第2話 新入生と、少しだけ騒がしい春②
「それにしても、新入生すげえ数だな」
颯太が周囲を見回す。
今日は入学式。
キャンパスのあちこちに新入生らしき学生がいる。
サークルの勧誘をする上級生。
大学の案内を配る学生。
友達を作ろうとしている新入生。
春らしい光景だった。
「俺たちも去年はあんな感じだったんだよな」
「一年で随分変わったな」
直人が言う。
「俺は変わってないけどな!」
「そこは変われよ」
「なんで!?」
颯太が笑う。
俺も少しだけ笑った。
――こういう時間は嫌いじゃない。
人と話すこと自体が嫌いなわけじゃない。
ただ、俺は昔から人との距離を近づけすぎないようにしている。
高校時代。
俺はいじめられていた。
理由なんて、今となってはどうでもいい。
最初は些細なことだった。
からかわれて。
無視されて。
気づけば、周囲には誰もいなくなっていた。
その経験から学んだことが一つある。
――人は、いつ離れていくか分からない。
だから俺は、誰かと仲良くなりすぎない。
期待しない。
踏み込みすぎない。
それが一番楽だった。
「……晃?」
「ん?」
「どうした?」
「いや、何でもない」
颯太がこちらを見ている。
「そう?」
「ああ」
俺は視線を前に戻した。
すると――。
「きゃっ!」
突然、前方から声が聞こえた。
次の瞬間。
ドサッ。
「……」
「……」
俺の足元に、大量の紙が落ちた。
「す、すみません!」
慌てた声。
顔を上げる。
そこにいたのは、一人の女子学生だった。
肩まで伸びた髪。
少し大きめのバッグ。
そして、困ったように眉を下げている。
「大丈夫?」
「は、はい……」
彼女は慌てて紙を拾おうとする。
俺もしゃがんで紙を拾った。
「これ」
「あ、ありがとうございます!」
紙を渡す。
「新入生?」
「はい!」
彼女は笑った。
春の日差しみたいな、柔らかい笑顔だった。
「今日から星ヶ丘大学の一年生です!」
「そうか」
「はい!」
彼女は元気よく頷いた。
「天野心春っていいます!」
「藤堂晃」
「藤堂先輩ですね!」
「……先輩?」
「二年生ですよね?」
「よく分かったな」
「なんとなくです!」
「なんとなくか」
「はい!」
明るい子だ。
俺とは正反対だな。
「それじゃ、俺たちはこれで」
「あっ」
立ち上がろうとしたところで、心春が俺の服の袖を軽く掴んだ。
「?」
「あの……」
「どうした?」
「……入学式の会場って、どこですか?」
「……」
「……」
颯太が吹き出した。
「お前、入学初日に迷子かよ!」
「ち、違います! ちょっと場所が分からなくなっただけです!」
心春が慌てて否定する。
「同じことだろ」
直人が冷静に突っ込む。
「ひどいです!」
「悪い悪い」
颯太が笑う。
俺は校舎の方向を指差した。
「入学式なら、この先の大講堂」
「えっ」
「ただ、正門からだと少し分かりにくい」
「……」
心春が不安そうな顔をする。
「……案内しようか?」
「いいんですか?」
「ああ。俺たちもそっちだから」
「ありがとうございます!」
心春の顔がぱっと明るくなった。
「じゃあ、お願いします!」
「うん」
歩き出す。
「藤堂」
颯太が俺の隣に並んだ。
「ん?」
「……お前さ」
「何?」
「また自然に助けてるよな」
「何が?」
「いや、なんでもない」
颯太はニヤニヤしている。
「気持ち悪いぞ」
「ひどくない!?」
大講堂へ向かう途中。
「藤堂先輩って、二年生なんですよね?」
「ああ」
「じゃあ、大学生活にはもう慣れました?」
「まあ、それなりに」
「大学って自由で楽しそうですよね!」
「自由だけど、自己責任でもあるぞ」
「自己責任……」
「授業に出るかどうかも自分次第だし、サークルも自由。勉強しなくても誰も怒ってくれない」
「怖いですね……」
「だからちゃんと勉強したほうがいい」
「はい!」
心春は素直に頷いた。
「でも、楽しみです!」
「そうか」
「先輩は楽しいですか?」
