第22話 星野凛が見せたい場所
翌日。
夏休みの大学は、いつもより静かだった。
俺は駅前で、凛を待っていた。
約束の時間。
少し遅れて。
「藤堂先輩」
凛がやってくる。
「おはよう」
「おはようございます」
今日も凛はいつも通りだった。
落ち着いていて。
どこか近寄りがたい雰囲気。
でも。
昨日のメッセージを思い出す。
『先輩に見せたい場所があります』
「今日はどこへ行くんだ?」
「まだ秘密です」
「やっぱり秘密か」
「……嫌ですか?」
「いや」
俺は笑う。
「凛が連れていってくれるなら、楽しみだよ」
「……」
凛が少しだけ目を逸らす。
「そういうことを、さらっと言うのは反則です」
「また?」
「はい」
ほんの少し。
凛の口元が緩んだ。
電車に乗る。
昨日までのデートとは違って、今日は静かな時間が続いていた。
凛は窓の外を見ている。
「凛」
「はい?」
「どこまで行くんだ?」
「もう少しです」
「分かった」
「……」
「……」
しばらくして。
凛が口を開いた。
「先輩は」
「ん?」
「私のこと、どう思っていますか?」
「急だな」
「すみません」
「いや」
少し考える。
「最初は、何を考えてるか分からない人だと思ってた」
「でしょうね」
「でも今は」
「……」
「思ってたより優しい人だと思ってる」
「……そうですか」
「それに」
「?」
「一緒にいると落ち着く」
「……」
凛は黙ってしまった。
耳が少し赤い。
「凛?」
「なんでもありません」
「そう?」
「はい」
電車を降りる。
駅前には大きな公園が広がっていた。
「ここ?」
「違います」
「まだ先?」
「はい」
二人で歩く。
住宅街を抜け。
小さな坂道を上る。
やがて。
「……ここです」
凛が立ち止まった。
「……」
そこには。
街を一望できる小さな丘があった。
「綺麗だな」
「でしょう?」
遠くに街並み。
その向こうには海。
夏の空が広がっている。
「私」
凛が言う。
「ここが好きなんです」
「よく来るの?」
「はい」
「一人で?」
「……ほとんど」
「どうして?」
「静かだから」
凛はベンチに座る。
俺も隣に座った。
「ここに来ると」
「うん」
「何も考えなくていいんです」
「……」
「学校でも」
「はい」
「大学でも」
「……」
「いつも周りに合わせていると、疲れることがあって」
凛は遠くを見る。
「だから、ここに来ます」
「凛は」
「はい」
「昔からそうだったのか?」
「……」
凛は少し黙る。
「昔は、もっと人と話していました」
「意外だな」
「よく言われます」
「何かあった?」
「……少しだけ」
凛はゆっくり話し始めた。
「中学の頃、仲の良かった友達がいたんです」
「うん」
「何でも話せる友達でした」
「……」
「でも」
凛は手を握る。
「ある日、突然その子と話せなくなりました」
「……どうして?」
「理由は……」
少し間を置く。
「周りに合わせるためだったんだと思います」
「……」
「私と一緒にいると、からかわれるから」
凛は苦笑する。
「だから、その子は私から離れました」
「……」
「それから」
凛は遠くを見る。
「誰かに期待するのをやめました」
「……」
「仲良くなっても、いつか離れていくなら」
「……」
「最初から近づかなければいい」
俺はその言葉を聞いて。
どこか自分と似ていると思った。
「……俺も」
凛がこちらを見る。
「同じようなことを考えてた」
「先輩も?」
「ああ」
俺は昔のことを思い出す。
「だから、人と距離を取ってた」
「……」
「でも」
俺は笑う。
「大学に入ってから、そうもいかなくなった」
「桜井先輩たち?」
「そう」
「……」
凛は少し笑った。
「先輩らしいですね」
「そうかな」
「はい」
しばらく沈黙が続く。
風が吹く。
凛の髪が揺れる。
「先輩」
「ん?」
「私がここに連れてきた理由」
「うん」
「話したかったからです」
「何を?」
凛は俺を見る。
「私のこと」
「……」
「誰にも見せたことのない部分を」
「……」
「先輩になら、見せてもいいと思ったから」
