第14話 大学祭のあと、それぞれの想い
大学祭が終わってから、一週間。
大学には、少しだけ静かな空気が戻っていた。
正門に飾られていた看板も撤去され、中央広場に並んでいた屋台もない。
昨日までの騒がしさが嘘のようだった。
「……静かだな」
俺は二号館へ向かいながら呟く。
「藤堂!」
後ろから声がした。
振り返ると、颯太と直人が歩いてくる。
「おはよう」
「おう!」
「おはよう、藤堂」
「大学祭終わったら一気に暇になったな!」
颯太が大きく伸びをする。
「お前はいつも暇だろ」
「失礼だな、直人!」
「事実だろ」
「藤堂からも何か言ってくれ!」
「……まあ、颯太はいつも楽しそうだな」
「フォローになってねえ!」
俺は思わず笑う。
「でもさ」
颯太がニヤッとする。
「大学祭の三日間、いろいろあっただろ?」
「……」
「お前、何か変わったよな」
「そうか?」
「うん」
直人も頷く。
「前より表情が分かりやすくなった」
「そんなに?」
「かなり」
「……」
大学祭で告白したことを、二人にはまだ話していない。
話すつもりもなかった。
「まあ、いいんじゃね?」
颯太が笑う。
「大学生なんだから、恋愛くらいしろよ」
「……そうだな」
その言葉に、少しだけ胸がざわついた。
一限目が終わる。
俺は教室を出て、廊下を歩いていた。
「藤堂くん」
「……桜井?」
莉奈が立っている。
「ちょっといい?」
「ああ」
二人で窓際へ移動する。
「大学祭が終わってから、なんか変な感じだね」
「そうだな」
「忙しかった分、静かになったからかな」
「かもしれない」
莉奈は窓の外を見る。
「ねえ」
「ん?」
「この前のこと」
「……」
大学祭最終日。
莉奈から伝えられた言葉。
『私も藤堂くんのことが好き』
そのことだった。
「覚えてるよ」
「うん」
莉奈が少しだけ緊張した顔をする。
「私、返事を急かすつもりはないから」
「……ありがとう」
「でも」
莉奈が俺を見る。
「これからも、普通に一緒にいたい」
「ああ」
「友達として……じゃなくて」
「……」
「ちゃんと、私のことを見てほしい」
俺は黙って莉奈を見る。
「分かった」
「本当?」
「ああ」
「じゃあ約束!」
莉奈が笑う。
「これからもっと私のこと知ってね」
「分かった」
「私も藤堂くんのこと、もっと知るから」
そう言って、莉奈は教室へ戻っていった。
俺はその背中を見送りながら思う。
大学祭が終わったからといって。
何かが終わったわけじゃない。
むしろ。
ここから始まるんだ。
昼休み。
学食。
「藤堂先輩!」
心春が隣に座る。
「ここ、いいですか?」
「もちろん」
「ありがとうございます!」
心春は嬉しそうに昼食を並べる。
「先輩」
「ん?」
「大学祭のとき、私が言ったこと覚えてます?」
「何か言った?」
「……」
心春が少し頬を膨らませる。
「『先輩の笑顔、好きです』って言いました」
「ああ」
「忘れてたんですか?」
「忘れてないよ」
「ならよかったです」
心春は少し照れながら笑う。
「私、本気ですから」
「……」
「先輩のこと」
そこで一度言葉を止める。
「もっと知りたいです」
「天野……」
「だから」
心春はまっすぐ俺を見る。
「これからいっぱい一緒にいてくださいね」
「……ああ」
「約束です!」
心春が笑った。
放課後。
図書館。
静かな机で課題を進めていると。
「藤堂くん」
声をかけられた。
「白石先輩」
「隣、いい?」
「どうぞ」
結衣先輩が座る。
「大学祭、お疲れ様」
「先輩も」
「楽しかったね」
「はい」
「……」
結衣先輩が少し考える。
「藤堂くん」
「はい?」
「最近、恋愛のことで大変でしょう?」
「……」
やっぱり。
みんな気づいている。
「まあ……少し」
「そう」
結衣先輩は優しく笑う。
「無理に一人を選ぼうとしなくてもいいと思うよ」
「え?」
「まだ大学二年生でしょう?」
「はい」
「これからたくさんの人と出会うし、いろんなことを経験する」
結衣先輩は本を閉じる。
「自分の気持ちを急いで決める必要はないよ」
「……」
「ただ」
「はい」
「誰かを傷つけることだけは、怖がりすぎないで」
「……どういう意味ですか?」
「誰かを好きになるって」
結衣先輩は微笑む。
「誰かを傷つける可能性もあるってこと」
「……」
「でも、それを恐れて何もしなかったら」
「……」
「自分も相手も、本当の気持ちは分からないままだから」
その言葉が胸に残った。
「ありがとうございます」
「ううん」
先輩は立ち上がる。
「頑張ってね」
「はい」
「応援してる」
その笑顔はどこまでも優しかった。