「……」
少しだけ考える。
「まあ、楽しいと思う」
「本当ですか?」
「ああ」
「よかったです!」
心春が笑う。
その笑顔を見て、俺も少しだけ口元を緩めた。
「藤堂くんってさ」
颯太が横から口を挟む。
「何?」
「意外と後輩に優しいよな」
「普通だろ」
「いやいや、俺にはそんな優しくないじゃん」
「お前は一人で生きていけるだろ」
「俺だって傷つくんだけど!?」
「そうか」
「反応薄っ!」
心春がクスクス笑う。
「仲いいんですね」
「まあな」
「俺たち三人は去年から一緒だ」
直人が答える。
「へえ……」
心春は少し羨ましそうな顔をした。
「私も大学で、そういう友達できるかな」
「できるだろ」
俺は答えた。
「一年もあれば」
「……そうですかね」
「ああ」
「じゃあ、頑張ります!」
心春は小さく拳を握った。
その姿を見ながら、俺は思った。
――この子なら、すぐ友達ができそうだ。
そんなことを考えていると。
「あ」
心春が立ち止まった。
「どうした?」
「あそこです!」
彼女が指を差した先。
大講堂が見えた。
「着きましたね」
「そうだな」
「ありがとうございました、藤堂先輩!」
「気にするな」
「はい!」
心春は深く頭を下げた。
「それじゃ――」
「先輩」
「ん?」
「また会えますか?」
少し意外だった。
「大学広いけど、まあ会うだろ」
「じゃあ、また!」
心春は笑って講堂へ走っていった。
「……元気だな」
俺が呟く。
「お前、絶対気に入られたぞ」
颯太が言った。
「何が?」
「いや、なんでもない」
「またそれか」
俺たちは歩き出した。
昼。
講義棟近くのカフェテリア。
「おっ、晃!」
聞き慣れた声。
振り返ると、女子が二人こちらへ歩いてきた。
「桜井」
「お昼一緒に食べようよ!」
桜井莉奈。
明るく、誰とでもすぐ仲良くなれる女子。
大学でもかなり有名だ。
「俺たち三人で食べる予定だったんだけど」
「いいじゃん、人数増えても!」
「まあ、別にいいけど」
「やった!」
莉奈が嬉しそうに笑う。
その隣には――。
「……こんにちは」
橘花音。
ふわふわした雰囲気の女子。
「花音も一緒か」
「はい~」
「また迷子になってない?」
「なってませんよ~」
「今日は?」
「……二回くらい」
「なってるじゃん」
莉奈が笑い出す。
「花音って本当にすごいよね」
「何がですか~?」
「大学二年目なのに迷子になれるところ」
「褒められてます?」
「褒めてないよ」
そんなやり取りをしながら席につく。
「そういえば、今日新入生すごかったね」
莉奈が言った。
「ああ」
「私も去年はあんな感じだったんだよね」
「桜井が?」
「なによ」
「今とあまり変わらないから」
「どういう意味?」
「そのままの意味」
「むぅ……」
莉奈が頬を膨らませる。
花音が笑う。
「藤堂くん、桜井さんをいじめちゃ駄目ですよ~」
「いじめてない」
「本当ですか?」
「ああ」
「じゃあ、よかったです~」
その笑顔に、俺も少し笑う。
大学に来てから一年。
いつの間にか、こういう時間が増えていた。
特別なことなんて何もない。
ただ友達と話して、授業を受けて、飯を食べる。
それだけ。
それだけなのに――。
「藤堂」
直人が突然口を開いた。
「何?」
「今日、午後から新入生向けのオリエンテーションがあるだろ」
「ああ」
「その後、大学祭実行委員の説明会もある」
「……そうだったな」
俺はため息をついた。
「今年もやるのか」
「大学祭はこの大学の一大イベントだからな」
颯太が嬉しそうに言う。
「今年こそ出し物やろうぜ!」
「去年も言ってたな」
「去年は人数足りなかったじゃん!」
「今年は?」
「今から集める!」
「無計画だな」
「大学生なんてそんなもんだろ!」
莉奈が笑う。
「今年の大学祭、結構本気らしいよ」
「毎年本気だろ」
「今年は特に力入れるみたい」
「へえ」
俺は興味なさそうに返した。
この時はまだ知らなかった。
この大学祭が。
