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呪文は日本語。IT社員の俺、コード魔法で異世界の壊れた仕組みを全部直します  作者: ノーコードLab


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第79話 砂の王国

毎日20時、更新予定です!

■1.砂の、海


十日目の朝、地平線に、都市が、浮かんだ。


砂の海は、想像していた、荒涼とした死の世界とは、違っていた。夜明けの光を受けて、砂丘は、金色の波のように、うねっていた。美しかった。だが、その美しさは、人を、寄せ付けない種類の、美しさだった。水袋は、半分になり、唇は、乾いて、割れた。ミナは、もう、無駄口を、叩かなくなっていた。


そして、その砂の海の、真ん中に——都市が、あった。


「……信じられない」アリアが、掠れた声で、言った。「こんな場所に、街が」


白い、石造りの、都市だった。高い壁に、囲まれ、その内側から、緑が、覗いていた。砂しかない世界の中で、そこだけが、生きていた。近づくにつれ、鍵は、その理由を、理解した。都市の中央に、深い、井戸があった。いや、井戸というより——地の底から、水を汲み上げる、巨大な、仕掛けだった。石造りの水路が、都市の隅々まで、血管のように、張り巡らされている。


「水が、この街の、命なんだ」鍵は、呟いた。「砂の中で、水を、支配する者が——この街を、支配している」


門をくぐると、市が、あった。だが、王国の市とは、何もかもが、違っていた。人々は、金貨で、物を、買っていなかった。彼らが、差し出していたのは——小さな、青い、陶片だった。


■2.水は、通貨


「あれは、なんですか」ミナが、陶片を、指して、聞いた。


一人の、水運び人が、答えてくれた。日に焼けた、老人だった。「水の、割符さ。旅の人。この街では、金は、腹を、満たさねえ。水が、すべてだ。あの青い札、一枚で、水甕、ひとつぶん。あれがなけりゃあ、この街じゃ、生きていけねえ」


鍵は、その仕組みに、静かに、唸った。水が、通貨だった。都市が、汲み上げた水を、割符という形で、配る。人々は、働いて、割符を、稼ぎ、それで、水を、得る。乾いた世界の、必然が、生んだ、精密な、経済の仕組みだった。そして——精密であるほど、壊れたとき、人が、死ぬ。


都市を、治めていたのは、王では、なかった。


「水守評議会、と、いいます」門で、一行を、迎えた役人が、説明した。「七人の、水守が、この街の、水のすべてを、管理しています。どの井戸から、どれだけ汲み、どの地区に、どれだけ配るか。それを、決めるのが、水守です。この街に、王は、いません。水が、王です」


セリアが、その言葉に、目を、細めた。「水を、管理する者が、権力を、握る。——記録を、管理する者が、権力を、握るのと、同じ、構造ですね」


「ええ」鍵も、頷いた。水も、記録も、目には見えにくい、命の、土台だった。それを、握る者が、街を、握る。だとすれば——この街の、水の記録が、どう管理されているか。そこに、この街の、健康のすべてが、表れているはずだった。


■3.届かない、水


異変に、気づいたのは、翌日だった。


一行は、水守評議会の、客人として、都市の、視察を、許された。表向きは、遠方から来た、商人と、学者の一団。鍵は、都市の、水路を、辿りながら、水の流れを、見て、回った。前の世界で、システムの調子を、見るときと、同じ、目だった。全体は、どこで、詰まっているか。数字は、どこで、合わなくなるか。


そして、都市の、東の外れ——貧しい地区に、来たとき。鍵は、足を、止めた。


そこには、水が、来ていなかった。


水路は、乾いて、ひび割れていた。子供が、泥のような水の溜まった、窪みから、掬って、飲んでいた。痩せた女が、空の水甕を、抱えて、座り込んでいた。都市の中央では、噴水が、贅沢に、水を、噴き上げていたのに。ここでは、人が、渇いて、いた。


「これは……」セリアが、言葉を、失った。


鍵は、地区の、水配給の、記録簿を、見せてもらった。役人は、渋ったが、水守の許可証を、見せると、諦めた。羊皮紙の、帳簿だった。そこには——きちんと、水が、配られたことに、なっていた。東地区、規定量、配給済み。毎日、毎日、判が、押されていた。


鍵の、背筋が、冷えた。


「記録には」鍵は、静かに、言った。「水が、届いている、と、書いてある。だが、現実には、届いていない」


痩せた女が、鍵たちを、見上げた。落ち窪んだ目に、期待も、諦めも、なかった。ただ、疲れだけが、あった。「お役人さんかね」女は、掠れた声で、言った。「何度も、訴えたよ。水が、来ないって。そのたびに、帳簿を、見せられる。『ちゃんと、配っている。お前の、勘違いだ』って。……あたしらの、渇きより、あの紙のほうが、正しいんだとさ」


その言葉が、鍵の、胸に、突き刺さった。記録が、人を、黙らせる道具に、なっていた。本来、記録は、弱い者を、守るためのものだ。「確かに、こうだった」と、証明するための。それが、この街では、逆に、なっていた。整った嘘の帳簿が、渇いた人間の、生の訴えを、「勘違い」に、してしまう。記録が、真実を、殺していた。


