第18話 次は――桜井莉奈からの誘い
夏休みに入って、一週間。
天野心春と出かけた翌日。
俺はいつも通り大学へ来ていた。
夏休みとはいえ、大学には講義以外にもサークルや部活動、研究室などで学生が来ている。
俺も図書館で課題を片付けるために来ていた。
「藤堂くん!」
入口を出たところで、声をかけられる。
「桜井」
「おはよう!」
「おはよう」
莉奈はいつも通り明るい。
ただ。
今日はいつもより少しだけ気合いが入っているように見えた。
「昨日、心春ちゃんと出かけたんでしょ?」
「ああ」
「楽しかった?」
「楽しかったよ」
「そっか」
莉奈は笑う。
けれど、その笑顔の奥に。
ほんの少しだけ焦りがあるように見えた。
「じゃあ――」
莉奈が俺の前に立つ。
「次は私の番ね」
「……」
「私とも二人で出かけよう?」
「もちろん」
「本当?」
「ああ」
「やった!」
莉奈が小さく拳を握る。
「じゃあ、いつにする?」
「俺はいつでも」
「じゃあ、明日!」
「明日?」
「うん!」
莉奈は即答した。
「嫌?」
「いや」
「じゃあ決まり!」
莉奈が嬉しそうに笑う。
「明日、朝十時に駅前ね!」
「ああ」
「絶対来てね!」
「分かってる」
「約束!」
「約束」
莉奈は満足そうに頷いた。
「じゃあ、また明日!」
そう言って走っていく。
「……」
俺はその背中を見送る。
明日は莉奈と二人。
そう思うと、少しだけ緊張した。
翌日。
午前九時五十分。
駅前。
俺は約束より少し早く到着していた。
すると。
「藤堂くん!」
遠くから莉奈が手を振っている。
「おはよう」
「おはよう!」
莉奈が近づいてくる。
「待った?」
「今来たところ」
「よかった」
莉奈は笑う。
「今日はね」
「うん」
「絶対楽しい日にするから!」
「楽しみにしてる」
「……!」
莉奈が一瞬固まる。
「そういうこと普通に言うの、本当にずるい」
「また?」
「だって……」
莉奈は少し照れながら前を向く。
「嬉しいから」
「それで、今日はどこに行くんだ?」
「まずはここ!」
莉奈が案内したのは、大きな商業施設だった。
「買い物?」
「そう!」
「何か欲しいものがあるのか?」
「ううん」
莉奈が笑う。
「今日は藤堂くんといろんなところを見て回りたいの」
「なるほど」
「行こう!」
まずは雑貨店。
「これ可愛い!」
莉奈が小さなキーホルダーを手に取る。
「桜井、こういうの好きなんだな」
「うん!」
「意外だ」
「そう?」
「もっと大人っぽいものが好きかと思ってた」
「私だって可愛いもの好きだよ?」
「そうか」
「藤堂くんは?」
「俺?」
「こういうの好き?」
「……」
俺は棚を見る。
「これなら好きかな」
「どれ?」
莉奈が隣に来る。
「これ」
シンプルな星形のキーホルダー。
「いいね」
「だろ?」
「じゃあ、お揃いにする?」
「……」
「嫌?」
「いや」
俺たちは同じキーホルダーを買った。
「……」
店を出てから。
莉奈が嬉しそうにそれを眺めている。
「何?」
「ううん」
莉奈は笑った。
「嬉しいなって」
昼。
二人でカフェに入る。
「ここ、評判いいんだよ」
「詳しいな」
「昨日調べた!」
「昨日?」
「うん」
「急だな」
「だって」
莉奈は少し照れる。
「藤堂くんと出かけられるって決まったから」
「……」
「ちゃんと楽しんでもらいたくて」
「ありがとう」
「……」
莉奈がこちらを見る。
「そういうところ」
「?」
「好き」
「……」
俺は少し困った。
「桜井」
「うん?」
「俺、まだ……」
「分かってる」
莉奈は優しく笑った。
「返事を急かしてないよ」
「……」
「だから大丈夫」
莉奈はストローを見ながら続ける。
「ただ、私は自分の気持ちは隠さないって決めたの」
「どうして?」
「後悔したくないから」
「……」
「藤堂くんが誰を選ぶかは、藤堂くんが決めればいい」
そして。
「でも、私は私のことを好きになってもらえるように頑張る」
「……桜井らしいな」
「でしょ?」
莉奈が笑う。
「だから今日は、いっぱい楽しもう!」
「ああ」
午後。
莉奈が連れてきたのは、街の展望施設だった。
「ここ、綺麗なんだよ」
「へえ」
エレベーターで上へ。
展望フロアから街を見下ろす。
「すごいな」
「ね?」
莉奈は窓の外を見る。
「大学って、あっちのほうだよね」
「ああ」
「私たち、あそこにいるんだよね」
