言葉に。
昔の記憶が、ほんの少しだけ蘇った。
誰も助けてくれなかった頃。
誰にも頼れなかった頃。
――頼っても、どうせ無駄だ。
そう思っていた。
でも。
「……お願いします」
俺は初めて。
自分から誰かに頼った。
「うん」
白石先輩は嬉しそうに笑った。
そして二人で。
夕暮れの教室に残った。
窓の外では、桜の花びらが風に舞っている。
俺の大学生活は。
少しずつ。
確実に。
変わり始めていた。
記念すべき一作目です!!!
大学でのハーレム小説ということでこれからの展開をお楽しみに!!!
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