「勘違いじゃ、ない」鍵は、女の、目を、見て、言った。静かだが、揺るがない声だった。「あなたは、正しい。間違っているのは、あの帳簿のほうだ。——必ず、証明します」


女は、鍵を、しばらく、見ていた。それから、ゆっくりと、目に、涙を、滲ませた。信じてもらえた、というだけの涙だった。鍵は、その涙を、忘れまいと、思った。これは、遠い謎解きの、旅では、ない。今、ここで、渇いている、人間の、話だ。


■4.嘘をつく、記録


これまで、鍵が、直してきた仕組みは、いつも、「記録がない」ことが、問題だった。


コランでは、帳簿が、雨漏りで、消えていた。ヴェルトの村では、記録そのものが、失われていた。港では、記録が、ばらばらで、繋がっていなかった。だが、それらは、すべて、「記録の、不在」の、問題だった。記録が、ないから、真実が、見えない。だから、記録を、作れば、直せた。


だが、この街の、問題は——違った。


「記録は、ある」鍵は、帳簿を、見つめた。手が、かすかに、震えた。怒りだった。「毎日、判まで、押されている。整っている。完璧だ。——だが、嘘だ。この記録は、真実を、写していない。真実を、隠すために、作られている」


セリアが、青ざめた。「記録が……嘘を、ついている」


「一番、たちが悪い」鍵は、低く、言った。「記録が、ないなら、人は、疑う。おかしい、と、気づく。だが、記録が、完璧に、整っていると、人は、信じてしまう。『ちゃんと、配られている』と。整った嘘は、空白よりも、人を、欺く。——誰かが、意図的に、この記録を、書き換えている。東地区の水を、どこかへ、流すために」


ヴェンツェルが、帳簿を、覗き込んだ。長年、帝国の、報告書の裏を、読んできた男の、目だった。「配給量の、数字が——不自然です。他の地区は、日によって、量が、揺れている。人の暮らしは、揺れるものだ。だが、東地区だけ、毎日、寸分違わず、同じ数字だ。実際に配っていれば、こうは、ならない。これは——机の上で、書かれた数字です」


鍵は、その指摘に、頷いた。嘘は、いつも、完璧すぎるところに、綻びを、残す。本物の記録は、揺れる。揺れない記録は、作り物だ。ヴェンツェルの、帝国仕込みの目は、確かに、役に立った。


「誰が、なぜ、こんなことを」ミナが、震える声で、聞いた。


「それを、これから、調べる」鍵は、帳簿を、閉じた。「水を、盗んでいる者がいる。記録を、書き換えて、それを、隠している。——この街の、渇きは、天災じゃない。人災だ。設計された、渇きだ」


■5.砂に、埋もれた、声


その夜、鍵たちは、東地区の、乾いた水路を、辿った。


盗まれた水が、どこへ、消えているのか。それを、知るには、水路そのものを、辿るのが、早かった。月明かりの下、一行は、ひび割れた石の水路を、上流へ、上流へと、遡った。都市の壁を、抜け、砂丘の、影へ。人の、住まない、区域へ。


やがて、水路は、砂に、半ば、埋もれた、古い、石の構造物に、突き当たった。


「これは……」セリアが、息を、呑んだ。


それは、都市の、白い石造りとは、明らかに、違う、遥かに、古い、建造物だった。砂に削られ、風化していたが、その表面には——見覚えのある、紋様が、刻まれていた。ヴェルトの遺跡で、見たものと、同じ。古代の、管理者の、刻印だった。


「クロード」鍵は、護符に、声を、かけた。「これは」


護符の光が、震えていた。「……間違い、ありません」クロードの声が、掠れていた。「これは、管理者の、施設です。おそらく——この街の、水を、汲み上げる、本当の、心臓。二百年前、いえ、もっと前に、造られた、水の、仕組み。そして」


クロードは、そこで、言葉を、切った。


「この、奥から」クロードの声が、細かった。「声が、します。とても、微かな——『妹』の、声が。まだ、生きて、います。眠りながら、この街に、水を、送り続けて、いる」


鍵は、その言葉に、鳥肌が、立った。この街の水は、水守が、汲み上げているのでは、なかった。二百年前から、眠り続ける、古代の管理者が——誰にも、知られず、この砂の海に、水を、送り続けていた。街の命を、独りで、支えていた。


そのとき。


砂丘の、稜線に、影が、動いた。


鍵は、とっさに、皆を、遺跡の陰へ、伏せさせた。息を、殺す。月明かりの中、砂丘の上を——二つの、人影が、横切っていった。旅人の、装いではなかった。訓練された、動き。腰には、剣。そして、その一人の、外套の留め金に、月光が、当たり、鈍く、光った。


鍵の、記憶が、それを、捉えた。四つの塔の、印。技術の塔の、紋章だった。


「帝国……」アリアが、声を、殺して、呟いた。「なぜ、ここに」


鍵は、砂丘の影を、見つめた。心臓が、鳴っていた。この街には、まだ、生きた管理者が、眠っている。街の命を、支えている。そして——帝国も、それを、嗅ぎつけて、砂の海を、越えてきた。


『眠れる声を、見つけた。だが、狩人も、すぐそこに、いた。』


「クロード」鍵は、静かに、聞いた。「あの声を——守れるか」


「分かりません」クロードは、答えた。「ですが、鍵。急がなければ。帝国が、先に、あの声を、見つけたら——この街の、水は、止まります」


砂漠の、夜風が、乾いた音を、立てて、二人の間を、抜けていった。

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