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第13話 大学祭最終日、揺れる気持ち

 大学祭最終日。


 朝から星ヶ丘大学は、これまで以上の熱気に包まれていた。

 今日が終われば、大学祭は終わる。


 そして。


 この三日間を楽しみにしていた学生たちにとって、今日が最後の一日になる。


「……最終日か」


 正門前で立ち止まり、俺はキャンパスを見渡した。


「藤堂くん!」


 聞き慣れた声。

 振り返ると、莉奈がいた。


「おはよう!」

「おはよう」

「昨日、一緒に帰ってくれてありがとね」

「別にいいよ」

「今日も一緒に頑張ろう!」

「ああ」


 莉奈が笑う。

 その笑顔を見ると、自然とこちらも笑ってしまう。


「……藤堂くん」

「ん?」

「最近、よく笑うようになったね」

「そうかな」

「うん」


 莉奈は嬉しそうに頷いた。


「私は、そのほうが好き」

「……」

「じゃ、先行ってるね!」


 莉奈は手を振って走っていった。


「……好き、か」


 その言葉が少しだけ胸に残った。

 けれど。


 俺の頭に浮かんだのは――別の人だった。


「おはようございます!」


 心春が元気よく駆けてくる。


「先輩!」

「おはよう」

「今日が最終日ですよ!」

「ああ」

「寂しいですね」

「そうだな」

「でも!」


 心春が笑う。


「今日は思いっきり楽しみましょう!」

「仕事もあるぞ」

「それはちゃんとやります!」

「なら安心だな」

「任せてください!」


 心春が胸を張る。

 その後ろから花音がやってきた。


「おはようございます~」

「おはよう」

「今日で大学祭終わっちゃいますね」

「そうだな」

「なんだか寂しいです~」


 花音が少しだけ寂しそうな顔をする。


「来年もあるだろ」

「そうですけど」

「?」

「今年の大学祭は、今年しかないですから」

「……」


 その言葉に、俺は少し考えた。

 確かに、このメンバーでこの時間を過ごせるのは今年だけなのかもしれない。


「そうだな」


 俺は笑う。


「今日は楽しもう」

「はい~!」


 午前。

 最終日ということもあり、昨日まで以上に人が多かった。


「藤堂!」


 颯太が叫ぶ。


「こっち頼む!」

「分かった!」

「直人、そっちは?」

「問題なし!」

「よし!」


 俺たちは忙しく走り回る。

 そんな中。


「藤堂くん!」


 結衣先輩がやってきた。


「どうしました?」

「少し休憩してきて」

「まだ大丈夫です」

「駄目」

「……」

「昨日もそう言って無理してたでしょう?」

「はい……」

「今日は最終日なんだから、ちゃんと楽しんで」

「分かりました」

「よろしい」


 結衣先輩が笑う。


「それじゃ、行ってらっしゃい」

「先輩は?」

「私はもう少し仕事してから」

「……」

「大丈夫だから」

「分かりました」


 俺はその場を離れる。

 数歩歩いたところで。


「藤堂」


 声がした。

 振り返る。


「葵先輩」

「結衣に言われた?」

「はい」

「なら、ちゃんと休んで」

「先輩もですよ」

「私は大丈夫」

「昨日もそう言ってましたよね」

「……」


 葵先輩が少し驚いた顔をする。


「覚えてたの?」

「はい」

「そう」


 先輩は少し笑った。


「じゃあ、お互いちゃんと休みましょう」

「約束ですよ」

「ええ」


 昼。

 大学祭最後の昼休み。

 みんなで中央広場のベンチに集まった。


「最後のお昼だね~」


 花音が言う。


「そうですね」


 凛が頷く。


「なんか寂しいな」


 莉奈も言う。


「三日って短いですね」


 心春。


「来年はもっと計画的に回りたい」


 直人が真面目に言う。


「お前は来年も裏方やる気かよ」


 颯太が笑う。


「当然だろ」

「真面目だなあ」


 みんなが笑う。

 俺も笑う。


 この時間が。


 ずっと続けばいいと思った。


 午後。

 俺は一人で大学内を歩いていた。

 大学祭の最後を少しだけ見て回るために。


 ステージ。

 屋台。

 展示。

 中庭。


 どこも人でいっぱいだ。


 ふと。


「……」


 見覚えのある後ろ姿が見えた。

 小鳥遊先輩だった。

 先輩は一人で、写真展示を見ていた。


「先輩」

「藤堂?」


 先輩が振り返る。


「一人?」

「ええ」

「俺も一人でした」

「そう」

「一緒に見てもいいですか?」

「もちろん」


 二人で写真を見る。


「これ、綺麗ですね」

「そうね」

「去年の大学祭の写真ですか?」

「ええ」

「一年でこんなに変わるんですね」

「そうね」


 しばらく静かに写真を見る。


「藤堂」

「はい?」

「昨日の話」

「……」

「覚えてる?」

「もちろん」