同じ頃。
大学の屋上テラス。
「……」
葵は一人で空を見ていた。
「葵先輩」
声に振り返る。
「桜井さん?」
「ちょっといいですか?」
「ええ」
莉奈が近づいてくる。
「大学祭のことなんですけど」
「……」
「藤堂くんから聞きました」
葵は少し目を伏せる。
「そう」
「先輩」
「何?」
「藤堂くんのこと」
莉奈がまっすぐ見る。
「好きですか?」
「……」
葵はすぐには答えなかった。
「私は」
しばらくして。
「彼のことを大切に思っているわ」
「それは」
「恋愛感情かどうかは、まだ自分でも分からない」
「……そうですか」
「でも」
葵は空を見る。
「彼と一緒にいる時間は好きよ」
「……」
莉奈は少しだけ笑った。
「じゃあ」
「?」
「私も負けません」
「……」
「先輩だからって、遠慮しませんから」
葵は少し驚いた。
そして。
「ふふ」
小さく笑った。
「そう」
「はい」
「なら、私も遠慮しないわ」
二人はしばらく見つめ合う。
敵意はない。
けれど。
お互いの気持ちは。
確かにぶつかっていた。
夕方。
大学の中庭。
俺はベンチで一人、スマホを見ていた。
メッセージが届く。
【星野凛】
『少し話せませんか?』
『今からなら』
返信すると。
数分後。
凛がやってきた。
「先輩」
「どうした?」
「少し聞きたいことがあります」
「何?」
凛は俺の隣に座る。
「先輩は」
「うん」
「小鳥遊先輩が好きなんですか?」
「……」
まっすぐな質問。
「……そうだと思う」
「そうですか」
「でも」
「はい」
「まだ付き合ってるわけじゃない」
「分かっています」
凛は少し黙る。
「なら」
「?」
「私にも、可能性はありますか?」
「……」
俺は言葉を失った。
「星野……」
「答えなくても大丈夫です」
凛は静かに笑う。
「ただ、伝えておきたかったので」
「……」
「私も」
凛は少しだけ視線を逸らす。
「先輩のことが好きです」
その瞬間心臓が大きく鳴った。
「……ありがとう」
「はい」
「でも、俺は――」
「大丈夫です」
凛が遮る。
「今は答えなくていいです」
「……」
「先輩が自分の気持ちを決めるまで」
凛は立ち上がる。
「待っていますから」
「星野」
「それじゃ」
凛は歩いていく。
俺はその背中を見つめる。
「……」
また一人。
俺に気持ちを伝えてくれた。
莉奈、心春、そして、凛。
俺が思っていた以上に。
みんなは俺のことを見てくれていた。
夜。
帰宅してからも俺はなかなか眠れなかった。
ベッドに寝転びながら今日一日のことを思い返す。
莉奈。
心春。
結衣先輩。
凛。
そして。
葵先輩。
「……」
俺は天井を見る。
昔の俺ならこんな状況になったら全部から逃げていたと思う。
人と深く関わるのが怖かった。
嫌われるのが怖かった。
傷つくのが怖かった。
だから。
誰に対しても一歩引いていた。
でも。
今は違う。
俺は。
みんなと一緒にいたい。
みんなを大切にしたい。
だからこそ。
簡単には決められない。
「……俺は」
どうすればいいんだろう。
そのとき。
スマホが震えた。
画面を見る。
【小鳥遊葵】
『今日はありがとう』
それだけ。
俺はしばらく画面を見つめる。
そして。
『こちらこそ、ありがとうございました』
そう返信する。
すぐに既読がついた。
『また明日』
「……」
たった三文字。
それなのに。
俺は少し笑った。
「……明日も会える」
その事実が。
嬉しかった。
翌朝。
大学へ向かう道。
「おはよう、藤堂くん!」
莉奈。
「先輩、おはようございます!」
心春。
「おはようございます~」
花音。
「おはようございます」
凛。
「おはよう」
葵先輩。
「おはようございます」
結衣先輩。
いつものように。
みんなが集まる。
俺は一人ずつ顔を見る。
そして。
気づいた。
俺はもう、誰か一人だけを見ているわけじゃない。
みんなとの時間が大切になっている。
だからこそ、これから先。
誰かを選ぶということがきっと難しくなる。
「藤堂くん?」
莉奈が首を傾げる。
「どうしたの?」
「……いや」
俺は笑った。
「今日もよろしく」
「うん!」
「はい!」
「よろしくお願いします~」
「お願いします」
「ええ」
六人の声が重なる。
俺たちの大学生活はまだ始まったばかりだ。
大学祭が終わった今。
次に待っているのは――。
夏休み。
そして。
それぞれの距離がさらに近づいていく。
新しい季節だった。
俺はまだ知らない。
この夏。
誰かと過ごす「初めての一日」が。
俺の気持ちを。
さらに大きく揺らすことになるなんて――。




