第28話 初めての休日――俺が一番安心する人
秋も終わりに近づき、朝晩はすっかり冷え込むようになっていた。
大学の中庭にある木々も葉を落とし始めている。
そんなある日の放課後。
「藤堂くん!」
声をかけてきたのは花音だった。
「どうした?」
「この前、約束しましたよね~?」
「約束?」
「お買い物です~」
「ああ」
そういえば、少し前にそんな話をした。
「今度の休日、一緒に行きませんかって」
「覚えてたんだな」
「もちろんです~」
花音は嬉しそうに笑う。
「それで……今度の日曜日、空いてますか?」
「空いてるよ」
「本当ですか?」
「ああ」
「やった~!」
花音が両手を合わせる。
「楽しみです~!」
そして、日曜日。
待ち合わせ場所の駅前に着くと。
「藤堂くん!」
花音が手を振っていた。
「お待たせ」
「いえ~。私も今来たところです」
「そう?」
「はい~」
花音はいつも通り、ふわっとした笑顔を浮かべている。
「じゃあ、行こうか」
「はい!」
二人で歩き始める。
「今日は何を買うんだ?」
「冬物のお洋服を見たいんです」
「なるほど」
「それと……」
「それと?」
「藤堂くんへのプレゼントも」
「俺に?」
「はい~」
「どうして?」
「秘密です」
「また秘密か」
「ふふ~」
最初に訪れたのは大型ショッピングモール。
休日ということもあって、多くの人で賑わっている。
「ここ、広いですね~」
「迷わないようにしないとな」
「藤堂くんが一緒なら大丈夫です~」
「それならいいけど」
店をいくつか回る。
花音は服を見たり、小物を見たり。
気になるものを見つけるたびに俺に相談してくる。
「藤堂くん、これどうですか?」
「似合うと思う」
「本当ですか?」
「ああ」
「じゃあ、これにします~」
「決めるの早いな」
「藤堂くんが言ってくれたので」
「……そういうものか?」
「そういうものです~」
花音は楽しそうだった。
昼。
二人でフードコートに座る。
「何食べます?」
「俺はこれにする」
「じゃあ、私も同じものにします~」
「真似するの?」
「はい~」
「……」
思わず笑ってしまう。
「どうしたんですか?」
「いや」
「?」
「花音といると、なんか落ち着くなと思って」
「……」
花音が固まった。
「花音?」
「……今の」
「ん?」
「もう一回言ってください」
「何を?」
「私といると……」
「ああ」
俺は少し考えて。
「落ち着くって言った」
「……」
花音の顔が赤くなる。
「……嬉しいです~」
「そんなに?」
「はい」
花音は小さく笑う。
「私も」
「ん?」
「藤堂くんといると安心します~」
「……」
「なんだか、時間がゆっくりになる感じがして」
「そうか」
「はい」
しばらく二人で黙って食事をする。
不思議と気まずくない。
無理に話題を探す必要もない。
ただ隣にいるだけでいい。
「……」
俺はふと考える。
――確かに。
花音といると、心が楽だった。
午後。
「次はどこへ行く?」
「本屋さんに行きたいです~」
「分かった」
二人で本屋へ向かう。
花音が本を見ている間、俺は少し離れた場所で待っていた。
すると。
「……あれ?」
聞き覚えのある声。
振り返る。
「藤堂くん?」
「桜井?」
そこには莉奈がいた。
「えっ……」
莉奈が俺と花音を見る。
「二人で来てたの?」
「ああ」
「そ、そうなんだ……」
莉奈は笑う。
「楽しそうだね」
「うん」
花音も笑顔で答える。
「今日は藤堂くんとお買い物なんです~」
「……そっか」
莉奈は少しだけ黙る。
「じゃあ、私は友達と来てるから」
「そうなのか」
「うん」
「また大学で」
「……うん」
莉奈が去っていく。
「……」
花音がその背中を見る。
「桜井さん」
「どうした?」
「ちょっと寂しそうでしたね」
