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第11話 大学祭前日、近づく距離

 大学祭まで、あと二日。

 朝から大学は騒がしかった。

 校舎の至るところに装飾が施され、模擬店の看板もほとんど完成している。

 中央広場ではステージの最終調整。

 各学部の教室では、最後の準備。

 そして。

 実行委員室では――。


「……終わらないな」


 俺は机いっぱいに広げられた資料を見て呟いた。


「終わらせるのよ」


 向かいに座っている葵先輩が答える。


「分かってます」

「なら手を動かして」

「はい」


 隣では直人が資料を整理している。


「藤堂、こっちは終わった」

「ありがとう」

「次はこれ」

「分かった」

「お前、本当に働くな」


 直人が呆れたように笑う。


「そうか?」

「そうだよ」


 そこへ。


「藤堂くーん!」


 莉奈が勢いよく入ってくる。


「何?」

「これ見て!」


 手に持っているのは、大きな装飾用の看板。


「完成したの?」

「うん!」

「綺麗だな」

「でしょ?」


 莉奈が嬉しそうに笑う。


「みんなで作ったんだよ」

「そうか」

「藤堂くんにも見せたかったの」

「ありがとう」

「……」


 莉奈が少し照れたように視線を逸らした。


「じゃあ、戻るね!」

「ああ」


 莉奈が出ていく。

 葵先輩がその背中を見る。


「人気者ね」

「桜井が?」

「あなたが」

「……」

「気づいてないの?」

「何がですか?」

「別に」


 葵先輩は小さく笑った。


 昼前。


「藤堂先輩!」


 心春がやってくる。


「ん?」

「これ、持ってきました!」


 紙袋。


「また?」

「はい!」

「何?」

「お昼ご飯です」

「……」

「昨日ちゃんと食べてました?」

「食べたよ」

「なら今日も大丈夫ですね!」


 心春は満足そうに頷く。


「でも」

「はい?」

「先輩だけじゃなくて、みんなの分あります!」


 後ろを見ると。

 花音と凛もいる。


「えへへ~」


 花音が笑う。


「みんなで食べたほうが美味しいですから」


 凛も頷く。


「そのほうが効率もいいです」

「効率?」

「休憩時間を合わせられます」

「なるほど」


 四人で昼食を取る。


「藤堂先輩」


 心春が隣に座る。


「ん?」

「明日、大学祭ですね」

「ああ」

「楽しみですか?」

「楽しみだよ」

「よかった」

「天野は?」

「もちろん楽しみです!」


 心春が笑う。


「だって」

「?」

「先輩と一緒に過ごせる時間が増えるので」

「……」

「先輩?」

「いや」

「顔赤いですよ?」

「暑いだけ」

「ふふ」


 心春が笑う。

 花音がそれを見て。


「心春ちゃん、上手ですね~」

「何がですか?」

「なんでもないですよ~」


 凛は黙々と昼食を食べている。

 でも。

 ほんの少しだけ。

 口元が笑っていた。


 午後。

 大学祭で使用する備品を運ぶため、倉庫へ向かう。


「藤堂くん」


 結衣先輩が声をかけてきた。


「はい」

「これ、一緒に運んでもらえる?」

「分かりました」


 箱を持ち上げる。


「重いですね」

「無理しないで」

「大丈夫です」

「本当に?」

「はい」


 歩きながら。

 結衣先輩が口を開く。


「藤堂くん」

「はい?」

「最近、少し変わったね」

「……」

「前より笑うようになった」

「そうですか?」

「うん」

「自分では分からないです」

「でも」


 結衣先輩は笑う。


「私は嬉しいよ」

「……」

「最初に会った頃は、いつも少し距離を置いてたでしょう?」

「そうでしたね」

「今は?」

「……」


 俺は少し考える。


「みんなといるのが楽しいです」

「そっか」

「はい」

「それならよかった」


 結衣先輩は嬉しそうに笑った。


「大学祭が終わっても」

「はい」

「今みたいに、みんなでいられたらいいね」

「……そうですね」


 俺は自然に頷いていた。


 夕方。

 最後の準備確認。


「これで大丈夫」


 葵先輩が資料を閉じる。


「お疲れ様でした」


 俺も立ち上がる。


「藤堂」

「はい?」

「少し付き合って」

「分かりました」


 二人で実行委員室を出る。


「どこへ?」

「秘密」

「またですか」

「嫌?」

「いえ」


 向かったのは、大学の中庭。

 そこには明日の大学祭で使われる大きな看板が置かれていた。


「これ?」

「ええ」


 看板には。


