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第9話 前夜祭、いつもと違う一日

 大学祭前夜祭当日。

 朝から星ヶ丘大学は、普段とはまったく違う雰囲気に包まれていた。

 中央広場にはステージ。

 校舎には色とりどりの装飾。

 正門には大きなアーチ。

 屋台の準備をする学生たち。

 受付を設置する実行委員。

 そして、大学祭を楽しみにして集まった一般の人たち。


「……すごいな」


 俺は正門からキャンパスを見渡す。


「でしょ?」


 隣にいた莉奈が笑う。


「毎年すごいんだよ」

「去年は参加してないからな」

「今年はいっぱい楽しもうね!」

「ああ」

「約束!」

「分かった」


 莉奈は嬉しそうに笑った。


「藤堂!」


 遠くから颯太が走ってくる。


「持ち場決まったぞ!」

「どこ?」

「中央広場!」

「了解」

「俺と直人も一緒!」

「分かった」


 俺たちは持ち場へ向かった。


 午前十時。

 前夜祭が始まった。


「案内お願いします!」

「はい!」


 学生が次々とやってくる。


「ステージはどこですか?」

「中央広場です」

「模擬店は?」

「二号館の裏です」

「ありがとうございます!」

「どういたしまして」


 忙しい。

 けれど。

 不思議と楽しかった。

 昔の俺ならこんな人の多い場所は苦手だっただろう。

 でも。


「藤堂くん!」


 莉奈が走ってくる。


「何?」

「ちょっと休憩しない?」

「今?」

「五分だけ!」

「……分かった」

「やった!」


 俺たちは少し離れたベンチに座った。


「疲れた~」


 莉奈が伸びをする。


「まだ午前だぞ」

「だって忙しいんだもん」

「そうだな」

「でも」


 莉奈が笑う。


「楽しいね」

「ああ」

「藤堂くんも?」

「うん」

「そっか」


 莉奈は嬉しそうだった。


「じゃあ、また頑張ろう!」

「そうだな」


 昼。

 休憩時間。


「藤堂先輩!」


 心春がやってきた。


「どうした?」

「これ!」


 心春が紙袋を差し出す。


「何?」

「お昼です!」

「俺の?」

「はい!」

「どうして?」

「先輩、朝から何も食べてないですよね?」

「……」


 確かに。


「よく分かったな」

「見てましたから!」

「そうか」


 袋の中にはサンドイッチと飲み物。


「ありがとう」

「いえいえ!」


 心春が笑う。


「先輩、ちゃんと食べてくださいね」

「ああ」

「約束です!」

「分かった」


 心春は満足そうに頷いた。


「じゃあ私は戻ります!」

「おう」


 走っていく心春。

 俺はその背中を見送った。


「……本当に甘え上手というか」


 思わず笑ってしまう。


 午後。


「藤堂くん」


 結衣先輩がやってきた。


「はい」

「そろそろ交代の時間」

「分かりました」

「私と一緒に会場を回ってもらえる?」

「もちろん」


 俺たちは中央広場を離れる。


「人、多いですね」

「うん」


 一般のお客さんもかなり増えている。


「迷子の子とか出てない?」

「今のところ大丈夫です」

「それならよかった」


 少し歩く。

 すると。


「……あ」

「どうしたんですか?」

「向こう、少し混雑してるね」


 結衣先輩が指差す。


「見てきます」

「私も行く」


 二人で向かう。

 人の流れを整理し、無事に混雑が解消する。


「よかった」


 結衣先輩が息を吐く。


「先輩、疲れました?」

「少しだけ」

「休みますか?」

「ううん」


 先輩が笑う。


「藤堂くんと歩いてるから大丈夫」

「……」

「どうしたの?」

「いえ」


 結衣先輩が少し照れたように笑う。


「藤堂くんって、優しいよね」

「またですか」

「また?」

「最近、みんなに言われます」

「ふふ」

「俺はそんなに優しくないですよ」

「じゃあ」


 結衣先輩が少し考える。


「優しいんじゃなくて、放っておけない人」

「……」

「それが藤堂くんなんじゃないかな」


 その言葉が。

 妙に胸に残った。


 午後三時。

 小さなステージイベントが始まる。

 学生たちが集まる。


 歓声。

 拍手。

 音楽。


 俺は少し離れた場所から様子を見ていた。


「藤堂」


 葵先輩。


「はい」

「ちょっと来て」

「どこへ?」

「秘密」

「……」


 先輩についていく。

 向かった先は、大学の屋上テラスだった。


「ここ?」

「ええ」

「何で?」

「人が少ないから」


 屋上からはキャンパス全体が見渡せる。


「綺麗ですね」

「そうね」


 先輩がフェンス越しに景色を見る。


「前夜祭の日は、ここが好きなの」

「そうなんですか?」

「ええ」


 しばらく二人で景色を見る。