「……そう見えた?」
「はい~」
花音は少しだけ笑う。
「でも」
「?」
「私だって、今日は藤堂くんとの時間を大切にしたいです」
「……」
「だから」
花音が俺を見る。
「今日はもう少し、一緒にいてください」
「ああ」
「ありがとうございます~」
夕方。
ショッピングモールの屋上庭園。
二人でベンチに座る。
「今日は楽しかったですね~」
「ああ」
「また行きたいです」
「また行こう」
「……」
花音が俺を見る。
「藤堂くん」
「ん?」
「私」
「うん」
「ずっと、この時間が続けばいいのになって思ってます」
「……」
「大学を卒業したら」
「……」
「今みたいに会えなくなるかもしれないですよね」
「そうだな」
「だから」
花音は少し寂しそうに笑う。
「今のうちに、いっぱい思い出を作りたいです」
「……俺もそう思う」
「本当ですか?」
「ああ」
「じゃあ」
花音が嬉しそうに笑った。
「また一緒に行きましょうね」
「約束する」
帰り道。
駅へ向かって歩く。
「藤堂くん」
「ん?」
「今日はありがとうございました」
「こちらこそ」
「プレゼント」
「そういえば、まだ買ってないな」
「ふふ~」
花音が小さな紙袋を取り出す。
「これ」
「俺に?」
「はい」
「いつの間に……」
「内緒で買ってました~」
紙袋の中には、シンプルなキーホルダーが入っていた。
「これなら普段使いできますよ」
「ありがとう」
「大事にしてくださいね?」
「ああ」
俺はそれをバッグにつける。
「どうだ?」
「似合ってます~」
「キーホルダーに似合うとかあるのか?」
「ありますよ~」
二人で笑う。
駅に着く。
「じゃあ、また大学で」
「はい~」
花音が手を振る。
「藤堂くん」
「ん?」
「今日は」
「うん」
「私と二人でいてくれて、ありがとうございました」
「ああ」
「……すごく嬉しかったです」
花音は笑って、改札の向こうへ消えていった。
俺はその姿を見送る。
「……」
胸の奥が、少し温かい。
今日一日。
花音と一緒にいて。
俺は何度も自然に笑っていた。
そして。
「……やっぱり」
小さく呟く。
「花音といると、安心するな」
その夜。
グループチャットにメッセージが届いた。
【莉奈】
『今日、花音ちゃんと一緒だったんだよね?』
『ああ』
【莉奈】
『楽しかった?』
『うん』
【莉奈】
『そっか』
それだけ。
俺はスマホを見つめる。
少しして。
【莉奈】
『私も負けないから』
そのメッセージに。
俺は思わず苦笑した。
『何の勝負だよ』
【莉奈】
『内緒!』
翌週。
大学。
「藤堂先輩!」
心春が駆けてくる。
「この前、花音先輩と出かけたんですよね?」
「ああ」
「……」
心春が少し頬を膨らませる。
「私も先輩と出かけたいです」
「今度行こう」
「本当ですか?」
「ああ」
「約束ですよ!」
心春が笑う。
その様子を。
少し離れたところから莉奈が見ていた。
「……」
そして。
「私も」
小さく呟く。
「もっと頑張らないと」
放課後。
俺は一人で中庭を歩いていた。
バッグについた、花音からもらったキーホルダーを見る。
「……」
今日も。
それを見ると。
花音の笑顔を思い出す。
だけど。
同時に。
莉奈の顔も浮かぶ。
葵先輩。
結衣先輩。
心春。
凛。
みんなの顔が浮かぶ。
「……」
俺は立ち止まった。
誰か一人を選ぶ。
その日が。
少しずつ近づいている。
そして。
俺自身も。
自分の心から逃げられなくなってきていた。
――俺が一番安心する人は誰なのか。
その答えはまだ、見つからない。
けれど。
確かなことが一つある。
俺はもう誰かを好きになることを。
怖いとは思っていなかった。
秋の終わり。
冬の足音が聞こえ始める中。
俺たちの恋は。
少しずつ、次の季節へ向かって進んでいた。