 星ヶ丘大学大学祭――。


 大きな文字が描かれている。


「もう明日なんですね」

「そうね」


 葵先輩が看板を見る。


「一年って早いわ」

「先輩は三年生ですからね」

「ええ」

「卒業も近いですね」

「……」


 葵先輩が黙る。


「どうしました?」

「少し寂しいだけ」

「……」

「大学生活って、始まったら終わるのも早いから」

「そうですね」


 俺も看板を見る。


「俺もあと二年です」

「そうね」

「先輩たちが卒業したら」

「?」

「少し寂しいと思います」


 葵先輩が俺を見る。


「……そう」

「はい」

「なら」

「?」

「ちゃんと今を大切にしなさい」

「……」

「私たちと過ごせる時間も」


 先輩が少し笑う。


「あなたが好きな人と過ごせる時間も」

「……」


 その言葉に。

 俺は反応してしまう。


「やっぱり」


 葵先輩が笑う。


「いるんでしょう?」

「……」

「好きな人」

「まだ……分かりません」

「そう」

「でも」

「うん」

「最近、気になる人はいます」


 初めて。

 自分から口にした。

 葵先輩は何も言わない。

 ただ。


「そう」


 とだけ答えた。


「大切にしなさい」

「……はい」


 帰り道。

 大学を出ようとしたとき。


「藤堂!」


 声がする。


「瀬戸先輩?」


 陸先輩だった。


「今帰りか?」

「はい」

「じゃあ一緒に帰ろうぜ」

「分かりました」


 二人で歩く。


「大学祭、楽しみだな」

「そうですね」

「お前、実行委員でかなり頑張ってるだろ」

「そうでもないですよ」

「いやいや」


 陸先輩が笑う。


「明日は楽しめよ」

「仕事もありますけど」

「仕事だけじゃなくてさ」

「?」

「大学祭って、大学生活の思い出になるから」

「……」

「お前、最近みんなと仲良くなっただろ?」

「はい」

「だったら、その時間をちゃんと楽しめ」

「……ありがとうございます」

「おう」


 陸先輩が俺の肩を軽く叩く。


「青春しろよ、藤堂!」

「……」

「何その顔」

「いえ」

「まさか青春が分からないとか?」

「……ちょっと」

「マジかよ!」


 陸先輩が笑う。

 俺も笑った。


 夜。

 自宅。


 明日の準備を終える。

 ベッドに座り、スマホを見る。


 メッセージ。


【桜井莉奈】

『明日、楽しもうね!』


【橘花音】

『明日、いっぱい思い出作りましょうね~』


【小鳥遊葵】

『明日は忙しくなるわ。早めに寝て』


【白石結衣】

『明日、無理しないでね』


【天野心春】

『明日、一緒に回れるといいですね!』


【星野凛】

『明日、楽しみにしています』


 六人。


 それぞれから届いたメッセージ。

 俺は一つずつ返信する。

 そして。


 最後に。


 スマホを置く。


「……」


 胸の中には。

 昨日からずっと残っている感情。

 あのとき俺が見ていた人。


 その人のことを考えると。

 自然と笑ってしまう。


 もっと話したい。


 もっと一緒にいたい。


 もっと、その人のことを知りたい。


「……これが」


 恋なのか。


 俺にはまだ分からない。

 でも。

 明日。

 大学祭が始まればきっと何かが変わる。

 そんな予感がしていた。


 そして――。

 翌朝。

 星ヶ丘大学。

 正門前。


「おはよう!」

「おはようございます!」

「おはよ」

「おはようございます」

「おはよう~」

「おはよう」


 六人が集まる。

 空は快晴。

 大学祭の大きな看板が朝日に照らされている。


 学生たちの声。


 音楽。


 屋台から漂う匂い。


 すべてが今日という日の始まりを告げている。


 莉奈が笑う。


「藤堂くん!」

「ん?」

「大学祭――」


 その瞬間。

 正門の大きな時計が。

 午前九時を示した。

 大学祭、開幕。


「始まったね!」


 俺はキャンパスを見渡す。


「ああ」


 そして。

 六人を見る。

 不思議と。

 胸が高鳴っていた。

 今日。

 何かが起こる。

 そんな予感がする。

 まだ俺は知らない。

 この大学祭が。

 俺の人生で忘れられない三日間になることを。


 そして。


 その三日間の中で――。


 俺の「好き」が。


 初めて、はっきりと形になることを。


ーーーーーーーーーー

次回から大学祭の始まりです!

お楽しみに!!!!

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