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第12話 大学祭二日目、二人きりの時間

 大学祭二日目。


 昨日よりも早く目が覚めた。

 カーテンを開ける。朝の光が部屋に差し込む。


「……今日も忙しくなりそうだな」


 そう呟きながらスマホを見る。

 昨日の夜。


 最後に届いたメッセージを思い出す。


 短い言葉だった。


 それなのに。


 何度も読み返してしまった。


「……」


 俺はスマホをポケットに入れる。

 そして大学へ向かった。


 大学に着くと、すでに多くの学生が集まっていた。


「藤堂くん!」


 正門前。

 莉奈が手を振っている。


「おはよう」

「おはよう!」

「早いな」

「昨日楽しすぎて、今日も早く来ちゃった」

「そうか」

「藤堂くんは?」

「俺も同じようなもの」

「……」


 莉奈が少し驚いた顔をする。


「珍しいね」

「何が?」

「藤堂くんが自分から楽しみにしてる感じ」

「……そうか?」

「うん」


 莉奈は嬉しそうに笑った。


「なんか、私も嬉しい」

「?」

「なんでもない!」


 そこへ。


「おはようございます~」


 花音がやってくる。


「おはようございます!」


 心春。


「おはようございます」


 凛。


「おはよう」


 葵先輩。


「おはようございます」


 結衣先輩。


 昨日と同じように。

 全員が集まった。


「二日目も頑張ろう!」


 莉奈が言う。


「ああ」


 俺も頷いた。


 午前。

 昨日以上に忙しかった。


 案内。

 迷子対応。

 落とし物。

 ステージ周辺の確認。


 気がつけば、昼になっていた。


「藤堂!」


 颯太が走ってくる。


「昼飯!」

「後でいい」

「駄目だって!」


 直人も来る。


「昨日もほとんど休んでなかっただろ」

「今日はちゃんと食べろ」

「……分かった」


 二人に連れられて休憩スペースへ。

 そこには。


「藤堂くん!」


 莉奈たちがいた。


「みんなここにいたのか」

「うん!」


 莉奈が笑う。


「一緒に食べよう」

「そうだな」


 全員で昼食を取る。


「そういえば」


 花音が言う。


「今日の午後、少し自由時間ありますよね?」

「あるな」

「どこか見に行きたいです~」

「私も!」


 心春が手を挙げる。


「私も行きたい」


 凛。


「私も時間が合えば」


 結衣先輩。


「……」


 葵先輩は何も言わない。


「藤堂くんは?」


 莉奈が聞く。


「俺は――」


 その瞬間。


「藤堂」


 葵先輩が声をかけた。


「少し時間をもらえる?」

「はい」

「じゃあ、決まりね」


 葵先輩が立ち上がる。


「え?」


 莉奈が少し驚く。


「ちょっと用事があるの」

「そうなんですか?」

「ええ」


 葵先輩は俺を見る。


「行きましょう」

「ああ」


 俺たちはその場を離れた。


 向かった先は、大学の資料館だった。


「ここ?」

「ええ」

「大学祭で開放してるんですね」

「そう」


 中には大学の歴史や、過去の大学祭の写真が展示されていた。


「へえ……」


 俺は写真を見る。


「これは?」

「十年前の大学祭」


 写真には今よりずっと小さなステージ、少ない屋台、そして楽しそうに笑う学生たち。


「昔から大学祭は盛り上がってたんですね」

「そうね」


 葵先輩が隣に立つ。


「私も一年生のとき、ここに来たわ」

「先輩も?」

「ええ」

「その頃はどんな感じでした?」

「今より静かだった」

「意外ですね」

「でも」


 葵先輩が写真を見る。


「今より楽しかったかもしれない」

「どうして?」

「一日一日が新鮮だったから」

「……」

「あなたも今、そうでしょう?」

「俺?」

「ええ」


 先輩がこちらを見る。


「一年後には、今日のことを懐かしく思うかもしれない」

「……そうですね」

「だから」


 葵先輩が微笑む。


「忘れないでね」

「何を?」

「今日のこと」

「……はい」


 少しだけ静かな時間が流れる。


「藤堂」

「はい?」

「昨日」

「前夜祭ですか?」

「ええ」

「どうして私を見てたの?」

「……」


 心臓が跳ねた。


「先輩、気づいてたんですか?」

「気づいていたわ」

「……」


 俺は言葉を探す。


「自分でも、まだ分からないんです」

「そう」

「でも」

「うん」

「先輩を見ていたいと思ったのは、本当です」


 葵先輩が少し驚く。


「……そう」


 頬がほんの少し赤くなる。


「なら」

「はい」

「その気持ちは、ちゃんと大切にしたほうがいいわ」