「大学祭が終わったら、時間が欲しいって言ってたでしょう?」

「はい」

「今日、少し時間があるわ」

「……」

「今でもいいけど」

「え?」

「話したいんでしょう?」


 俺は少し迷った。

 でも。


「……はい」


 二人で人の少ない中庭へ向かった。


「何を話す?」


 ベンチに座り、先輩が聞く。


「……」


 俺は空を見る。


「俺」

「うん」

「最近、誰かを好きになったんです」


 先輩は黙って聞いている。


「その人のことを考えると、嬉しくなります」

「……」

「もっと話したいって思うし」

「……」

「もっと近くにいたいと思う」


 俺は一度息を吐いた。


「その人は」

「うん」

「俺にとって、すごく大切な人です」


 先輩は何も言わない。


「それで」

「はい」

「その人が……」


 俺は先輩を見る。


「小鳥遊先輩です」

「……」


 風が吹く。

 木々が揺れる。

 先輩の髪が少しだけ揺れた。


「……私?」

「はい」

「本当に?」

「はい」


 先輩はしばらく黙っていた。


 やがて。


「……ありがとう」


 小さな声だった。


「でも」

「はい」

「今すぐ答えは出せないわ」

「……」

「ごめんなさい」

「謝らなくていいです」


 俺は笑う。


「俺も急いで答えをもらいたいわけじゃないので」

「……そう」

「ただ」

「うん」

「自分の気持ちは伝えておきたかった」


 先輩が俺を見る。


「あなたって」

「はい?」

「昔より、ずっと強くなったね」

「……そうですか?」

「ええ」

「先輩のおかげです」

「私だけじゃないでしょう?」

「……みんなのおかげです」


 先輩が笑う。


「そうね」


 そして。


「私も」

「はい」

「あなたと過ごす時間、好きよ」

「……」


 その言葉だけで胸がいっぱいになった。


 その日の夕方。

 俺が中央広場へ戻ると。


「藤堂くん」


 莉奈が立っていた。


「桜井?」

「ちょっと話したい」

「分かった」


 二人で少し離れた場所へ移動する。


「さっき」

「うん」

「葵先輩と一緒だったよね」

「……ああ」

「何話してたの?」

「……」


 俺は迷った。

 でも。

 嘘はつきたくなかった。


「好きだって伝えた」

「……」


 莉奈が固まる。


「そっか」

「ごめん」

「何で謝るの?」

「……」

「藤堂くんは悪くないよ」


 莉奈は笑った。

 でも。

 その笑顔はいつものものとは少し違った。


「私も」

「……」

「藤堂くんのことが好き」


 今度は俺が固まった。


「ずっと」


 莉奈は続ける。


「最初は、ちょっと面白い人だなって思ってた」

「……」

「でも、一緒にいるうちに」


 莉奈が俺を見る。


「もっと一緒にいたいって思うようになった」

「桜井……」

「だから」


 莉奈は笑う。


「私も諦めないから」

「……」

「覚えておいてね」


 そう言って莉奈は先に戻っていった。


 夜。

 大学祭最後のイベント。

 キャンパス全体が暗くなる。

 ステージに光が集まる。


 そして。


 大きな花火が夜空に上がった。


「うわぁ……!」


 花音が歓声を上げる。


「綺麗!」


 心春も笑う。

 凛は静かに空を見る。

 結衣先輩は優しく微笑んでいる。

 颯太と直人も歓声を上げている。


 そして。


 少し離れた場所に。


 葵先輩。


 その反対側に。


 莉奈。


 俺は二人を見る。

 胸が苦しくなる。

 嬉しいのに少しだけ苦しい。


 俺が選んだ気持ちはもう自分だけのものじゃない。


 そして。


 俺は気づいた。

 この三日間で俺たちの関係は確実に変わった。


 大学祭終了。

 片付けを終えた俺たちは、正門前に集まっていた。


「三日間、お疲れ!」


 颯太が言う。


「お疲れ様」


 直人。


「楽しかったですね~」


 花音。


「はい!」


 心春。


「……終わっちゃいましたね」


 凛。


「でも」


 結衣先輩が笑う。


「これからも大学生活は続くよ」

「そうですね」


 俺も頷く。

 葵先輩を見る。

 目が合う。

 先輩は少しだけ笑った。


 莉奈とも目が合う。

 こちらも。

 小さく笑った。


「……」


 俺は空を見る。

 大学祭は終わった。


 でも。


 俺の恋は。

 ここから始まる。


 そして。

 この日を境に。

 六人の女の子たちの想いが少しずつ、動き始めていた。


 俺はまだ知らない。

 この先もっと近づいてくる人がいることを。


 そして。


 俺自身が。


 もう一度、大きく迷うことになることを――。

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