「そうだな」
「なんか不思議」
莉奈が笑う。
「大学に入る前は、こんなにたくさんの人と仲良くなるなんて思ってなかった」
「俺も」
「藤堂くんは?」
「俺は……」
少し考える。
「大学では、なるべく人と距離を取るつもりだった」
「……」
「昔のことがあって」
莉奈は黙って聞いている。
「人と仲良くなると、いつか嫌われるんじゃないかって」
「……うん」
「だから、誰かに深入りしないようにしてた」
「でも」
莉奈が言う。
「今は違う?」
「ああ」
俺はみんなを思い浮かべる。
「みんなといるのが楽しい」
「……」
「もっと一緒にいたいと思う」
莉奈は少し嬉しそうに笑った。
「じゃあ」
「ん?」
「私と出会えてよかった?」
「……」
「どう?」
俺は少し考えて。
「よかったよ」
莉奈の目が少し大きくなる。
「……そっか」
そして。
「私も」
「うん」
「藤堂くんと出会えてよかった」
莉奈は窓の外を見ながら笑った。
夕方。
展望施設を出る。
「今日はありがとう」
「こちらこそ」
「楽しかった?」
「ああ」
「じゃあ、最後に行きたいところがある」
「どこ?」
「公園」
「公園?」
「うん」
向かったのは、駅近くの小さな公園だった。
ベンチに座る。
夕暮れ。
空が少しずつ赤く染まっていく。
「……」
「……」
しばらく二人とも黙っていた。
やがて。
「藤堂くん」
「ん?」
「今日ね」
「うん」
「ずっと考えてたことがあるの」
「何?」
「私」
莉奈がこちらを見る。
「藤堂くんの隣にいるのが好き」
「……」
「大学でも」
「……」
「こうやって二人で出かけるときも」
「……」
「もっと先も」
莉奈は少し照れながら。
「隣にいたい」
そう言った。
「だから」
莉奈は立ち上がる。
「これからも、私と一緒にいてください」
「……ああ」
「本当?」
「うん」
莉奈は嬉しそうに笑う。
「じゃあ、約束ね」
「ああ」
駅。
「じゃあ、また大学で!」
「ああ」
「藤堂くん!」
「ん?」
「今日は……」
莉奈は少しだけ迷った。
「ありがとう」
「俺も」
「……」
莉奈は手を振って帰っていった。
俺も駅を出ようとした。
そのとき。
「藤堂」
「……?」
聞き慣れた声。
「葵先輩?」
少し離れた場所に、葵先輩が立っていた。
「どうしてここに?」
「買い物の帰り」
「そうだったんですか」
先輩は俺を見る。
そして。
「桜井さんと一緒だったのね」
「はい」
「楽しかった?」
「……はい」
「そう」
葵先輩は笑う。
でも。
いつもより少しだけ寂しそうだった。
「先輩?」
「何?」
「どうかしました?」
「……別に」
先輩は少しだけ視線を逸らす。
「ただ」
「はい」
「少し羨ましいと思っただけ」
「……」
「私も」
葵先輩が俺を見る。
「あなたと二人で出かけたい」
「……」
「今度、付き合ってくれる?」
「もちろんです」
「約束よ」
「はい」
先輩は満足そうに微笑んだ。
翌日。
大学。
「藤堂先輩!」
心春が駆け寄ってくる。
「昨日、桜井先輩と出かけたんですよね?」
「ああ」
「楽しかったですか?」
「楽しかったよ」
「そうですか……」
心春は少しだけ寂しそうにする。
すると。
「心春」
「え?」
葵先輩が声をかけた。
「この前、藤堂と二人で出かけたでしょう?」
「はい」
「なら」
葵は微笑む。
「次は私の番ね」
「……!」
心春が驚く。
「先輩と?」
「ええ」
「……」
心春は少しだけ考える。
そして。
「分かりました!」
「え?」
「私も負けません!」
葵が少し驚く。
「……そう」
「はい!」
二人の間に。
静かな火花が散った。
その日の放課後。
俺のスマホには新しいメッセージ。
【小鳥遊葵】
『今度の土曜日、空いてる?』
俺は返信する。
『空いてます』
すぐに返事が来た。
『なら、二人で出かけましょう』
「……」
そして。
別の通知。
【橘花音】
『藤堂くん~』
『私も今度、一緒に遊びたいです~』
さらに。
【白石結衣】
『夏休み、暇な日があったら教えてね』
「……」
俺はスマホを見つめる。
どうやら。
この夏は。
まだまだ終わりそうにない。
そして。
俺自身も。
少しずつ変わり始めていた。
誰かに好かれることから逃げるのではなく。
誰かの気持ちとちゃんと向き合おうとしている。
それが。
今の俺にできることだった。