「……」

「私も」


 葵先輩が小さく笑う。


「あなたと一緒にいられて、嬉しいから」

「……」


 その瞬間。


 俺は初めて。


 葵先輩のことを「先輩」ではなく、一人の女性として意識した。


 資料館を出る。


「先輩」

「何?」

「ありがとうございました」

「何が?」

「連れてきてくれて」

「こちらこそ」

「?」

「楽しかったから」


 先輩は前を向いたまま言う。


「あなたと二人で歩くのも」

「……」


 まただ。

 胸が熱くなる。


 俺は。

 本当に。


 この人のことが――。


 午後。

 中央広場に戻ると。


「藤堂くん!」


 莉奈が走ってくる。


「どこ行ってたの?」

「資料館」

「葵先輩と?」

「ああ」

「……」


 莉奈の笑顔が一瞬だけ消える。


「そっか」

「どうした?」

「ううん」


 莉奈は笑う。


「楽しそうだった?」

「楽しかった」

「……そっか」


 莉奈は少しだけ俯いた。


「私も」

「?」

「藤堂くんとどこか行きたいな」

「今度行けばいいだろ」

「……本当?」

「ああ」


 莉奈の顔が明るくなる。


「約束だからね!」

「分かった」

「絶対だよ?」

「ああ」


 莉奈は嬉しそうに笑った。


 夕方。

 大学祭のステージイベント。

 出演する学生たちが準備をしている。

 俺は裏方の手伝いをしていた。


「藤堂先輩」


 心春がやってくる。


「ん?」

「少し休みませんか?」

「まだ仕事が」

「先輩」


 心春が頬を膨らませる。


「今日はちゃんと休むって約束しましたよね?」

「……」

「忘れました?」

「覚えてる」

「じゃあ!」


 心春に手を引かれる。


「ちょっとだけですよ」

「分かった」


 二人で中庭へ行きベンチに座る。


「先輩」

「ん?」

「今日、葵先輩と一緒にいましたよね」

「ああ」

「楽しかったですか?」

「楽しかった」

「……」


 心春は少し黙る。


「私とも」

「?」

「楽しいって思ってくれますか?」

「もちろん」

「……本当ですか?」

「ああ」


 俺は心春を見る。


「天野といると楽しいよ」

「……」


 心春の顔が赤くなる。


「それなら」

「うん」

「よかったです」


 心春は小さく笑った。


「じゃあ、明日も頑張れます」

「明日もな」

「はい!」


 夜。

 二日目のイベントが終わる。

 昨日と同じように、大学の中央広場に人が集まる。


 最後のステージ。


 そして。


 夜空に光が上がる。


「綺麗……」


 花音が呟く。


「本当に綺麗ですね」


 凛。


「昨日よりすごいね!」


 莉奈。


「そうですね」


 結衣先輩。


 心春も空を見ている。


 そして。

 俺の隣には。


 葵先輩がいた。


「……」


 俺は横を見る。

 先輩も空を見上げている。


「藤堂」

「はい?」

「今日は」

「はい」

「楽しかった?」

「……はい」

「そう」


 先輩が微笑む。


「ならよかった」


 俺は空を見る。

 昨日と同じ景色。

 なのに今日は違う。

 昨日よりはっきりと分かる。


 俺は。


 この人をもっと知りたい。


 もっと一緒にいたい。


 もっと近くにいたい。


 その気持ちが確かに自分の中にある。


「先輩」

「何?」

「大学祭が終わったら」

「ええ」

「少し時間、もらえますか?」

「……」


 葵先輩が俺を見る。


「いいわ」

「ありがとうございます」

「楽しみにしてる」

「はい」


 その笑顔を見た瞬間。

 俺は確信した。


 ――俺は、この人が好きだ。


 まだ誰にも言わない。

 言えるわけがない。


 でも。


 少なくとも。


 自分自身には。


 もう誤魔化せなかった。


 大学祭二日目、終了。


 帰り道。

 俺は一人で歩いていた。

 昨日までとは違う。

 胸の中に。


 はっきりとした気持ちがある。


「……小鳥遊先輩」


 名前を呟く。

 その瞬間。


「藤堂くん?」

「……!」


 振り返る。

 そこにいたのは――。


「桜井……」

「一人?」

「ああ」

「じゃあ」


 莉奈が笑う。


「途中まで一緒に帰ろうよ」

「……ああ」


 二人で歩き始める。

 俺はまだ知らない。

 明日の大学祭最終日。


 この「好き」という気持ちを。


 誰かに知られてしまうことを。


 そして。


 その日を境に。


 六人の関係が。


 少しずつ変わり始めることを――。

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