第17話 二人だけの約束――天野心春との夏休み
海へ行った翌日。
俺は朝からスマホを眺めていた。
画面には昨日のメッセージ。
『今度のお出かけ、楽しみにしてます!』
天野からのメッセージだ。
「……約束したしな」
今日は、天野心春との約束の日。
大学の外で二人きりで出かける。
それだけなのに何故か少し緊張していた。
俺は準備をして家を出た。
待ち合わせ場所は駅前。
約束の時間より少し早く着いた。
「……」
駅前の時計を見る。
まだ十分ほどある。
すると。
「先輩!」
聞き慣れた声がした。
「天野?」
振り返る。
「お待たせしました!」
心春が駆け寄ってくる。
「いや、俺も今来たところ」
「本当ですか?」
「ああ」
「よかった~」
心春はほっとしたように笑った。
今日は大学で見るときとは少し違う。
私服姿。
それだけなのにいつもより少し大人っぽく見えた。
「……」
「先輩?」
「ん?」
「どうしました?」
「いや」
俺は少し視線を逸らす。
「似合ってるなと思って」
「……!」
心春の顔が一気に赤くなる。
「そ、そういうこと急に言うの禁止です!」
「ごめん」
「……でも」
心春は小さく笑った。
「ありがとうございます」
「今日はどこに行くんだ?」
「秘密です!」
「また秘密か」
「今日は私に任せてください!」
心春に連れられて電車に乗る。
到着したのは、駅前に大きな商業施設がある街だった。
「ここ?」
「はい!」
「何するんだ?」
「いっぱいありますよ!」
心春はパンフレットを広げる。
「映画館もありますし、ゲームセンターもありますし、それから――」
「かなり調べてきたんだな」
「もちろんです!」
心春は嬉しそうだった。
「せっかく先輩と二人ですから」
「……」
その言葉にまた少し胸が高鳴る。
最初に向かったのはゲームセンター。
「先輩!」
「ん?」
「あれやりましょう!」
心春が指差したのは、クレーンゲーム。
「ぬいぐるみ?」
「可愛いですよね!」
「欲しいのか?」
「……はい」
心春は小さく頷く。
「じゃあ、やってみるか」
「本当ですか?」
「ああ」
コインを入れて狙いを定める。
「そこです!」
「分かってる」
「もう少し右!」
「……」
アームが動く。
ぬいぐるみを掴む。
「取れた!」
「すごい!」
心春が目を輝かせる。
「はい」
「え?」
俺はぬいぐるみを渡す。
「欲しかったんだろ?」
「……」
心春がぬいぐるみを見る。
そして。
「……大事にします」
「そんなに?」
「だって」
心春は笑った。
「先輩が取ってくれたものですから」
「……」
俺は少し照れてしまった。
次は映画館。
「何を見る?」
「これ!」
心春が選んだのは、人気の青春映画だった。
「こういうの好きなのか?」
「はい!」
映画が始まる。
最初は普通に見ていた。
しかし。
物語が進むにつれて。
心春が少しずつ画面に夢中になっていく。
「……」
俺は映画を見る。
隣を見る。
心春は真剣な表情。
時々、笑う。
時々、少し寂しそうな顔をする。
そして。
映画の終盤。
主人公が大切な人に自分の気持ちを伝える場面。
「……」
心春はじっと画面を見ていた。
映画が終わる。
照明が戻る。
「……よかったですね」
「そうだな」
「私、こういうの好きです」
「恋愛映画?」
「はい」
心春は少し恥ずかしそうに笑う。
「好きな人にちゃんと気持ちを伝える話」
「……」
「私も」
心春が俺を見る。
「いつか、ちゃんと伝えたいです」
「……誰に?」
「……」
心春は少し笑った。
「秘密です」
「またか」
「ふふ」
昼。
二人でレストランへ。
「何食べます?」
「俺はパスタ」
「じゃあ私も!」
料理が来る。
「いただきます!」
二人で食べ始める。
「美味しいですね」
「ああ」
「先輩」
「ん?」
「こうして二人でいると」
「うん」
「大学とは全然違いますね」
「確かに」
「なんか……」
心春が少し考える。
「先輩を独り占めしてるみたいです」
「……」
「……今の忘れてください!」
「無理だな」
「もう!」