「藤堂」

「はい」

「大学生活、楽しい?」

「……」


 俺は考えた。


「はい」

「そう」

「前は、こんなに楽しいと思ってなかったです」

「どうして?」

「人と関わるのが苦手だったので」

「今は?」

「……少しだけ、変わりました」


 葵先輩が俺を見る。


「誰のおかげ?」

「みんなです」

「そう」


 先輩は少し笑った。


「なら、よかった」

「先輩は?」

「私?」

「大学生活、楽しいですか?」

「……昔よりは」

「昔?」

「一年生の頃は、あまり人と関わらなかったから」

「意外です」

「よく言われるわ」


 葵先輩は空を見上げる。


「でも」

「はい」

「今年は、あなたたちがいるから」

「……」


 俺は何も言えなかった。


「だから」


 先輩が振り返る。


「卒業まで、ちゃんと楽しみなさい」

「……はい」


 それは。

 どこか優しい言葉だった。


 夕方。

 ステージイベントが終わる。

 会場が少し落ち着く。


「藤堂くん!」


 花音がやってくる。


「どうした?」

「ちょっと来てください~」

「どこへ?」

「秘密です」

「また秘密か」


 花音に連れられていく。


「ここです」


 着いた場所は中庭。

 そこには大学祭用のイルミネーションが設置されていた。


「綺麗ですね」

「ああ」

「夜になるともっと綺麗なんですよ」

「そうなのか」

「はい」


 花音がベンチに座る。


「藤堂くんもどうぞ」

「じゃあ」


 隣に座る。


「……」

「……」


 静かな時間。


「藤堂くん」

「ん?」

「疲れてます?」

「ちょっとだけ」

「じゃあ」


 花音が笑う。


「少しだけ、ここで休みましょう」

「そうだな」


 風が吹く。

 花音の髪が揺れる。


「こういう静かな時間、好きです」

「俺も」

「本当ですか?」

「ああ」

「嬉しいです」

「何で?」

「藤堂くんと同じものが好きだから」

「……」


 花音はいつものように、ふわっと笑った。


 夜。

 前夜祭の最後。

 中央広場で大きなイベントが行われる。

 俺たちは全員、中央広場に集まっていた。


「藤堂くん!」


 莉奈。


「晃先輩!」


 心春。


「藤堂先輩」


 凛。


「藤堂くん~」


 花音。


「藤堂」


 葵先輩。


「藤堂くん」


 結衣先輩。


「全員いるな」


 颯太が笑う。


「すげえな」


 直人が頷く。


「これが星ヶ丘大学の前夜祭か」


 ステージの照明が消える。

 会場が暗くなる。

 そして。


 一斉に光が灯った。


「わあ……!」


 歓声。

 空に無数の光が舞う。

 音楽が流れる。

 大学中が光に包まれる。


「綺麗……」


 莉奈が呟く。


「そうだな」


 心春も空を見る。


「すごいです……」


 花音は目を輝かせる。


「綺麗ですね~」


 凛は静かに見上げている。


「……」


 葵先輩も。

 結衣先輩も。

 みんなが同じ景色を見ていた。


 そのとき。

 俺は。

 ふと横を見る。

 誰かが俺の隣に立っている。


「……」


 その横顔を見た。

 その瞬間。

 何故か。

 周囲の景色が少しだけ遠くなった。


 歓声も。

 音楽も。

 光も。


 一瞬だけ。

 その人しか目に入らなくなった。


「……俺」


 胸の奥が。

 少しだけ熱くなる。

 どうして。

 どうして俺は。

 今、この人を見ているんだ?

 答えは。


 まだ分からない。


 でも。


 これまでとは違う。

 ただの「友達」でも。

 ただの「先輩」でも。

 ただの「後輩」でもない。

 そんな気がした。


「藤堂くん?」

「……」

「どうしたの?」

「いや」


 俺は慌てて視線を戻す。


「なんでもない」

「そう?」

「ああ」


 相手は不思議そうに首を傾げる。

 そして。

 小さく笑った。


「なら、よかった」


 前夜祭終了。

 帰り道。

 俺は一人で歩いていた。

 今日一日。

 いろんな人と話した。


 莉奈。

 花音。

 葵先輩。

 結衣先輩。

 心春。

 凛。

 それぞれと。


 それぞれの時間を過ごした。

 どれも楽しかった。

 でも。

 最後に。

 俺が無意識に目で追っていたのは。


 ――一人だった。


「……」


 俺は立ち止まる。

 自分の胸に手を当てる。

 少しだけ。

 鼓動が速い。


「これって……」


 恋なのか。

 まだ分からない。

 でも。

 確実に。

 何かが始まった。

 大学祭本番まで、あと三日。

 そして俺の大学生活は。

 ただの青春から。

 少しずつ――。

 恋へと変わり始めていた。

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