「凛……」
「私」
凛はゆっくり立ち上がる。
「先輩と出会ってから」
「……」
「少しずつ変わりました」
「どういうふうに?」
「人と話すのが楽しくなりました」
「……」
「誰かと一緒にいるのも」
「……」
「悪くないと思えるようになりました」
凛は少しだけ笑う。
「先輩のおかげです」
「俺は何もしてないよ」
「そんなことありません」
「……」
「先輩は」
凛が真っ直ぐ俺を見る。
「私が一人でいるとき、いつも気づいてくれました」
「……」
「無理に話しかけずに」
「……」
「でも、必要なときは隣にいてくれた」
凛の声が少し震える。
「だから」
凛は一度息を吸う。
「私は先輩のことが好きです」
「……」
真っ直ぐな告白。
俺は何も言えなかった。
「先輩だから好きなんじゃありません」
「……」
「藤堂晃さんだから」
「……」
「好きなんです」
風が吹く。
遠くから蝉の声。
俺は凛を見る。
「……ありがとう」
「はい」
「嬉しいよ」
「……」
「でも」
「分かっています」
凛が先に言った。
「まだ答えを出せないんですよね」
「……ああ」
「大丈夫です」
凛は微笑んだ。
「私も、待ちます」
「凛」
「でも」
「?」
「一つだけ、お願いがあります」
「何?」
「私のこと」
凛が少しだけ恥ずかしそうにする。
「もっと知ってください」
「……」
「私も先輩のことを、もっと知りたいです」
「分かった」
「約束ですよ?」
「ああ」
凛は嬉しそうに笑った。
丘を下りる。
「凛」
「はい?」
「今日はありがとう」
「こちらこそ」
「ここ、いい場所だな」
「でしょう?」
「また来てもいい?」
「……」
凛が少し驚く。
「いいんですか?」
「もちろん」
「……」
凛は嬉しそうに笑う。
「じゃあ」
「うん」
「次は、夕方に来ましょう」
「夕方?」
「ここ、夕焼けが綺麗なんです」
「それは見てみたいな」
「……約束です」
「約束」
駅に着く。
「じゃあ、また大学で」
「はい」
「凛」
「はい?」
「今日は名前で呼んでもいい?」
「……」
凛が少し目を見開く。
「どうぞ」
「凛」
「……はい」
「また一緒に行こう」
「……はい」
凛は小さく笑った。
「楽しみにしています」
帰宅後。
俺はベッドに座っていた。
今日のことを思い返す。
凛が見せてくれた場所。
話してくれた過去。
そして。
告白。
「……」
俺はスマホを見る。
凛からメッセージが来ていた。
『今日はありがとうございました』
『私、少し緊張していました』
『でも、先輩に話せてよかったです』
俺は返信する。
『俺も凛のことをもっと知りたいと思った』
少しして。
『……本当ですか?』
『ああ』
『それなら』
『これからもよろしくお願いします』
『こちらこそ』
そして最後に。
『おやすみなさい、晃先輩』
「……」
名前を呼ばれたことが。
妙に嬉しかった。
翌日。
大学。
「藤堂くん!」
莉奈が駆け寄ってくる。
「おはよう」
「おはよう!」
その後ろから。
「藤堂先輩~!」
心春。
「おはようございます~」
花音。
「おはよう」
葵。
「おはようございます」
結衣。
そして。
「……おはようございます」
凛。
「おはよう」
いつものように。
みんなが集まる。
すると。
「ねえ、藤堂くん」
莉奈が俺を見る。
「夏休みもあと少しだけど」
「ああ」
「みんなで何かしない?」
「みんなで?」
「うん!」
心春が手を上げる。
「賛成です!」
「私も~!」
花音も笑う。
結衣も頷く。
「いいね」
葵も賛成する。
凛は少し考えてから。
「……いいと思います」
「じゃあ決まり!」
莉奈が笑った。
「みんなで夏休みの最後に、何かしよう!」
その日。
俺たちは知らなかった。
夏休み最後のイベントが。
ただの遊びでは終わらないことを。
そして。
これまで少しずつ近づいてきた六人の想いが。
一つの場所で交差することになる。
俺が卒業するまで。
あと一年半。
その時間は。
思っていたよりずっと短いのかもしれない。




