第21話 優しい先輩と、二人だけの買い物
夏休みも、少しずつ日数を重ねていた。
朝から蝉の声が聞こえる。
俺は駅前で、結衣先輩を待っていた。
「……」
時計を見る。
約束の時間まで、あと五分。
すると。
「藤堂くん」
優しい声が聞こえた。
「結衣先輩」
「お待たせ」
「いえ、俺も今来たところです」
結衣先輩は微笑む。
「よかった」
今日の先輩は、いつもの大学で見る姿より少しだけカジュアルだった。
「今日は買い物ですよね?」
「うん」
「何を買うんですか?」
「実はね……」
結衣先輩が少し困ったように笑う。
「新しい服を探したくて」
「服?」
「そう」
「それなら、俺がいて大丈夫ですか?」
「だから藤堂くんにお願いしたの」
「俺に?」
「うん」
結衣先輩は少し照れながら言った。
「男の子の意見も聞いてみたいから」
「なるほど」
「それに……」
「?」
「二人で出かけたかったから」
「……」
俺は一瞬黙ってしまう。
「……今日は、素直ですね」
「ふふ」
結衣先輩が笑った。
「たまにはね」
最初に入ったのは、駅前の大きなショッピングモール。
「広いですね」
「そうね」
「どこから見ます?」
「まずは服かな」
二人で店内を歩く。
「これ、どうかな?」
結衣先輩が一着の服を手に取る。
「似合うと思います」
「本当?」
「はい」
「じゃあ、試着してみようかな」
しばらくして。
「藤堂くん」
「はい?」
「どう?」
試着室から出てきた結衣先輩。
「……」
「どうしたの?」
「似合ってます」
「……」
結衣先輩が少し頬を赤くする。
「ありがとう」
「本当に似合ってますよ」
「そういうところ、ずるいね」
「え?」
「なんでもない」
結衣先輩は笑って試着室へ戻っていった。
その後も何着か選ぶ。
「これとこれ、どっちがいいと思う?」
「こっちですね」
「こっち?」
「はい」
「じゃあ、こっちにしようかな」
「決めるの早いですね」
「藤堂くんが選んでくれたから」
「……」
結衣先輩はそのまま会計へ向かう。
俺は少し後ろを歩く。
「……」
なんだろう。
結衣先輩と二人でいると。
妙に落ち着く。
莉奈とは違う。葵とも違う。心春や花音、凛とも違う。
結衣先輩には安心感があった。
買い物を終えた二人は、ショッピングモール内のカフェへ入った。
「何飲みます?」
「私は紅茶にしようかな」
「じゃあ俺はコーヒーで」
二人で注文する。
「藤堂くん」
「はい?」
「最近、忙しいでしょう?」
「そうですね」
「みんなと出かけてるから?」
「……まあ」
結衣先輩が少し笑う。
「莉奈ちゃんとも」
「はい」
「心春ちゃんとも」
「はい」
「葵ちゃんとも」
「……はい」
「花音ちゃんとも」
「……」
「大人気だね」
「……そんなつもりはないんですけど」
「分かってるよ」
結衣先輩は優しく笑った。
「藤堂くんは、自分から誰かを傷つけようなんて思ってないもの」
「……」
「だからこそ」
「?」
「無理して一人で抱え込まないでね」
「……はい」
その言葉は、今まで何度も言われた言葉だった。
でも。
結衣先輩が言うと妙に心に響いた。
「先輩は」
「ん?」
「どうして俺を誘ったんですか?」
「……」
結衣先輩が紅茶を一口飲む。
「それ、聞きたい?」
「はい」
「そうね……」
少し考えてから。
「藤堂くんと二人で話したかったから」
「何を?」
「いろいろ」
「いろいろ?」
「藤堂くんが今、何を考えているのか」
「……」
「最近、みんなが藤堂くんのことを好きだって伝えているでしょう?」
「……はい」
「だから」
結衣先輩は少し寂しそうに笑う。
「私も、ちゃんと自分の気持ちと向き合おうと思って」
「……」
俺は先輩を見る。
「結衣先輩は」
「うん」
「俺のことをどう思っていますか?」
「……」
結衣先輩は黙ってしまった。
しばらくして。
「好きだよ」
「……」
俺の心臓が鳴る。
「でも」
「……」
「私の好きは、他のみんなとは少し違うかもしれない」
「どういう意味ですか?」