心春が恥ずかしそうに笑う。
俺も笑った。
午後。
ショッピングエリアを歩く。
「先輩、これどうですか?」
「似合うと思う」
「じゃあ、これにします!」
「即決だな」
「先輩が似合うって言ってくれたので」
「……」
心春は本当に嬉しそうだった。
その後も。
雑貨店。
本屋。
カフェ。
いろいろな場所を回った。
気がつけば夕方になっていた。
「楽しかったですね」
「ああ」
「時間が過ぎるの早かったです」
「そうだな」
「……」
帰る時間が近づくと。
心春の表情が少しだけ寂しそうになる。
「どうした?」
「いえ」
「何かある?」
「……もう少しだけ」
「ん?」
「一緒にいたいなって」
「……」
「駄目ですか?」
「……いいよ」
「本当ですか?」
「ああ」
俺たちは駅へ向かわず。
近くの公園へ向かった。
夕暮れの公園。
ベンチに二人で座る。
風が少し涼しい。
「先輩」
「ん?」
「今日」
「うん」
「すごく楽しかったです」
「俺も」
「……」
心春がぬいぐるみを見る。
「私」
「うん」
「大学に入ってから、先輩と会えてよかったです」
「……」
「最初は、ちょっと怖かったんですよ」
「俺が?」
「はい」
「どうして?」
「大人っぽくて、何を考えてるか分からなかったから」
「……」
「でも」
心春は笑う。
「本当はすごく優しくて」
「……」
「困ってる人がいたら助けて」
「……」
「自分が大変でも、誰かのために頑張って」
心春は少し俯く。
「だから、もっと知りたいって思いました」
「天野……」
「先輩」
心春が顔を上げる。
「私は」
少し震える声。
「先輩のことが好きです」
「……」
まっすぐな言葉だった。
「大学祭の日に言ったことも」
「……」
「今日一日、一緒にいたことも」
「……」
「全部、本気です」
俺は何も言えなかった。
ただ、心春の気持ちをちゃんと受け止めたかった。
「ありがとう」
「……はい」
「俺も今日、すごく楽しかった」
「本当ですか?」
「ああ」
「じゃあ……」
心春が少しだけ笑う。
「また一緒に出かけてもいいですか?」
「もちろん」
「……!」
心春の顔がぱっと明るくなる。
「約束ですよ!」
「約束」
帰りの駅。
「先輩」
「ん?」
「今日はありがとうございました」
「ああ」
「また誘いますね!」
「待ってる」
「……」
心春が少し考える。
「先輩」
「何?」
「今日だけ」
「うん」
「手、繋いでもいいですか?」
「……」
「嫌なら大丈夫です!」
「……いいよ」
「本当?」
「ああ」
心春がそっと手を差し出す。
俺も手を伸ばす。
二人の手が重なる。
「……」
「……」
心春の手は少し震えていた。
「先輩」
「ん?」
「嬉しいです」
「俺も」
「……え?」
「こうしてるの」
心春は顔を真っ赤にした。
「……今日、来てよかったです」
「俺も」
二人はそのまま駅のホームへ向かった。
その夜。
帰宅した俺はスマホを見る。
メッセージが届いていた。
【天野心春】
『今日は本当にありがとうございました!』
『私、今日のこと絶対忘れません!』
続けて。
『また二人で出かけましょうね!』
「……ああ」
俺は小さく笑った。
そして返信する。
『もちろん』
送信。
すぐに既読がつく。
『約束ですよ!』
「……約束か」
俺はスマホを置く。
胸の中が温かい。
今日一日。
心春と過ごした時間は確かに特別だった。
でも。
同時に。
別のことも頭に浮かんでいた。
莉奈。
葵先輩。
凛。
花音。
結衣先輩。
みんなのこと。
「……」
俺は天井を見る。
俺はいったい誰を選ぶんだろう。
その答えは。
まだ見えない。
翌日。
大学。
「藤堂くん!」
莉奈が駆け寄ってくる。
「昨日、心春ちゃんと出かけたんでしょ?」
「……」
「楽しかった?」
「ああ」
「そっか」
莉奈は笑う。
「じゃあ、次は私の番ね」
「……え?」
「私とも二人で出かけよう?」
莉奈が笑顔で言う。
「約束だからね」
そして。
少し離れた場所から。
葵先輩と凛がこちらを見ていた。
どうやら。
夏休みはまだ始まったばかりらしい。