俺たちの関係を大きく変えることになるなんて。
午後。
オリエンテーションを終え、校舎から出る。
俺は一人で廊下を歩いていた。
すると――。
「藤堂先輩」
後ろから声がした。
振り返る。
「……天野?」
「はい!」
朝の新入生。
「どうした?」
「先輩、大学祭実行委員の説明会ってこっちですか?」
「そうだけど」
「やっぱり!」
心春が嬉しそうに笑う。
「先輩も参加するんですね!」
「まだ参加するとは決めてない」
「え?」
「説明を聞くだけ」
「じゃあ、私も一緒に行っていいですか?」
「別にいいけど」
「ありがとうございます!」
二人で歩く。
しばらくすると。
「あれ?」
前方に一人の少女が立っていた。
長い髪。
静かな雰囲気。
周囲に人がいるのに、まるで一人だけ別の空間にいるような少女。
「……」
こちらを見る。
目が合った。
「……こんにちは」
「こんにちは」
心春が挨拶する。
少女は軽く頭を下げた。
「星野凛です」
「新入生?」
「はい」
「俺は藤堂晃。二年」
「知ってます」
「……知ってる?」
「朝、天野さんを案内してましたよね」
「ああ」
よく見ている。
「星野さんも説明会?」
「そうです」
「じゃあ一緒に行く?」
「……いいんですか?」
「別に」
「ありがとうございます」
凛は静かに頷いた。
こうして俺は。
この春、新しく二人の後輩と知り合った。
明るくて、距離を縮めるのが上手い天野心春。
静かで、何を考えているのか分からない星野凛。
この時の俺は、まだ知らない。
この二人との出会いが。
そして、すでに俺の周りにいる四人の女性たちとの関係が。
これから少しずつ変わっていくことを。
大学祭実行委員説明会。
「では、今年度の大学祭について説明します」
壇上に立った先輩が話し始める。
その横には、見覚えのある二人の姿があった。
「小鳥遊先輩」
俺が呟く。
「白石先輩もいるな」
瀬戸陸先輩もいる。
大学祭実行委員の中心メンバーらしい。
「藤堂くん」
白石結衣先輩がこちらに気づいた。
「来てくれたんだ」
「説明を聞きに来ただけです」
「ふふ。相変わらずだね」
優しい笑顔。
「小鳥遊先輩も?」
「ええ」
小鳥遊葵先輩は相変わらずクールだ。
「あなたも参加するの?」
「まだ決めてません」
「そう」
「……何か?」
「別に」
葵先輩は俺を見る。
「あなた、こういうの向いてると思うけど」
「俺が?」
「ええ」
「なんでですか?」
「人の面倒を見るのが得意だから」
「……」
妙に鋭い。
「藤堂!」
瀬戸先輩が笑顔で声をかけてくる。
「今年もよろしくな!」
「よろしくお願いします」
「新入生二人も一緒か」
「はい!」
心春が元気に答える。
凛は小さく頭を下げた。
「今年は去年より大規模になるから、忙しくなるぞ」
「そうなんですか?」
心春が尋ねる。
「ああ。大学全体でかなり力を入れるらしい」
瀬戸先輩が笑う。
「だから、みんなで最高の大学祭にしよう!」
「おー!」
心春が元気に手を上げた。
莉奈も手を上げる。
花音も遅れて手を上げる。
颯太も。
直人も。
そして――。
「藤堂」
白石先輩が俺を見る。
「どうする?」
「……」
俺は周囲を見る。
新入生。
友達。
先輩。
去年とは違う光景。
少しだけ胸がざわつく。
大学生活なんて、ただの三年間。
そう思っていた。
でも。
この瞬間。
ほんの少しだけ。
俺は、この春に期待してしまった。
「……やります」
「本当?」
「はい」
白石先輩が笑った。
「じゃあ、よろしくね」
「はい」
そして。
俺の大学二年目が始まった。
この時はまだ。
この一年が――。
俺の人生で一番騒がしくて。
一番大切な一年になるなんて。
知る由もなかった。
記念すべき一作目です!!!
大学でのハーレム小説ということでこれからの展開をお楽しみに!!!
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