「私はね」
結衣先輩が静かに話す。
「藤堂くんに無理してほしくないの」
「……」
「笑いたくないときは、笑わなくていい」
「……」
「誰かに合わせなくてもいい」
「……」
「自分の気持ちを隠さなくてもいい」
先輩は俺を見る。
「そういうあなたを、そのまま好きになったんだと思う」
「……」
俺は言葉が出なかった。
カフェを出る。
しばらく二人で歩く。
外は暑い。
けれど、何故かさっきの言葉が頭から離れなかった。
「藤堂くん」
「はい?」
「少し公園に行かない?」
「いいですよ」
近くの公園へ向かい木陰のベンチに座る。
「……」
結衣先輩が空を見上げる。
「大学に入って」
「はい」
「いろんな人と出会ったけど」
「……」
「藤堂くんは不思議な人だなって、最初から思ってた」
「俺が?」
「うん」
「どうして?」
「誰にでも優しいのに」
「……」
「自分のことは、あまり話さないから」
「……」
「だから」
先輩は少し笑う。
「もっと知りたいと思った」
「俺のことを?」
「そう」
そして。
「だから、これからも一緒にいてもいい?」
「もちろんです」
「……よかった」
結衣先輩が嬉しそうに笑う。
帰り道。
駅へ向かって歩いていると。
「藤堂くん」
「はい?」
「今日」
「はい」
「一つだけ、わがまま言ってもいい?」
「もちろん」
「……手、繋いでもいい?」
「……」
俺は少し驚いた。
「先輩から言うんですね」
「……嫌?」
「いえ」
俺は手を差し出す。
「どうぞ」
「……ありがとう」
結衣先輩がそっと手を重ねる。
「……」
少しして。
「温かいね」
「そうですね」
「なんだか安心する」
先輩が小さく笑った。
「今日はずっと、こうしていたかったかも」
「……」
「なんてね」
そう言いながら結衣先輩は手を離さなかった。
駅に到着。
「今日はありがとうございました」
「こちらこそ」
「買い物、楽しかったです」
「俺もです」
「またお願いしてもいい?」
「もちろん」
「約束ね」
「はい」
結衣先輩は少しだけ名残惜しそうに手を離す。
「それじゃあ」
「はい」
「また大学で」
「また」
結衣先輩が改札へ向かう。
何度か振り返りながら。
俺もその姿を見送った。
その日の夜。
俺はベッドに座りながらスマホを見る。
【白石結衣】
『今日はありがとう』
『こちらこそ』
『藤堂くんと二人で過ごせて嬉しかった』
『俺もです』
少し間が空く。
『ねえ』
『はい?』
『もし私が』
『先輩じゃなくて、一人の女の子として好きだって言ったら……』
そこでメッセージが途切れる。
「……」
数分後。
『……やっぱり、今は秘密』
俺は思わず笑ってしまう。
『分かりました』
『ふふ』
『おやすみ、藤堂くん』
『おやすみなさい』
スマホを置く。
今日も誰かの気持ちを知った。
でも。
俺はまだ答えを出せない。
ただ。
以前なら怖かったはずのことが。
今は少しだけ違っていた。
誰かに好きだと言われること。
誰かと一緒に過ごすこと。
誰かを大切に思うこと。
それが、少しずつ俺の日常になっていた。
翌日。
大学の中庭。
「……」
凛が一人でベンチに座っていた。
スマホの画面には晃とのトーク画面。
何度も文章を打っては消している。
「……よし」
凛は小さく息を吐いた。
そして。
『藤堂先輩』
『明日、二人で会えませんか?』
送信。
「……」
既読がつく。
数秒後。
『もちろん』
凛の目が少しだけ見開かれる。
『どこに行きたい?』
凛は少し考えて。
『先輩に見せたい場所があります』
『分かった』
スマホを胸元に抱える。
「……やっと」
凛は小さく呟いた。
「私の番」
その頃。
晃は知らなかった。
凛がどこへ連れていこうとしているのか。
そして。
これまでミステリアスだった凛が。
なぜ晃にだけ心を開き始めているのか。
明日の一日が。
二人の関係を大きく変えることになる――。
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